事件の真相解明はこれからだ(撮影:梅谷秀司)

ルノー・日産自動車・三菱自動車の会長を兼務し、カリスマ経営者として知られるカルロス・ゴーンが金融商品取引法違反の疑いで逮捕された。

東京地検によれば、2011年3月期から2015年3月期の各連結会計年度におけるゴーンの金銭報酬が合計約99億9800万円であったにもかかわらず、合計約49億8700万円と記載した有価証券報告書を提出した疑いがもたれている。この事実をもって、19日、東京地検特捜部は、ゴーンと日産自動車代表取締役のグレッグ・ケリーを逮捕した。

有価証券報告書の虚偽記載とは

今回、逮捕の原因となったのは、前述のとおり、金融商品取引法に基づく有価証券報告書虚偽記載の罪である。上場企業などは事業年度終了後3カ月以内に所定の書式にしたがって有価証券報告書を金融庁に提出する義務を負う(金融商品取引法24条)。また、2010年より、コーポレート・ガバナンス強化の一貫として、役員報酬の総額などを有価証券報告書に記載することが求められ、さらには、1億円を超える報酬額については役員ごとに記載することが必要となっている。

金融商品取引法は、市場の公正と健全を守り、投資家の保護を図ることを目的としている。有価証券報告書を含む企業内容等開示制度はその趣旨に従い、企業の状況を適切に開示することによって、投資家に正しい判断材料を提供し、市場の公正さを守るための制度である。

したがって、有価証券報告書における重要事項について虚偽記載を行った場合は、投資家に誤った情報を提供することとなるため、提出者には、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金が科される(同法197条1項1号)。さらには、法人等に対する両罰規定も存在し、この場合は7億円以下の罰金が科される(同法207条)。

過去にもカネボウやライブドア、日興コーディアル証券、IHIなどで有価証券報告書の虚偽記載事案は存在し、近年ではオリンパスや東芝の事案が記憶に新しい。しかし、これらの案件はどれも利益水増しや損失隠しなどを行って企業の業績を実態より良く見せようとした粉飾決算事件である。今回、日産自動車が行ったのは、取締役の報酬の過少申告という極めて珍しい事案であり、およそ同社のようなグローバル企業が行うようなものではなく、言ってみれば町の中小企業のオーナー社長が自分の脱税のために行うようなものであり、事案の本質が大きく異なる。

言うまでもないことだが、有価証券報告書は、代表取締役2人で作成できるようなものではない。財務や経理担当の役職員や、監査役・監査法人などその他多くの関係者の作業を経て作成されるものである。日産自動車ほどの大企業となれば、その数は少なくとも数十人には及ぶであろう。

したがって、被疑者2人以外にも、過少申告の事実を知りながら作成に協力したものが存在する可能性が高い。その場合、関与者も関与の度合いによっては、共犯関係にあると言えるであろうし、また、取締役や監査役については会社法上の善管注意義務違反について、株主などから訴訟を提起され、会社に対して損害賠償を求められる可能性は十分にある。

司法取引でも民事責任は免れない

逮捕の翌朝から、各メディアは一斉に今回の事件について会社が司法取引を適用して捜査に協力したと報じた。

いわゆる「日本版・司法取引」は、正式名称を「協議・合意制度」といい、2016年に刑事訴訟法を改正することで導入され、今年6月に施行されたばかりの新しい制度である。

この制度は、特定犯罪の他人の犯罪事実について、被疑者・被告人が真実の供述をするなどの協力を行うことと引き換えに、検察官が処分・訴追などでの減免をする内容の協議を行い、両者で合意するというものである(刑事訴訟法350条の2)。合意が成立した場合、協力者である被疑者・被告人は協力する義務を負い、検察官は処分・訴追について減免する義務を負う。今年7月には、三菱日立パワーシステムズの元取締役などが行ったタイの公務員への贈賄事件につき、司法取引を初適用して同社については不起訴としている。

日本で導入された司法取引は、自分ではなく、他人の捜査や公判に協力する見返りに、刑の減免を受けるものであり、「捜査公判協力型」といわれる。海外、たとえばアメリカやドイツなどにおいては、自分の罪を認める見返りに刑の減免を受ける「自己負罪型」の司法取引も併せて採用している国もある。

もっとも、司法取引によって免責されるのはあくまで刑事責任にすぎない。前述の取締役の善管注意義務違反に基づく責任などは、司法取引によっても免れるわけでない。いかにゴーンに権限が集中していたとはいえ、これだけの報酬差額が生じていたにもかかわらず、不正を見抜けなかった、もしくは見過ごしていたのだとすれば、企業のガバナンスとして大きな支障があることは間違いなく、他の経営陣も何らかの責任追及は免れないのではないだろうか。企業の管理体制としてはあまりにお粗末であると言わざるをえない。

