中国でテレビを“売りまくった”シャープだが、大きな誤算が生じている(撮影:梅谷秀司)

「60インチで6688元(約10万7000円)? あれ、意外と高いですね」

中国・上海に住むある20代男性は、買い物でよく利用するECサイト「京東(JD.com)」でシャープ製のテレビを商品検索して驚いた。中国でシャープのテレビは、“日本製にしては格安のブランド”として認識されている。だが、11月下旬に久々に価格を調べたところ、数カ月前に見たときよりも数割高く感じたのだ。

これは男性の思い違いではない。シャープは今、2017年度から本格的に推し進めてきたテレビの価格戦略を抜本的に見直している。シャープの中国テレビ事業といえば、2016年度までマイナス成長だった同社のテレビ・パネル関連事業を一転、2017年度に前期比約3割増の売上高1兆865億円にまで押し上げた立役者だ。

だが、今年10月30日には2018年度の売上高予想を約2000億円も下方修正する事態に追い込まれた。原因は複数あるが、1つは中国テレビ事業だ。シャープの成長ドライバーに、いったい何が起こっているのか。

「質より量」から「量より質」へ

「これからは、量だけでなく質も追う。OK? 一生懸命に売れば売り上げは大きくなるけれど、利益がないと株主(の期待)に応えられない。これが、私が幹部たちに要求することだ」。今年6月中旬に開催された株主総会での質疑応答中、シャープの戴正呉会長兼社長は強い口調でこう断言し、社員たちを驚かせた。


中国市場でのテレビ格安販売を中止したシャープは、今後高付加価値路線に変更するという(記者撮影、写真は日本市場向け8Kテレビ)

というのも、それまでシャープが重点市場の中国で推し進めてきたのは、むしろ「質より量」の戦略だったからだ。シャープの親会社、鴻海精密工業の郭台銘(テリー・ゴウ)氏は、2017年にシャープのテレビ販売台数を前年度比2倍の1000万台とする計画をブチ上げた。これを機に立ち上がったのが、100万人を超える鴻海グループの従業員によるテレビ大拡販政策「天虎計画(Sky Tiger Project)」だ。

このプロジェクトの特徴は、鴻海グループの販売会社「富連網」(実際の表記は簡体字)にシャープが販売を委託し、テレビをとにかく格安で販売する点にある。記者が今年2月に富連網のECモールを確認した際には、50インチの4K対応テレビが2999元(約5万2000円)、60インチが3299元(約5万7000円)と、日本では考えられないような格安価格でセール販売されていた。

この“投げ売り”のような販促の結果、2017年度にはシャープから富連網への販売額が585億円(前期比35%増)と急成長。300万人を超える会員IDも手に入れた。

鴻海グループ従業員の家族や知人、自社社員寮を含めた大規模集合住宅やホテルへの積極営業など、まさしく人海戦術による販売も効いた。これだけ格安販売をしてもシャープが大赤字になるどころか、利益を上げられたのは、富連網が在庫管理を引き受け、値引きコストを負担していたからだ。

鴻海がコストを切り詰め始めた

だが、ここに来て鴻海側の姿勢に変化が生じた。2017年度の純利益は約1387億台湾ドル(約5086億円)で、前期比約7%減少。今年に入ってからは、収益柱であるiPhoneの製造受託事業の下振れや米中貿易摩擦などの影響で、大幅な経費削減に踏み切るとの報道もある。天虎計画もその対象だとみられる。


シャープの戴会長兼社長はメディアの前に出る際、たびたび赤い野球帽をかぶる。その右側面には、中国市場での販売代理店である鴻海グループの「富連網」の文字が刺繍されていた。今後は、あくまで代理店の1つという位置づけに変えるという

電機業界に詳しいみずほ証券の中根康夫シニアアナリストは「鴻海精密工業の業績が伸び悩む理由の1つには、天虎計画への支援負担も含まれるだろう。鴻海グループ全体では累積1000億円を超える損失が出ている可能性もある」と推測する。

さらに、格安販売を続けたことによるブランドの毀損も深刻だ。戴社長が従業員向けに10月30日付で出したメッセージにはこう書かれていた。「足元では(中国テレビの)この価格重視の事業展開が想定を超える事業イメージの低下を招き、結果的に白物家電事業をはじめとしたさまざまな事業を本格展開するうえで、大きなハードルとなっていることも事実です」。

実際、消費者からは「シャープは日本メーカーなので高品質というイメージはあるが、少しお金を持っている中産階級は、ソニーや松下(パナソニックのこと)のテレビを選ぶだろう」(中国・武漢市在住の20代男性)という声も聞こえる。

これを受け、9月22日には戴社長自らが中国事業のCEOに就任にして陣頭指揮を取る態勢に変更。同27日には、中国・深センでメディアやディーラーを集めた会を開き、高付加価値化による中国市場再構築の決意を表明。同時に、高価格帯のテレビとして、8K対応液晶テレビと、インターネットに接続できるAIスマートテレビという2種類の新シリーズを発表した。

その反面、格安販売してきた従来モデルは意図的に販売を抑制する。これが、2018年度の売上高下方修正の一因だ。

これまで派手なセールなどでテレビを全面的に押し出していた「富連網」のサイト上も大きく変化。「ヘルシオ」ブランドの電子レンジや空気清浄機などの家電製品を中心とした売り出し方に変更し、液晶テレビのページにはわずか11製品しか掲載されておらず、寂しい印象だった。今後は、「富連網を一代理店として、販売網を再構築していく」(戴社長)という。

安売りイメージをどう払拭するか

だが、一度安売りのイメージがついたブランドを磨き直すのは容易ではない。シャープは2017年10月、どの市場よりも早く中国で、日本円にして100万円超の8K対応液晶テレビを発売したが、「売れ行きについては言及できない」(会社側)という。ソニーは、かつて平面ブラウン管テレビで一世を風靡したものの、薄利多売路線に走り2004年以来テレビ事業の赤字が続いた。2012年に台数を追わない高付加価値戦略に切り替えたが、営業黒字化するのにさらに2年を費やした。


かつてテレビを中心に販売していた「富連網」のECサイトだが、11月下旬に閲覧した際には、電子レンジなどの白物家電を中心とした見せ方に変わっていた(画像:富連網のウェブサイトをキャプチャ)

シャープの場合はソニーと異なり、海外ではブランドとしての認知が進んでいるとは言いがたい。さらに同社は、今年栃木のテレビ組み立て工場や大阪の冷蔵庫工場を閉鎖し、海外に移管すると発表するなど、鴻海の海外拠点を利用した生産体制に移行している。日本の家電に価値を置く中国の消費者が、シャープをどう評価するかも未知数だ。

9月27日に中国・深センで開催された記者会見で、戴社長はシャープをゴルフ選手のタイガー・ウッズ氏になぞらえてこう語った。「彼(ウッズ選手)はさまざまな失敗や挫折を経験し、刑務所にも行った。しかし、苦しい時代を乗り越えて5年ぶりに全米プロゴルフ選手権で優勝した。シャープも5年間苦しい時期があったが、2016年度に営業黒字化し、2017年には東証2部から1部に復帰した。これは日本の奇跡だ」。

確かに、シャープの業績の急回復ぶりは目覚ましいものがあるが、「天虎計画」のほか、流通コストの削減や部材の共同調達など、鴻海のバックアップによるところが大きい。ただ、ブランド価値を高めるにはシャープ自身の戦略が必要だ。電機業界の“タイガー・ウッズ”になるためには、もう一段高いハードルを越えなければならない。