東京は、未婚率全国1位の独身天国。

人に深入りせず、きちんと自己防衛し、常に楽しさを求めること。それを守れば、この街では例えパートナーがいなくても毎日を楽しく生きられる。

しかしそんな刹那的な楽しさだけでは、満足できないこともある。私たちは時として、心の底から人との愛や絆を渇望するのだ。

「誰も人を好きになれない」と悩む、倉松美佳・30歳もそのうちの一人。

昔は、もっと簡単に人を好きになっていた。
愛することなんて、当たり前のようにできていた。

でもいつからだろう・・・?
恋をすることがこんなにも難しくなったのは。

寂しさを埋めるために、適当な誰かに連絡しても虚しくなるだけと悟った美佳。この東京砂漠で、果たして本物の愛は見つかるのだろうか―?




独身貴族・栗原祥太郎(34)の日常


寝室の方から、女性の寝息が聞こえてくる。

その寝息を遠くに感じながら、僕は小さくため息をつき、32階から東京の夜景を見つめていた。

まだまだ電気がたくさん付いているビル群の数々。

東京タワーが綺麗に見えるこのマンションに越してきて、もう5年になる。 学生の時に作ったゲームアプリがたまたま売れ、僕は25歳で信じられないくらいの大金を手に入れた。

だけど、どうしてだろう。

大金を手に入れて幸せなはずなのに、以前の人生の方が尊いもののように感じるのだ。

「あれ?祥ちゃん〜?」

寝室から再び甘ったるい声がする。苗字も、“ナナ”の漢字も知らない彼女がいる寝室へと戻った。

乾いた感情を、抱きながら。


経済力と愛情は反比例する?祥太郎が求める理想の女とは


「ねぇ祥ちゃん、来週末は何してるの?」
「来週末?何してたっけな・・・」

頭をかいて考えるフリをしてみるものの、この後の展開は見えている。どこかへ行こうとか、そういった誘いだろう。

「暇なら、映画見にいかない?」
「あ、ごめん。今週末ダメだ。用事があるわ」
「え〜そうなの?ザンネーン」

長く真っ直ぐ伸びるナナの脚を見ながら、上っ面な会話をする。

仮に僕がこんな高層マンションに住んでおらず、高級車も持っていない、ただの貧乏オトコだったらどうなっていたのだろうか。

その答えを、僕は知っている。

彼女たちは、僕を好きなんじゃない。ただ、僕の背景に見え隠れする財力と権力が好きなだけなのだ。

みんな、表向きは“好き”とか“愛してる”とか言ってくるが、本心は違う。ただ金だけに寄ってきて、それが無くなった途端にパッと散ってゆくのだ。

-祥太郎は、本当に結婚する気ないの?ひどいよ。一生、そうやって独りで生きていけばいいよ!

4年前に別れた彼女・架純からの最後の言葉が、頭の中でこだまする。もう4年も経つのに、僕は彼女以上の人に出会えていないし、好きにもなれない。

本気で好きになったところで、最後は傷つくだけ。永遠の愛なんて、そんなものこの東京にはないと知ってしまった。




-こんにちは。昨日バーで会った美佳です。


翌日、カウチソファに寝転がりながら雑誌をめくっていると、見慣れぬ名前からショートメッセージが届いた。

ー美佳?あぁ、昨日のバーにいた、変な女か。

男の人といたのに、物凄くつまらなそうな顔をしていた。あれは明らかに、金曜の夜に独りでいるのが寂しくて、適当な男に連絡したパターンだろう。その様子がバレバレで、僕は面白くて思わず声をかけてしまったのだ。

-あの後、どうなった?彼氏さんとうまく進んだ(^^)?
-だから、彼氏でもないし好きな人でもないですから!


