夏帆×東出昌大「危ういけれど、ロマンチックな関係」とは?【インタビュー】

鎌倉の古書店「ビブリア古書堂」の女店主・篠川栞子(黒木華)が、優れた洞察力と推理力で、五浦大輔(野村周平)が持ち込んだ夏目漱石の「それから」にまつわる彼の祖母・絹子の50年前の“秘密の恋”と、謎の人物が狙う栞子が所有する太宰治の「晩年」の希少本に隠された秘密を解き明かしていく……。
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『ビブリア古書堂の事件手帖』はそんな2冊の古書が〈過去〉と〈現在〉を結び、ヒロインの栞子らを50年前の禁断の恋の真相とその先にある真実へと導く感動ミステリー。
そんな本作で、物語の鍵を握る若き日の絹子を演じた夏帆と、彼女に惹かれて許されない恋に走る作家志望の青年・田中嘉雄に扮した東出昌大が、昭和の恋人たちを演じた撮影中のエピソードや自身の本との関わり方などについて語ってくれました。
ふたりが思う「危ういけれど、ロマンチックな関係」とは?
――五浦絹子さんと田中嘉雄さんの関係は、危ういけれど、素敵でロマンチックなものです。おふたりはその関係をどのようにとらえて、どんなところを大事にしながら演じられたのでしょうか?
夏帆 私は初恋だと思って演じました。
絹子には夫がいるんですけど、お見合い結婚だったから、ちゃんとした恋愛はたぶん初めてだったと思うんです。
あまりにもふたりがピュアなので、最初はどんな風に演じたらいいのかなって思っていたのですが、その初々しさや純粋な気持ちを大事に演じたいなと思いましたね。
東出 田中嘉雄も初恋だったと思います。50年前の男性ですし、若いうちは遊びに連れていってもらうようなことはあったとは思うんですけど、女性を本当の意味で愛したのは初めてだったような気がします。
それに、三島有紀子監督(『少女』『幼な子われらに生まれ』)がクランクイン前から「なるべく夏帆さんと時間を共有してください」と仰っていたので、食事に行く時間を持ったり、撮影に入ってからも「別室でふたりの時間を過ごしてから本番に入ってくだい」という指示に従って。
それこそ現代パートとは完全に切り離された撮影だったので、本当にふたりの物語だと思って終始お芝居をしていました。
――ちなみに、おふたりでいるときはどんなことを話されていたんですか?
夏帆 この作品のことを話していましたね。そんなに細かく、こうやろう、ああやろうということは話してないですけど……。
東出 「話すこともないですね〜」と言いながら、部屋でふたりとも体育座りをずっとしているときもありました(笑)。
でも、何もしないよりは、それも時間を共有するということ。それでいいんだと思います。
夏帆 何か話さなきゃと思って、すごくどうでもいい話もしてましたね(笑)。
東出 そうですね(笑)。
――それが、ふたりのあの空気を作っていたんですね。
夏帆 そうです。三島さんは、そういった人と人との関係性や空気感みたいなものをすごく大事にされる方なんです。
逢引きシーン撮影秘話
――劇中では、絹子が夫に隠れて嘉雄に会いに行く逢引きのシーンに、彼女の後ろめたさからくるドキドキする気持ちと好きな人に会える嬉しい気持ちとが混在しているのが印象的でした。
特にふたりが小説の一文節を交互に言い合うシーンがロマンチックでいいなと思ったのですが、あの撮影はどんな感じでした?
東出 どんな感じでした?
夏帆 本を渡されて「これを読んでください」みたいな感じでした(笑)。
東出 まあ、そうだね。
夏帆 でも、食堂のシーンはスケジュールの前半にまとめて3日間ぐらいで撮影したので、毎日がけっこう目まぐるし過ぎたんです(笑)。
東出 しかも、三島監督は役者のそばにずっといらっしゃって。
演出なさるときは役者の気持ちの整理を優先してくださるんですけど、全部任せるということでもないし、監督に常に寄り添うように演じていたような気がするので、ふたりのシーンだけど、いつも三島監督が横にいる3人のシーンだったような印象があります。
――あそこでふたりの手が触れ合うというのは、東出さんが提案されたそうですね。
東出 そうです。でも、そういうことはけっこうみなさんされるので、別に特筆すべきことではないのですが。
夏帆 三島さんは毎回モニターを見ながら、すごく嬉しそうでしたよね(笑)。
東出 ああ、そうでしたね。嬉しそうだった(笑)。
夏帆 それを見ているのが、私もすごく楽しかったです。
実際に演じて、ドキドキしたシーン
――そんなに慌ただしい撮影ですと、演じながら恋をしている気分みたいなものを味わうことはなかったんでしょうね。
夏帆 でも、 読み聞かせのシーンはドキドキしたのを覚えています。本を読み合うなんて、私、いままでにしたことがなかったので(笑)。
東出 ああ、そうですね。
夏帆 これ、どういうテンションでやればいいんだろう? みたいなところが今回は全体的にあったので、私的にはけっこうスイッチを入れないとできなかったんです。
東出 そうかもしれないね。
夏帆 そうしないと、恥ずかしくて、絹子の気持ちに自分を持っていけないと言うか(笑)。でも、完成した映画を観たときに、そのピュアな感じがすごく出ていて……。
東出 初々しかったですね。
夏帆 その初々しい感じがすごくよかったと思いました。
――東出さんはなかったですか、そういうワクワクするような感じは?
