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2017年、和食(日本の伝統的な食文化)がユネスコ無形文化遺産に登録されたことを機に、世界中で日本食ブームが巻き起こっているのは周知の事実だ。来る2020年に22年ぶりに東京オリンピック、2025年には55年ぶりとなる大阪万博も控え、今後発信されていく日本の新たなヴィジョンに、国内のみならず世界中が注目している。

日本にとってこうした大きな節目を迎えている今、ある一冊の本が発売された。『広島のみじかい夏やすみ』と題されたこの本は、先の戦争において最も悲惨、かつ世界で唯一実戦で使われ、民間人が暮らす市井の頭上に投下された核兵器、広島の原爆をテーマに、原爆投下の前日にタイムスリップした父娘が、何度もループされる宿命の日の悪夢から逃げ回りながらも、過去と現在、そして未来をつなぐ大切な絆の秘密にヒントを見出し、その謎を解き明かしていくタイムトラベルファンタジーだ。

物語は、40半ばを過ぎた光太郎と小学5年生の娘・メイリが夏休みを利用して広島駅から山口県へと向かうシーンから始まる。慣れない親子二人旅。在来線の車内で相席になった婦人との会話が弾む中、メイリと婦人が同じロザリオを持っている事が分かり、その偶然に驚く。二つのロザリオが出会い、列車がトンネルに入ったその瞬間から、昭和二十年の八月五日を繰り返す、魔訶不思議な夏やすみが始まった――。
父と娘の二人が出会ったのは、戦時下に暮らす市井の人々だ。生きていくだけで精一杯の厳しい貧困、英語を”敵性語”とさげすみ、同じ日本人同士ですらスパイと疑う人々の歪んだ心境、現代に暮らす私たちからはおよそ想像できない人々の暮らしぶりが鬼気迫る描写で浮かび上がる。そのギャップに直面した父娘は戸惑いながらも、自分たちにできることは一体何なのか、親子の絆で力を合わせてその謎に立ち向かっていく。そして迎える結末は…。

史実を交えながらも、ファンタジータッチの物語として展開する本書は、教科書や歴史書から眺められる戦争や原爆とは全く異なるイメージを私たちに投げかけてくる。数字やデータでは感じ取れない、そこで生きる人々の体温が物悲しさとともに伝わってくる。戦争を経験した世代から、戦争を知らない世代へと世代交代が進むなかで、戦争そのものが、人々にとってリアルではなくなっていくことに、一抹のやるせなさを覚える読者も多いだろう。しかし、「もし時を遡ることができたなら、原爆投下で失われた命をたとえ一人であっても救いたい…」、誰もが一度は感じたことがあるそんな切なる想いは、私たち日本人にとって失くしてはならない大切なものであるはずだ。

本書の読後、さめざめと押し寄せる戦争犠牲者への追悼の想いは、老若男女を問わず、戦争を知らない幅広い世代にとって、決して他人事ではなく自分たちのルーツに向き合い、これからを有意義に過ごすための糧になるのではないだろうか。日本が未来に向けて大きな一歩を踏み出す今だからこそ、ぜひ手に取ってもらいたい一冊だ。

『広島のみじかい夏やすみ』
山根泰典 著
1,296円(税込み)
オンデマンド (ペーパーバック) - 2018/12/7