11月21日時点では、東京地検特捜部が日産自動車自体に対しても立件することを視野に入れていると一部メディアが報じている。真偽のほどは定かではないが、あくまで不起訴まで合意したわけではなく、罪を軽くするというところまでが合意内容だったのかもしれない。ただ、現時点では明らかではない。

本丸は私的流用・不正支出なのか

日産自動車が出資しているオランダの子会社が、レバノン、リオデジャネイロなどにゴーンのための高級住宅を購入したほか、パリやアムステルダムにある会社名義の住宅について低価格でゴーンが利用していた疑いがあるという報道も出ている。

報道によれば、東京地検特捜部は、実際に支払われた報酬が過少申告されていたことに加えて、これらの住宅供与も実質的な報酬に含まれるとして捜査を進めているようだ。というのも、会社法で定める役員報酬とは、金銭に限定されず、たとえば退職年金の受給権・保険金請求権、ストック・オプションの付与、そして低賃料による住宅の提供など現物給付も含まれる。したがって、仮にゴーンが無償ないし相場よりも遥かに低価格で住宅の供給を受けていたとすれば、会社から支払われる役員報酬に該当する。

詳細が明らかではないため判然としないが、仮に報酬に当たらないとしても場合によってはこれらの不正行為が、業務上横領罪(刑法253条)や特別背任罪(会社法960条)に当たる可能性もある。前者であれば10年以下の懲役、後者については10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金が法定刑である。

法定刑だけを見ると、これらの財産罪も今回の逮捕原因となった有価証券報告書虚偽記載もほぼ同じだが、虚偽記載はあくまで実質的な損害の発生を必要としない形式犯である。また、5年で50億円という金額は一般の役員報酬からするととてつもない金額ではあるが、一方で、前期の売上約12兆円、最終利益約7500億円という日産全体の業績からすると虚偽記載額は巨額とは言えないし、過少申告されているのはあくまでゴーン個人の報酬額であり、株主総会決議が必要となる役員全体の報酬総額に虚偽はないようである。

上述のように、有価証券報告書は、投資家に正しい判断材料を提供し、市場の公正さを守るためのものであることを考えたとき、この虚偽記載単体でもって投資家の判断に大きな影響を与える重要事項となるといえるかどうかは議論の余地がある。東芝などの不正会計とは影響度合いが違いすぎる。他方で、個人の財産罪という意味では50億円は巨額であり、同じ金額であっても、報酬として虚偽記載とするか、業務上横領や特別背任という財産罪とするか、何を保護法益とするかによって、重要性が異なるわけである。

ゴーンほどの世界的に著名な経営者の身柄を拘束して、最終ゴールを有価証券報告書虚偽記載という形式犯に設定していることは考えにくく、現在あがっている私的流用や不正使用が事案の本質なのだろう(もっともさらなる不正が隠されている可能性もあるが)。

まずは形式的に事実を確定させやすい有価証券報告書虚偽記載で身柄を拘束し、より本丸の事案についても捜査を進めて事実を解明していくという算段であろうと推察されるが、仮に特別背任であれば自己の利益を図り、または会社に損害を与える目的や実際の損害額についての立証が必要となる。私的に流用された資金を実質的な報酬であったとして有価証券報告書虚偽記載という形式犯のみで立件するのか、それとも実質犯である財産罪での立件までいけるのか、今後の捜査次第というほかない。

スペクタクルの背景にあるもの

11月19日に行われた日産の記者会見で、西川廣人社長は今回の疑惑については、日産社内の内部通報で発覚し、数カ月間にわたって内部調査を行った結果、被疑者2名が不正行為に深く関与していたと説明した。

今回、東京地検特捜部は、ゴーンを乗せたジェット機が降り立った直後に、空港内で同人に同行を求めた上で逮捕。そのまま日産本社などを捜索した。同時並行で、朝日新聞が早い段階から「逮捕へ」という見出しで報道を行っており、まるでスパイ映画か何かを見ているような気持ちになるほど鮮やかでスリリングな展開であった。

このように捜査機関、企業、メディアが互いに密に連携をとったうえで、用意周到に準備を進めていく事案は極めて異例である。司法取引が導入されたということがありつつも、日産内部の権力闘争を絡めた複雑な社内事情、さらにはフランス政府をも巻き込んだルノーとの確執など、さまざまな要因が背後にあったうえでの今回の一大スペクタクルであったのだろう。

2015年にコーポレートガバナンス・コードが定められ、企業統治に透明性が求められるなか、次々と企業不祥事が明るみに出ているが、世界第2位の販売台数を誇る巨大自動車グループでもこのようなずさんな管理体制であったこと、そして誰もが知るカリスマ経営者が個人のために悪質な不正行為を行っていたかもしれないという事実は非常に大きな衝撃を与えた。今後の真相究明が待たれる。(一部敬称略)