東出 う〜ん、でも、幸せな時間でした。本を読み合うって、気恥ずかしくもあるけれど、嘉雄は絹子にかなり惚れていたし、その気持ちの中でやっていたから、充実したいい時間でした。本当に、近年稀に見るピュアな役だったと思います(笑)。
夏帆 私も試写を観たときに、改めて、こういう役を久しぶりにやったな〜と思って。でも、この映画ならではですよね。
そうやって本を読み合いながら、お互いの関係が近づいていくというのは。
東出 そうですね。
夏帆 すごく素敵なシーンだと思いました。
印象に残っているシーン=カラスの鳴き声!?
――ほかにも、印象に残っている撮影の思い出はありますか?
東出 今回の撮影では万年筆を使ったんですけど、田中嘉雄は太宰治に憧れているので、こういう万年筆がいいな〜という理想が自分の中にあったんです。
そしたら、まったく何も注文していなかったのに、持ち道具さんがウォール・エバーシャープという、太宰が使っていた万年筆と同じブランドの年代物を持ってきてくださって。
ほかにも、田中嘉雄が書いている本が切通し坂の作品になっていたりして、持ち道具さんと一緒にやった作業や持ち道具さんの力でより広げていただいたところがありました。
そういうところは本当に自分ひとりじゃできなかったので、あり難かったですね。
夏帆 私はカラスの鳴き声ですかね(笑)。あれは現場で、三島監督から突然「やってください」と言われたので、「はい、分かりました」と答えてやったんです。
東出 可愛かったです(笑)。
夏帆 東出さんはあのとき、本当に素の反応をされたんですよね(笑)。
東出 そう、素だったね(笑)。
――東出さんは、あそこで夏帆さんがカラスの鳴き声をやることを知らされていなかったんですよね。
東出 たぶん知らなかったと思います。
夏帆 その顔を監督は見たかったんだと思います。この前、三島さんと別の取材でお会いしたときに、「あのシーンで東出さんの素の反応が撮れた〜」ってすごく嬉しそうに話していましたから(笑)。
東出 へ〜。試写で観たときに、やっちまった〜と思ったんだけど、監督がそうおっしゃってくださっているならよかったです(笑)。
――あと、映画の最初と最後に嘉雄がかつ丼を食べる、意味合いが違うふたつのシーンがあります。最初の方はグリーンピースを取り除いてあげる夏帆さんが、後半の方は東出さんがかき込むように食べるのが印象的だったんですけど、あのふたつのシーンは同じ日に撮ったんですか。
夏帆 いや、同じ日ではないですね。
東出 食堂のシーンの撮影は確か3日間ぐらいだったんですけど、その初日と最終日にそれぞれ撮ったような気がします。
それにしても、夏帆さんはグリーンピースを取るのが上手いですよね。箸の使い方が綺麗で、早いから驚きました(笑)。
夏帆 あのシーンが初日のファーストシーンだったのですが、とても緊張していたんです。初日ということも相まって、これ、取れなかったらどうしよう? と思って(笑)。
でも、可愛らしいですよね。 絹子さんの人柄がよく分かりますし、好きなシーンです。
――東出さんはどうでしたか? 最初と後とでは気持ちも違ったと思いますが。
東出 台本もやっぱりその通りに進行していましたし、時間がなくても、役者の気持ちを優先してくださる三島監督だったので、あまり無理することはなくて。
だから、最後のシーンもかつ丼をまるまる一杯食べるのを長回しで撮ったんですけど、何てことはなかったです。
監督はヤバイ人!?
――監督から何か役柄に対する注文みたいなものはなかったですか?
