NTTドコモは10月31日、通信料金を2〜4割下げる方針を示した。このタイミングで発表した理由とは(撮影:尾形文繁)

「利用状況にもよるが、(今よりも1人当たりの通信料金を)2〜4割程度下げたい」。10月31日、NTTドコモの吉澤和弘社長は決算会見で、携帯電話の通信料金の大幅な値下げに踏み切る考えを示した。実施は2019年4月以降の予定。値下げによる減収により、来期(2019年度)は5期ぶりに営業減益に転じる見通しだ。業績に打撃となるほどの見直しを断行する理由は、いったい何なのか。

値下げの詳細はまだ固まっていないが、端末代金と通信料金を切り離す「分離プラン」の拡充を軸に検討するという。つまり、ドコモが現在実施している、高額端末購入の補助として一定額の通信料金を毎月割り引く「月々サポート」は縮小か廃止となりそうだ。

家計負担も2〜4割下がるわけではない

月々サポートがなくなれば、端末代金の負担は増える。通信料金が2〜4割下がっても、携帯電話にかかわる家計の負担自体がそれと同じ割合減るわけではないので注意が必要だ。


NTTドコモの吉澤和弘社長は10月31日の決算会見で、通信料金を2〜4割程度下げる方針を示した(記者撮影)

通信料金の値下げ分と端末割引の縮小分を合わせた「料金見直しによる利用者への還元額」は、最大で年間4000億円に上る見通しだ。この金額を手掛かりに家計の負担が実際にどれだけ減るのかを試算すると、以下のようになる。

総務省が9月に発表した統計(今年6月末時点)から推計すると、ドコモの携帯電話の利用者数は約6600万人になる。年間還元額の4000億円を6600万人で割ると、1人当たりの還元額は約6000円。1か月約500円になる。ドコモの携帯回線は月額単価が4300〜4400円なので、3800円〜3900円になるとすれば、1割程度の値下げ幅となる。

実質の値下げが2〜4割までは届かないにしても、還元額が非常に大きいことは確かだ。料金見直しを実施する来年度以降は、今年度見込む営業利益(9900億円程度)と比べて減益となる期間が続く見通しだ。同水準への回復は、2023年度まで待たなければならない。

吉澤社長は、「しっかりした顧客基盤を強化することでスマートライフ領域(金融やコンテンツなど)や(次世代通信規格の)5Gを成長させたい」と、通信料金の減収による減益分を非通信分野の拡大で補うシナリオを強調した。


今年8月、菅義偉官房長官は携帯料金を下げる余地があると語り、通信業界に波紋を広げた(撮影:今井康一)

料金見直しの背景として、誰もが真っ先に思い浮かべるのが、菅義偉官房長官による「携帯料金は今より4割程度下げる余地がある」という発言だろう。菅氏は8月23日にこう発言をして以降、キャリア3社(ドコモ、KDDI、ソフトバンク)をたびたび槍玉に挙げ、「公共の電波を使って巨額の利益をあげるべきではない」などと強く批判してきた。総務省は菅長官の意向を受け、携帯料金などについて議論する研究会を10月に発足させ、議論を進めている最中でもある。

ドコモ社長「今回は自主的にやった」

ただ、携帯料金は許認可制でないため、本来は政府が介入したり、口出ししたりする権利はない。会見の質疑では「菅氏の発言が影響したのか」という質問が出たが、吉澤社長は「政府からの話も当然あったが、料金のマーケットリーダーになるというコミットもあった」と述べ、「今回はドコモが自主的にやった」と関係性を否定した。

値下げの根拠としたものには、利用者への調査などがある。自社で実施した「ドコモの料金プランが分かりやすいか」という調査では48%の利用者が「そうは思わない」と答えたといい、吉澤社長は、「これまで様々な還元をしてきたが、料金プランが複雑でわかりにくいという声がある。お客様の声を真摯に受け止め、シンプルでわかりやすい料金プランに大胆に見直していく」などと述べた。

そのほか、吉澤社長は来年10月に予定されている楽天の通信キャリア参入も挙げ、「先んじて競争力を強化する」とも述べた。また、「(値下げによって)顧客基盤や回線基盤を強化することで長期的な価値の向上が図れる」などの理由も挙げた。

だが、ドコモの説明には不可思議な点が少なくない。そもそも、ドコモは新料金の体系自体をまだ決めておらず、詳細はこれから検討する、としている。分離プランの拡大という方向性は明らかにしているが、これもまだ確定事項ではないという。

値下げの実施が5カ月以降も先の話で、中身も“生煮え”の状態だ。そんな状況で「2〜4割」という通信料金の値下げ幅や「4000億円」という還元総額などといった具体的な数字を発信することには疑問が残る。

吉澤社長は「ビヨンド宣言(2017年4月に発表した中期経営計画)において、通信は重要なファクターだ。ある程度舵を切るという判断をした中で、お客様還元は中期計画に入ってくる話なので、このタイミングで言わせていただいた」と述べた。ドコモはビヨンド宣言に具体的な数値目標をほとんど盛り込んでいなかったため、この日の発表ではいくつかの目標や指標、新たな方向性を発表している。その中のひとつとして、まだ固まり切ってはいないが、新料金を盛り込んだ、という理屈だ。

ドコモの不可思議な決定の裏に…

今回の発表の中には、「5Gのインフラ構築等投資額として、2019年度〜2023年度までに1兆円をつぎ込む」との内容もあった。これに関連して、新料金プランについて会社側は、「今後回線契約がさほど伸びない中で、5Gやスマートライフ領域に注力するという決意の表れだ」などとも説明する。だが、5Gやスマートライフ領域を拡大するための今後の投資もかさむ中で、減収減益になるほどの値下げを断行する、ということにも少し違和感がある。

また、今後も増配は継続し、自己株式の取得などの株主還元も進めていくというが、減収減益を好ましく思わない投資家もいるだろう。

ある関係者は、今回の値下げの舞台裏について、「菅さんのキャリア各社への怒りを誰も抑えられない状況になった。そのため、持ち株(NTT)がやむをえないと判断した」と明かす。そのうえで、「やるのならば、菅さんが納得するレベルでやらないといけない、ということで、この規模での値下げに踏み切った」と言う。確かに今回ドコモが強調した値下げ幅は、菅氏の「4割下げられる」という発言にも符合する。

総務大臣も歴任し、通信政策にも大きな影響力を持つ菅氏の不興を買えば、今後の事業に支障が出る――。そんな思惑がドコモの値下げの背景にあるとすれば、KDDIやソフトバンクもドコモの後を追い、値下げに踏み切る可能性は否定できない。9割のシェアを持つ通信大手3社の料金体系が動けば、格安スマホ業者にも影響を与えるかもしれない。

業界最大手ドコモの決断は、菅氏の希望通り、業界で値下げが進む狼煙となるのだろうか。