日仏交流160周年という節目の年に逮捕されてしまったカルロス・ゴーン容疑者(写真:Regis Duvignau/ロイター)

日産自動車会長カルロス・ゴーン逮捕という衝撃的な事件は、日本とフランスの交流においてこれ以上ないタイミングで起きたと言っていい。なんせ2018年は、日仏交流160周年の記念すべき年であり、日本とフランス双方で幅広いイベントが開催されている。7月14日には、パリのシャンゼリゼ大通りで行われたフランス軍の軍事パレードには安倍首相も招待された(参加したのは河野太郎外相)。日本とフランスの関係は、かつてないほど良好だ。

逮捕の朝にルノー・日産幹部がスピーチ

しかも、ゴーンが逮捕された11月19日は日仏のビジネス関係者にとってかなり特別な日だった。フランス商工会議所は、創立100周年を記念する行事のフィナーレと銘打って、日仏の政治やビジネスのキーパーソンを集めて「日仏ビジネスサミット」を開いていたのだ。

皮肉なことに、この日の朝一番10時15分にスピーチをしたのは、ルノー名誉会長のルイ・シュバイツァー氏で、これに続いたのが、日産自動車の西川廣人社長兼CEOだったのである。双方とも、日産とルノーのアライアンス関係が、いかにすばらしいものかを語っていた。

が、午後になると、「ゴーン逮捕」のうわさが会場に流れ始めた。多くはたかがうわさだと受け流していた。そして、ほとんどの参加者は夜7時から始まるイベントのハイライトでもある、フランス大使館でのパーティに参加する予定にしていた。

が、うわさが真実味を帯びてくるにつれ、フランス大使館に訪れていた参加者に不穏な空気が流れ始めた。訪れた人の多くは、ゴーンのことを、程度の差はあれど、個人的に知っていたからだ。

この日のために来日していたアニエス・パニエ=リュナシェ経済・財務副大臣は、筆者が紙とペンを持って近づいたとたん、フランス的に言えば「自動車のライトに照らされたうさぎ」のように硬直してしまった。そして、口を開いてこう言った。「(ゴーン逮捕については)何も言うことはないわ」。

それだけ、ゴーンは日仏関係において重要な人物だった。彼はたったの数年間で日産を一変させたと同時に、日本におけるフランスのイメージをも一変させた。大部分の日本人にとって、ビジネス界の人々にとってさえ、フランスとは贅沢品と上質なワインのみを生産する国だった。フランスの工業の優秀さを知っている人は少なかったし、ドイツよりも下だと考えられていた。

「フランス人とは文化に関する会話をする。ドイツ人とは工業に関する会話をする」と、以前ある日本のCEOが語っていた。しかしゴーンの目覚ましい成功によって、日本の政財界はフランスには工業的側面とラクジュアリーな側面の2側面があるということを知った。「今日、従業員数という観点で言えば、日本で最大のフランス企業はおそらくLVMHジャパンと公共事業企業のヴェオリアだろう」と、日本で働くフランス企業のある幹部は説明する。

いつの間にか馬が騎手になっていた

フランスでは、ゴーン逮捕のニュースが流れ始めた頃、人々は仕事に向かっていた。が、前出のアニエス・パニエ=リュナシェ経済・財務副大臣同様、政府関係者もルノー関係者も、誰もが「何も言えない」状態だった。ルノーはこの日、「ルノーの会長兼CEOのカルロス・ゴーンからの詳細な情報を待つが、取締役会は連合会社におけるルノーの利益保護のために尽力したい。ルノーの取締役会をなるべく早く開く」とするプレスリリースを発表するのがやっとだった。

エマニュエル・マクロン大統領も「事実に関する補足的な情報を持ち合わせていないので、その真相や具体的状況について意見を述べるのは時期尚早。株主である国は、連合の安定、グループ、グループの全従業員のために必要な安定を極めて注意深く見守っていく。株主である国はグループ従業員に対し、まさに全面的な支援を保証すると申し上げたい」とコメントするにとどまった。

多くのフランス人は、ゴーンは日本では「半ば神」と考えられていると信じている。日産を立て直した偉大なるカリスマ経営者だと。が、話は少しずつ変わってきていた。ルノーによると、2017年の利益の54%は日産によるものだった(27億7100万ユーロ)。前年(17億4100万ドル)は、49%だったことを考えると、貢献度は増している。

19年前、ルノーは日産を救ったが、今では日産がルノーには欠かせない存在となっている。馬と騎手に例えるなら、ルノーにとって馬だった日産がいつのまにか騎手になっていて、ルノーが馬になったようなものだ。

それでも、国を超えた大型連携がことごとく失敗している自動車関係において、日産・ルノーの奇妙な関係が続いているのは、ゴーンの手腕があったからにほかならない。しかし、ここから先、同じストーリーが続くかどうかは極めて微妙になってきた。

実際、複数のルノーおよび日産の元幹部がイギリスのフィナンシャル・タイムズ紙に語ったところによると、日産とルノーという企業文化がまったく異なる2社をまとめられるのはゴーン氏だけだとしており、「彼ら(日産とルノー)はお互いを信用していない。ブランドヒストリーやそれに対するプライドなど、2社の企業文化はまったく違う」。

それどころか、今回の逮捕劇は日仏関係に影響を与えかねない。今回、東京地検特捜部は金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いでゴーンを逮捕しており、今のところ脱税の容疑はかけられていない。実のところ、フランス人のビジネス界隈では「このくらいで逮捕されるのか」と動揺が広がっている。

「ゴーンはルノーで働くのが好きじゃなかった」

こうした中フランスのビジネス関係者からは、「日産自体が自らのトップにいくら払っているかきちんと認識できていないようなことが本当に起こるのか」という声が上がり始めている。

「仮にルノーとフランス政府が、特捜が誤った判断をしたと感じれば、日産のすべての取締役を”クビ”にすることもできるのではないか。ルノーが日産株43%を所有している以上、日産は事実上、フランス側が経営しているようなものだ」(前出のビジネス関係者)

実際、ルノーにはそこまでできないうえ、ゴーンとフランス政府、あるいはルノーとの関係はそこまで親密なものではなかったようだ。あるルノー関係者は言う。「ゴーンはルノーで働くのは好きではなかった。日本の社員は彼の命令を聞くから。ゴーンは日産で電気自動車の開発を推進していたが、あれはルノーではできなかった」。

ゴーンに対する評価はさまざまだが、日本とフランスのビジネス関係を深めるうえで、重要な役割を果たしたことは間違いない。今回の「ゴーンショック」が、はたして日仏関係にどんな影響を与えるだろうか。

(一部敬称略)