カルピスのラインナップ。『濃い目のカルピス』と『カラダカルピス』が昭和生まれの30〜40代にウケた(撮影=プレジデントオンライン編集部)

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来年100周年を迎える「カルピス」の出荷量が、この10年で1.5倍に増えて、右肩上がりを続けている。復活の要因は「大人向けの商品展開」。甘くておいしいだけでなく、健康にいい発酵食品としての魅力が評価されるようになった。どんなアイデアが功を奏したのか――。

■出荷量はこの10年で1.5倍に増加

ドローンが空撮したモンゴルの草原に、長澤まさみのナレーションが重なる。

「ここは内モンゴル。雄大な大地で強く生きていくための力を人々はずっと昔から知っていました。彼らの健康を支えてきた醗酵乳。その醗酵の力をヒントにカルピスは生まれました」

2016年4月から放送されているカルピスのCMである。

カルピスは、今年7月に発売から99年を迎えた。99歳となったカルピスブランドの出荷量は、この10年で1.5倍に増えている。

今年1月から9月までの累計は前年度比110%。清涼飲料業界全体では102%程度だというから、カルピスの好調は際立っているといえる。

しかしカルピスはずっと右肩上がりだったわけではない。十数年前、飲料業界の過当競争の影響を受け、カルピスの売り上げが伸び悩んだ時期があった。

■ただの「白くて甘い飲み物」という誤解

アサヒ飲料マーケティング二部課長の佐々木健さんはこう解説する。

「2007年の調査では、日本人の99.7%が『カルピスを飲んだ経験がある』と答えています。そのブランド力だけで売れる時代が長かったのです。高級な贈答品として愛された時代もありました。しかし歳月が流れて、いつしかカルピスのよさや魅力を訴求できなくなってしまっていたんです」

独特の甘さからカルピスをただの「白くて甘い飲み物」と思い込んでいる消費者の声もあったという。

しかし、と佐々木さんは続ける。

カルピスは自然の恵みと乳酸菌から生まれた飲料です。さらには醗酵の力でうまれた発酵食品でもある。何十年も前から乳酸菌の研究に取り組んできた実績もあります。そうしたカルピスの氏素性をしっかりと打ち出してブランド価値を高めていこう、と」

モンゴル高原のCMもこうした取り組みのなかから作られた。カルピスのルーツがモンゴルにあるからだ。佐々木さんは次のように語る。

「創業者の三島海雲(みしま・かいうん)がモンゴルを旅したときに遊牧民の乳製品を口にしたんです。健康に不安があった三島海雲でしたが、乳製品のおかげで体調がみるみる回復した。乳酸菌・発酵の力を実感したそうです。その体験をもとにカルピスを開発したのです」

■復活の追い風となった「乳酸菌ブーム」

僧侶だった三島海雲は、日露戦争前の1902年に日本語教師として中国大陸に渡る。その後、旧陸軍に軍馬買い付けを依頼されて、モンゴル高原を広く旅した。そこでカルピスのルーツとなる乳製品と出合う――。それが、カルピス誕生の背景にある伝説的な物語だ。

帰国した三島海雲は試行錯誤の末、1919年に日本初の乳酸菌飲料カルピスを開発した。以来、「美味」「滋養」「安心感」「経済性」という4つの強みを前面に出し、日本人の国民飲料となるまで育て上げる。

1つ目の「美味」については改めて説明するまでもないだろう。牛乳の脂肪を取り除いた脱脂乳を原料としてつくられていたために「滋養」と「安心感」が当時の売り文句となった。また希釈して飲むという「経済性」も消費者に受けた。佐々木さんは言う。

「08年ころから、安心安全で健康に良いというカルピスの原点を、改めて打ち出すようにしたのです」

カルピス復活の追い風となったのが、そのころにはじまった乳酸菌ブームである。ヨーグルトなどの乳製品だけでなく、機能をうたう乳酸菌も登場。またチョコレートやみそ汁も発売され「菌活」「腸活」という言葉も生まれた。近年では発酵食品のおいしさや身体への良さにも注目が高まり、カルピス成長の支えになっている。

■「もっと濃いカルピスを飲みたかった」に対応

さらに、アサヒ飲料は30代から40代の男性をターゲットにした商品を相次いで投入する。

16年には、子どものころに「もっと濃いカルピスを飲みたかった」という体験を持つ世代をターゲットにした『濃い目のカルピス』を発売。さらに翌年には体脂肪を減らす機能がある『カラダカルピス』を発売した。

いままでカルピスブランドの主なユーザーは幼い子どもを持つ母親と10代だった。

誰もが子ども時代にカルピスを飲むが、大人になると口にする機会が減ってしまう。成長にあわせて「カルピス離れ」を起こしてしまうのだ。多くの大人はたまに居酒屋でカルピスサワーを注文するくらいになってしまう。

しかしカルピスをノスタルジックな味として記憶する人はたくさんいる。『濃い目のカルピス』と『カラダカルピス』は、そんな潜在的なニーズの掘り起こしに成功した。

■新製品だけでなく、馴染み深い定番の味も求めている

いまのカルピスのキャッチコピーは〈カラダにピース〉。だが、『濃い目のカルピス』と『カラダカルピス』を手に取る世代は〈初恋の味〉のほうが馴染みがあるかもしれない。

昭和生まれの30代、40代は『濃い目のカルピス』と『カラダカルピス』を通して〈初恋の味〉との再会を果たした。その再会がカルピス好調を支えている、といっても過言ではないようだ。佐々木さんはいう。

「お客様は新製品だけでなく、馴染み深い定番の味も求めています。いかにカルピスにプラスオンしてラインナップを増やしていくか。カルピスブランドの間口を広くして、たくさんのお客様に楽しんでいただきたい」

■社内にも社外にも好きな人がたくさんいる希有なブランド

今年8月、佐々木さんはカルピスブランドのマーケティングスタッフとともに、中国内モンゴル自治区ヘシグテン旗を訪れた。

カルピスにたずさわる誇りを再確認したかった」と佐々木さんは語る。

彼の地は、100年前にカルピスの産みの親・三島海雲が旅した草原である。カルピスを産んだ草原に立てば、三島海雲の思いに少しでも触れられるのではないかと考えたのだ。

「先人が築いてくれた事実がなければ、時代に合わせてカルピスブランドをアップデートすることもできない。私たちは原点に立ち返ってカルピスの成り立ちを学び直して、ブランドを磨き続ける必要があるのです。社内にも社外にもカルピスを好きな人がたくさんいる。希有なブランドだと実感しています」

来年、カルピスは誕生100周年という節目を迎える。大正、昭和、平成と三つの時代を生きぬいた長寿ブランドは、新たな時代でも愛されるはずだ。

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山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『それでも彼女は生きていく3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)などがある。Twitter:@toru52521

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(ノンフィクションライター 山川 徹)