夏帆 先ほどの「カラスの鳴き声をやってみてください」とか「東出さんとふたりきりで話してください」といった指示はありましたけど、細かいところではそんなになかったと思います。
――ふたりにわりとお任せだったんですね。
夏帆 そうですね、ある程度、任せてくださって、気になるところがあったら修正してくださる感じでした。
東出 僕はクランクイン前に、通常の軽い本読みやリハーサルではなく、東出の人となりをまず見たいという監督の希望で1対1で食事をする機会があったんです。そうしたら、三島監督が全然視線を外してくれなくて(笑)。
夏帆 三島さんの目は強いですよね。
東出 強い! 真正面に座って、その目で僕を見てるから。
夏帆 しかも、黒目がちなので、ドキドキしちゃう(笑)。
東出 そうそう、気迫がすごいから圧倒されました。
夏帆 でも、実はシャイな方で。
東出 そうなんですよね。お酒を飲むと少女になるし、可愛いんですよ(笑)。
夏帆 こんなに可愛らしい一面もあるんだな〜と思って、それが新鮮でした(笑)。
東出 助監督の佐伯竜一さんは「三島監督の映画に懸ける想いはスゴい」って言われていました。
伊豆の下田ロケのときも、7時にホテル出発なのに、朝5時にはロビーで仁王立ちで待っていたらしいんですよ。しかも、リュックを背負って。
それで「監督、何をしているんですか?」って聞いたら、「いや、現場にもう行く気になっちゃって」って答えたみたいなんだけど、それが本気みたいなので、僕も「それはヤバい人ですね」って笑っちゃいました(笑)。でも、それぐらい気迫がこもった監督でした。
古書を通して過去から現在へと想いが伝わっていくところが魅力
――ところで、この『ビブリア古書堂の事件手帖』は原作小説もベストセラーで、たくさんの方々が読まれていますけど、小説と映画、全体を通してのこの作品の魅力をおふたりの言葉で語っていただけますか?
東出 僕は、鎌倉という土地にもともと馴染みがなくて。観光で1、2回行ったことがあるんですけど、街中を全然知らなかったんですよ。
だから、原作を読んだときも、街並みやビブリア古書堂の店の佇まいが想像の域を出なかったんですけど、映画では街の景色や空気感みたいなのものが具体的に見られたのがよかったですね。
原作の魅力もスクリーンに出ていたような気がします。
あとは、やっぱり栞子さんの推理能力が素晴らしいですよね。
黒木華さんが演じられた彼女は、声も含めて、ものすごく可愛らしかったな〜と思います。
夏帆 古書を通して過去から現在へと想いが伝わっていくところが、やっぱりこの作品のいちばんの魅力なんじゃないですかね。
三島さんもそれをいちばん描きたかったとおっしゃっていました。
――謎解きの面白さもあるし、そこに恋愛の要素も絡む多重構造になっているのが面白いですね。
夏帆 そうですね。現在パートと過去パートでは全然色が違うので、観た方がどんな風に思うのか気になります。
――本が好きな人は特に楽しめるような気がします。
東出 アンカット版(断裁されずら仕上げられた本)なども登場しますからね。
夏帆 小説をただ読むだけではなく、古書に込められた想いを読み解いていく読み方もあるんだなという発見もあって楽しめました。
ふたりにとって、何度も読み返すような大切な本とは?
――嘉雄と絹子は本を通じて心を通わせていきましたが、おふたりにも何度も読み返すような大切な本はありますか?
東出 僕は子供のころに読んだ、「サンタクロースってほんとにいるんでしょうか? 子どもの質問にこたえて」(偕成社/イラスト:東逸子、翻訳:中村妙子)ですね。アメリカの新聞記者の方が、夢を壊さずに子供の質問に本気で答えていたのがすごく印象的で、好きな1冊でした。
夏帆 じゃあ、私も子供のころの本にします(笑)。昔、クラシックバレエを習っていたんですけど、そのバレエ教室に置いてあった「うさぎのくれたバレーシューズ」(小峰書店/著者:安房直子、挿絵:南塚直子)という本がすごく好きだったから、親にねだって買ってもらいました。いまでもたまに見返すんですけど、その本を読むと、当時のことを思い出しますね。
――嘉雄さんが絹子さんのために本をセレクトしてあげるのも素敵でしたけど、好きな人が自分のために本を選んで、貸してくれる行為についてはどう思いますか?
東出 とてもいいですよね。
夏帆 本のプレゼント、いちばん嬉しいかもしれないです。
――本当ですか?
夏帆 はい。
東出 その人の人となりを知ることもできるし、それが別に好きな異性じゃなくても、本を薦められるのはわりと好きです。
ただ、嘉雄の場合は迷惑と紙一重かもしれない。「それから」「人間失格」「晩年」と太宰、太宰、太宰で押しまくりますから(笑)。
――偏ってますよね(笑)。
東出 相手が絹子さんでよかったなと思います(笑)。
夏帆 彼女が本のことをあまり知らなくてよかったですね(笑)。
東出 本当にそうですね(笑)。
――おふたりも誰かかに本を貸してあげたり、贈ってあげた想い出はありますか?