携帯越しに美佳の怒っている顔が浮かんできて、僕は思わず笑ってしまう。感情表現が豊かで、思わずからかいたくなる。

「祥ちゃん、私帰るよ?」

美佳に返信しようとすると、背後から声がした。泊まっていき、しっかりシャワーを浴びて化粧まで完璧にしたナナに思わず“まだいたの?”と言いそうになるが、さすがにそこまで僕も冷たい人間ではない。

「気をつけて帰ってね」

玄関先まで送ろうとすると、ナナは妙にもじもじとしている。

「え?何?どうしたの?」
「いや、ここからナナの家の三茶までタクシーで帰りたいなぁって」

そう言われ、僕は自分でも驚くくらい“あぁ”と低い声が出た。

「あ、気がつかなくてごめん。タクシー代か。いくら?1万円で足りるかな?」
「え〜いいのぉ?ごめんね、ありがとう♡」

そう言って去っていくナナの後ろ姿を見送ることもせず、僕はさっさと扉を閉めた。

分かりやすいナナの行動に、何の期待もしていなくて良かったと改めて思う。無駄な期待をするから傷つくし、心を開いたところで裏切られるだけ。

だから僕は、誰かに心を開くのが嫌なんだ。


祥太郎が心を閉ざした理由とは?


「・・・あれ?」
「あ、どうも」

その晩、眠れぬ僕は再び天現寺の『Wine&Champagne Casual Bar 天現寺 stay』へと足が向いていた。すると、偶然にも美佳がカウンターに座っていたのだ。




「あれ、一人なの?今日は変な男は連れてないの?」
「失礼ですね!たまには、女一人で飲んだっていいじゃないですか!」

少し酔っ払っている美佳を横目に、僕はそっとジントニックを頼む。酔って絡んでくる女ほど、厄介な生き物はいないと思う。

「昨日の脚が綺麗な子はどうしたんですかぁ〜?今日は、一緒じゃないんですかぁ〜?」

酔っ払っている彼女に何を言っても、きっと覚えていないだろう。そう思い、僕は素直に告げる。

「別に、彼女でもなんでもないし。というか恋人とか作る気、ないんだよね」

一瞬、静寂な空気が流れる。寝たのかと思い、慌てて美佳を見ると、意外にも目を見開いて、こちらをじっと見ている。

「祥太郎さんも、そっちタイプかぁ」
「そっち?そっちって、どっち?」

「恋愛できないタイプですよ。私と一緒で。最後に好きな人がいたのは、いつですか?」

-す、好きな人?

好きな人って、なんだろう。
一緒にいて楽しい人?綺麗な人?
それとも、抱きたいと思う人?

どの感情も違う気がする。

そもそも、好きというのは何なのだろうか。皆、どのタイミングで人を好きだと思い、付き合いたいと思うのだろうか。

「そんな感情を暫く抱いてなさすぎて、人を好きになる方法が思い出せないよ」

自虐的に笑うものの、美佳は笑っていない。

「わかるなぁ、その気持ち。好きになるって、何なんでしょうね・・・誰と、どうやって付き合えばいいのか、もう考えるのも疲れてきました」

この東京にいると、常に“幸せでいること”を強いられる。そのプレッシャーの中で、僕たちは自分の身を守るための計算や嘘ばかりが上手くなり、ピュアにぶつかり合う恋愛という感情を忘れてしまった。

ちょっとでも弱音を吐いたらすぐに誰かに踏み潰され、冷たい視線に晒されそうな気になってしまうのだ。

「もう冬なのに、隣に誰もいないのは寂しいなぁ。祥太郎さんは、寂しくないんですか?」

寂しい、という感情すら忘れてしまった僕は、もう末期なのだろうか。

「別に」

そうぶっきらぼうに言いながら、自分では気がついている。

本当は寂しいし、絶対的に信用できる誰かが隣にいて欲しいと願っていることを。損得感情のない、まっさらな関係を望んでいることを。

だがこの街ではそんなものを見つけられないから、僕はその感情を押し殺して蓋をしているのだ。

「年内には彼氏作らないとヤバイのに!それに年齢的に結婚もしないといけないのに!!でも、好きになれる人がいないよぉ〜!!」

隣にいる美佳の叫びを聞きながら、僕は笑っていた。例え酔っぱらいだとしても、こんな寒い夜は隣に誰かがいてくれるのも悪くない。しかし再び、元カノ・架純の言葉を思い出す。

-本当に、結婚する気ないの?祥太郎は、私のこと愛してないの?

僕は、結婚なんてあんな表面上の契約を信じていない。しかもそれを教えてくれたのは、皮肉なことに架純本人だ。

封じ込めていたはずの苦い感情が急に顔を出してきて、僕は慌てて美佳の肩に伸ばそうとしていた手を引っ込める。

-もう、あんな思いをするのは二度とごめんだ。

そう心の中で呟きながら。

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彼氏を探して奔走。美佳、食事会の鬼になる!