銀行で自分や家族の預金が下ろせないケースはどういったことがあるのでしょうか(写真:makaron* / PIXTA)

2018年12月7日の衆議院金融財務委員会。麻生太郎財務大臣・国務大臣(金融担当)、栗田照久金融庁監督局長に対して「銀行ハラスメント」問題の見解を求め、末松義規議員(立憲民主党)が質問に立った。

健全な市民が自分や家族が預金したお金が引き出そうとしても、銀行が過度な情報を顧客に求めたり、機械的なマニュアル対応で顧客が窮地に陥ったり、感情を傷つけられたという事例が発生しており、これは「銀行ハラスメント」ではないかという指摘だった。


2018年12月7日の衆議院金融財務委員会での様子(写真:末松事務所提供)

マネーロンダリングなどの組織犯罪や振り込め詐欺が年々、巧妙化し被害も増加する中、防止策が求められている。銀行がそういった被害が出ないよう適切な措置を講じることは当然必要だ。

その一方で、一般の人々が当然の権利である自らの預金の引き出しや送金等において、銀行の対応に怒りを覚えたり、大変困惑した、途方に暮れたといった事例や、そういった対応に対する改善の要望が末松議員の元に寄せられていたという。末松議員は以下の事例を取り上げ、栗田局長が答弁した(筆者が事例を抜粋のうえ、発言を要約)。

定期預金を息子が解約できなかった

事例1:母親が急病になり入院費を工面するために本人の定期預金を息子が解約しようとして拒否されたケース

今年5月に入院中の母親の病状が急変し、意識もうろうとなった。母親の息子が、入院費用を充当するために母親の定期預金を解約しようとしたが拒否された。銀行は、息子が後見人ではないことを理由に拒否したという事例。

母親の体調が回復した今年10月、つまり5カ月後にようやく定期預金の解約がなされて、入院費用のメドがついた。組織犯罪とは違うケースであるし、適切な対応がなされれば、こんなことは起きなかった。何か救済策はなかったか?

栗田局長:本人の意思確認ができずに親族が預金を解約したり、引き出ししたりする場合の金融機関の対応については、あらかじめこうした事態を想定して内部規定などで基準を定めて、病院からの請求書があるなど、名義人本人のための払い戻しであることについて客観的に疑念がない場合などについては払い出しに応じるというような金融機関がある。

また、あらかじめ親族を代理人に指名し、一定の場合においては代理人が預金を引き出すことができる制度を設けている金融機関もある。いずれにしても、金融機関において、個々の事例に応じて、顧客の苦情や相談に真摯に向き合って、事情を勘案した柔軟な対応ができるように、手続きを明確化して職員に周知する必要があり、金融庁としてもそういうことを促していきたい。

と答えた。

事例2:自分の預金を引き出そうとしたら振り込め詐欺被害を疑われ警察を呼ばれたケース

娘の結婚費用に充てるために自分の預金を引き出そうとして印鑑、通帳、そして身分証明書を持って銀行へ行ったが、振り込め詐欺被害を疑われ、銀行の待合室で警察を呼ばれた。あまりのショックに怒り、帰宅した事例。別室で話を聞くわけではなく、ほかの顧客もいる前で警察を呼ばれ押し問答になってしまい、大変不快な経験をした。

栗田局長:近年、振り込め詐欺被害が増加しており、これを防止する観点から、たとえば高齢者が多額の現金の引き出しをするような場合には、金融機関において本人に注意喚起を行う、あるいは、場合によっては警察に通報するということもある。他方で、過度に画一的な対応をとることによって顧客に迷惑をかけたり不愉快な思いをさせたりするということはあってはならないと考えており、金融機関においては顧客の事情を配慮して適切な対応をしていく必要があると考えている。

と答えた。

海外送金を拒否され航空券を求められた

事例3:海外送金を拒否された事例

ニュージーランドに旅行に行く際、同国の銀行に持っている口座に50万円を送金しようとしたら、拒否された。最後には航空券を見せるように求められ、困惑した。

こうした場合、証拠として航空券を見せるということまで求めるよう金融庁では指導しているのか。

栗田局長:金融機関で顧客が海外に送金する場合は、犯罪収益移転防止法、外為法に基づく取引時確認が義務づけられており、送金目的について、確認に必要な資料の提出を求める場合もある。そのやり方については、その状況に応じて個別対応ということになるが、その際、金融機関においては、法令上必要があるということについて丁寧に説明することが重要であり、その具体的な確認の仕方についても、顧客の事情をよく配慮して行う必要があると考えている。

――マネーロンダリングや振り込め詐欺対策は重要だが、規制をやりすぎると健全な取引そのものを阻害してしまうので、一般の預金者に過度の困難を与え、感情を害することがないように、ぜひ教育を徹底してもらいたいとして、末松議員は麻生大臣の意見を聞いた。