夏帆 いただいたことはあるけど、贈ったことは……恥ずかしくてできない。私、人の本棚を見るのはすごく好きですけど、自分の本棚は絶対に見られたくないです(笑)。
東出 僕も「贈る」って言って贈ったことはないけど、家でお酒を飲んでいるときに本の話になって「じゃあ、ウチにあるのを持っていきなよ」って言って渡したり、全7巻のまず1巻だけを貸すようなことはあって。
だから、司馬遼太郎の「坂の上の雲」も「竜馬がゆく」も「峠」も全部1巻や上巻がないんです(笑)。みんな1巻目はどこに行ったんだろう? と思うし、そういうことはよくあります。
ふたりが最近お気に入りの本
――先ほど何回も読み返す本の話がありましたけど、おふたりが最近お気に入りの本をも教えていただけますか。
東出 最近では、三島由紀夫文学賞にノミネートされた服部文祥さんの「息子と狩猟に」がよかったですね。
狩猟者とオレオレ詐欺のグループが山の中で出会って……という話なんですけど、すごく面白かったです。
――それは自分で選んだんですか? それとも誰かに薦められて?
東出 人に薦められたんです。
――薦められて読むことが多いんですか?
東出 でも、ジャケ買いみたいに、本屋さんで平積みになっているものを手にとることもあります。読みたいと思う本は後を絶たないし、いつか読むだろうと思って買って、家に平積みになっている本がたくさんあるんですよ(笑)。
夏帆 私もそればっかりです(笑)。いまも、次の作品に関係のある本を読んでいるんですけど、どうしてもそっちが優先されるから、どんどんたまっちゃうんです。ただ私、ミステリーはほとんど読まなくて。小説だったら純文学ですし、あとはエッセイやノンフィクションものが好きですね。
ふたりが気分転換のためにしていること
――本を読むこと以外で、おふたりがリフレッシュできる時間はありますか?気分転換のためにしていることがあったら教えてください。
東出 僕は友だちと酒を飲んでボ〜っとすることかな。あとは将棋を指すとか、キャンプに行くとか、そんな感じです。
夏帆 私も、友だちと会って、どうでもいい話をしているときがなんだかんだでいちばんの息抜きになりますね。あと、最近猫を飼い始めたんですけど……。
東出 ホ〜(笑)。
夏帆 家に帰ってきて、ウワ〜って抱きしめる時間がいちばん癒されます(笑)。
――それでは最後に、おふたりが最近、劇中の嘉雄や絹子のようにドキドキしたり、ワクワクしたことは?
夏帆 ワクワクしたこと? ドキドキしたこと? それもやっぱり猫のことですね。いま、家に来て半年ぐらいなんですけど、どんどん大きくなっていくんですよ(笑)。
東出 ハハハ。
夏帆 それが楽しみでしょうがない。ノルウェージャンフォレストキャットっていう毛の長いもともと大きくなる品種なんですけど、家に来たときは掌に乗るぐらいだったのに、いまは人間の赤ちゃんぐらいあって(笑)。
東出 スゴいね(笑)。
夏帆 私がお風呂やトイレに入るとドアの前にいつも寝そべるんですけど、大きくなり過ぎてだんだんドアが開かなくなってきちゃって(笑)。
でも、そういうところにいちいちキュンとします。女の子なんですけど、いつもイチャイチャしています。
東出 僕は何だろう? あっ、僕、秋刀魚が好きなんですよ。だから、スーパーに秋刀魚が並び出しているのが嬉しいですね(笑)。
――今年は豊漁ですものね。
東出 ですね。そんなに高くないし。でも、高くないとは言っても、以前よりは高いですよね。20代前半のころは一尾80円ぐらいだった気がするけれど、いまは100円とか130円とか、当たり前のようにしているから。まあ、そんなことはどうでもいいですけど、秋刀魚の塩焼きはやっぱり好きですね。
――本当に食べることとお酒を飲むことが好きなんですね。
東出 はい。そうなんですよ(笑)。
*
黒沢清監督の『予兆 散歩する侵略者』(17)に続いて本作が2度目の共演となった夏帆さんと東出さん。撮影を振り返るふたりの空気感や距離感はとても自然で、映画のテイストそのままに穏やかな時間が流れていたのが印象的でした。
『ビブリア古書堂の事件手帖』では、そんな夏帆さんと東出さんが昭和の名作映画を彷彿させる禁断の恋人たちを時に微笑ましく、時に狂おしい表情で体現していて観る者の心を揺さぶります。
そして、彼らの言動が現代を生きるヒロインの栞子や大輔にどんな影響を及ぼすのか? 映画ならではのスリルと興奮、感動をぜひスクリーンで堪能してください。