麻生大臣は、「振り込め詐欺防止などの銀行の責務はあるものの、末松議員の指摘は、預金者が預金引き出しや送金など、まともな権利をまともに執行するに当たって、不愉快な思いをしているということだと思われるので、各銀行で窓口等々の対応について検討してもらわないといけないかもしれない」(要約)と述べた。

こうした事例は3つに分類できる。

A:親族が預金の引き出しを希望するケース⇒事例1
B:振り込め詐欺被害を疑われて引き出しを拒否、場合によっては警察に通報されるケース⇒事例2
C:マネーロンダリングを疑われ送金などを拒否されるケース⇒事例3

Aについては、他人が預金を引き出すようなトラブル回避は銀行の責務であり、また預金者のためでもある。問題は不測の事態で本人が窓口に出向けない、あるいは意思を確認できない場合だろう。仮に本人が死亡した後だと相続関係が明らかになるまで引き出せなくなり、存命中に引き出したい親族の意向も理解できる。そのバランスをどうとるかは確かに難しい。

現在、金融機関から預金を引き出す際は本人確認が重要となっている。今回のケースは入院している母本人の意思確認が病気のためにできないなかで、家族が預金を引き出そうとした事例だ。制度的には本人の意思が確認できる委任状を用意するか、家庭裁判所に申し立てをして成年後見人となって意思表示できない母の代わりに預金を引き出す必要があるということになるが、実際には困る場合は多いだろう。

金融庁の方針としてはこういった場合の対応は各銀行の規則・判断によるとしている。画一的かつ明示したルールを作ると悪用されてしまうということのようだ。

振り込め詐欺対策は杓子定規の印象も

Bについてもいまだに振り込め詐欺被害が報告されるなかで、被害を食い止めるために銀行が啓発等の対策を取ることは十分理解できる。

しかし、今回明らかになった事例をみると杓子定規の印象を持つ。警察庁や都道府県警察では振り込め詐欺などの被害を防止する観点から、全国の金融機関に対し、高額の振り込みをする場合や高額の現金を持ち帰る場合に、顧客に声かけのほか、最寄りの警察署への連絡を求めている。

金融庁としても未然防止に向けた取り組みを要請していることから、詐欺に遭わないための注意喚起をするあまり、対応が画一的になってしまったことは否めない。

過去10年で見れば、2014年の振り込め詐欺やそれ以外の特殊詐欺(オレオレ詐欺など)を含めた被害総額は565億5000万円をピークに2017年には394億7000万円と漸減傾向にある。だが、警察側が確認できている認知件数は2014年比で36%増の18212件と増加している。

振り込め詐欺などの撲滅が最優先ではあるが、ほかの顧客がいるなかで警察と顧客が押し問答するような状況は問題であり、一人ひとりの顧客に合った適切な対応が求められている。

Cについては海外送金の例だが、口座開設や入出金には、「犯罪による収益の移転防止に関する法律」に基づき、口座開設等の際に、本人確認書類の提示と、職業、取引を行う目的などの確認(取引時確認)が求められている。「取引時確認」が必要となる主な取引(特定取引)は下記のとおりだ。

(1)口座開設、貸金庫、保護預かりの取引開始
(2)10万円を超える現金振り込み(含む外国送金)・持参人払式小切手による現金の受け取り
(3)200万円を超える現金・持参人払式小切手の入出金・両替・外貨両替
(4)融資取引

全銀協によるとこれは法律が定めた最低限のルールであるため、これより厳しい内規を設けている銀行もあるという。

マネーロンダリング(資金洗浄)対策として金融庁は2018年2月6日に「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」を公表している。2019年10月には国際的な対策を目指した政府間機関であるFATF(金融活動作業部会)による第4次対日相互審査も控えており、対策がきちんと講じられていなければ、日本の金融機関が海外金融機関との取引が円滑に進まなくなるおそれもある。そういった背景もあり金融庁が各金融機関に厳格な対応を求めている。

今回のニュージーランドにある自身の口座への50万円送金の事例では、現金の送金ではなく、自分の口座からの送金であり航空券の確認まで必要であったかどうかは少し疑問が残る。

トラブル防止と預金者の当然の権利のバランス

銀行を含む各金融機関は監督官庁である金融庁の方針、根拠となる法律を受けて相続トラブル防止、詐欺対策、マネーロンダリング対策をする必要があることは理解する一方で、一般人は何かの支出をする必要があるから預金をしていることがほとんどであり、預金引き出しや送金は当然の権利でもある。一般の顧客が不快な思いをしたり、本当に必要なお金を引き出せないようなことがないようにする必要がある。