「計画運休」定着と福知山線脱線事故現場の今
事故現場に追悼施設として整備された「祈りの杜」と遺族の淺野弥三一氏(撮影:松本 創)
運転士を含む107人が死亡、562人が重軽傷を負ったJR史上で最悪、戦後の鉄道事故でも死者数で4番目の巨大事故となった2005年4月25日の福知山線脱線事故。
事故後のJR西日本と遺族の淺野弥三一氏による「安全性の確立」を目指した13年間の取り組みを描き、このほど「Yahoo!ニュース 本屋大賞 ノンフィクション本大賞」と「城山三郎賞」の最終選考にノミネートされた『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』著者の松本創氏が、JR西日本の今を2回に分けてレポートする。
「祈りの杜」になった史上最悪の事故現場
JR史上最悪の事故現場は、一見それとわからない空間に生まれ変わっていた。運転士を含む107人が死亡、562人が負傷した2005年4月25日の福知山線脱線事故から約13年半、JR西日本が整備した兵庫県尼崎市の「祈りの杜」。9月21日から一般公開されている。
遺族・被害者限定で、まだ人影の少なかった9月18日、私は淺野弥三一氏とともに訪ねた。妻と妹を失い、次女が瀕死の重傷を負わされた淺野氏の十数年にわたる闘いを記録した『軌道』の取材時と同じように、彼の後ろを歩き、その肩越しに風景を見つめながら。
祈りの杜は、JR西が事故現場のマンションと隣接地を取得し、2016年1月から整備を進めてきた、敷地7500平方メートルに及ぶ追悼の空間。広い芝生の中央に水盤があり、白御影石でできた高さ約4メートルの慰霊碑が立つ。その前に犠牲者名碑と献花台、JR西のお詫びと安全への誓いが並ぶ。数十メートル先に現場マンションが横たわるが、常緑樹の木立に遮られて、碑のある場所からは見えないように配慮されている。
もともと9階建てだったマンションは、電車が激突した北側の4階部分から階段状にして一部保存され、アーチ状の大屋根で覆われた。先頭車両が突っ込んだ立体駐車場や2両目が押し潰された壁や柱の痕跡はそのまま残るが、線路との間に半透明の壁ができ、ほんの数メートル先の軌道上を行き交う電車の姿は見えづらくなった。淺野氏と大屋根の下にたたずんでいると、数分ごとに轟音や軋み音だけが響いてくる。
「リアリティがないというか、よそよそしいというか、異空間になったね。きれいすぎるという反発も遺族の中にあるようだけど、しかし保存整備しようと思えば、こんな形になりますわな。感想は……まあ、こんなものかと。どう言えばいいかわからない」
そう淺野氏は苦笑する。事故の遺族というより、震災復興や公園の設計を長年手掛けてきた都市計画コンサルタントの目で見てしまうのかもしれない。
事故現場の整備をめぐり、JR西は2012年からアンケートや説明会を行って遺族・負傷者の意見を集約してきた。マンションは全棟保存から完全撤去まで意見が割れ、犠牲者名碑についても判断が分かれた。意向調査の結果、約90人の名前が刻まれたというが(JRは総数未公表)、常時公開は68人のみ。内部の石板に刻み、事故命日のみ公開してほしいという人もいれば、あくまで非公開を望む人もいる。
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また、現在は姫路市近郊の倉庫に保管されている事故車両(1〜4両目が残っているが、事故による破損、救助活動や撤去時の切断などで原型はとどめていない)を展示するかどうかでも意見が分かれている。同じ遺族でも、現場保存や追悼に望む形がそれぞれ異なるのは、震災被災地などでも見られることだ。
淺野氏は、犠牲者名碑に妻の名を刻むこと自体を了承しなかった。彼にとって、亡き妻を悼むのは家族の個人的な問題であり、ここはその場所ではない。事故の悪夢を断ち切り、前を向こうと歩き始めている娘のためにも縛られたくない、という。だが一方で、事故を社会に記憶させ、教訓を語り継ぐ場所として、何よりもJR西が真に安全最優先の企業へ生まれ変わる原点として、この場所はぜひ残さねばならないと考えてきた。自らの感情を封印し、「事故の社会化」を目指して苦闘してきた彼の、それが強い願いである。
JR西の課題は「社内の風化防止」
祈りの杜には、事故を伝える部屋が設けられている。脱線に至る運行経路や時間・速度の推移、大破した車両や救助活動など現場の状況、JR西の安全策の不備や組織風土といった背景要因まで含めた事故原因、それに淺野氏も深く関わってきた事故検証や安全確立への取り組み。そうした詳細が事故調査報告書や報道・社内資料を引用する形で展示されている。
淺野氏がふと足を止めた。車両ごとの乗客死亡数が壁に示されている。1両目で42人、2両目で57人、3両目で3人、車両不明の死者が4人。彼の家族は2両目に乗っていた。ほぼ真ん中から「く」の字に折れ曲がった車両の図を見て、こう漏らした。
「女房が死んだ状況なんて想像したくはないけど、これではひとたまりもない……」
事故から13年以上が経ち、JR西では社内の記憶の風化をいかに防ぐかが課題になっている。この祈りの杜は、自社が起こした取り返しのつかない事故の反省と教訓を社員たちに刻み込む場所でもある。社員を交代で常駐させ、研修にも活用する。事故命日の追悼慰霊式典は、来年からはここで開催する意向だ。
では、JR西は淺野氏ら遺族が願うように、真に事故を反省し、安全最優先の企業に生まれ変わったと言えるだろうか。理念やスローガンを唱えるだけではなく、実効性ある取り組みが行われているのだろうか。
関西圏で定着しつつある「計画運休」
まずはポジティブな面を見てみよう。近年のJR西の安全への取り組みで、特に注目されているのが「計画運休」だ。台風や豪雨など大規模な災害が予想される場合、特定の区間や路線だけでなく広域にわたって、事前に全面運休を決める。首都圏では先月末の台風24号でJR東日本が初めて実施したが、関西圏ではJR西がすでに3回行っており、私鉄各社も追随して定着しつつある。
JR西が初めて計画運休に踏み切ったのは2014年10月。京阪神の都市圏を中心に近畿2府4県の24路線で実施した。ところが、この時は予想に反して台風の勢力が弱まり、「空振り」に終わる。3連休最終日の夕方以降で、影響人員は多くなかったものの、私鉄各社は通常運行しており、「なぜ動かないんだ」と苦情が多く寄せられた。
だが翌2015年7月の台風では、勢力や予想進路から計画運休を見送ったところ、想定を超す雨のために連続雨量が規制値に達し、東海道線の山崎駅(京都府)付近で新快速列車が約4時間も立ち往生。深夜から未明にかけて乗客約1600人が閉じ込められ、体調不良で救急搬送される乗客が19人にものぼった。JR西は「24時間雨量による規制を導入したばかりだが、見通しが甘かった」と会見で謝罪。規制値に達する前に間引き運転や計画運休を検討し、早めに対処していく方針を決めた。
こうした経緯を踏まえ、今年9月には、台風21号(4日)と台風24号(30日)で計画運休を2回実施した。特に近畿全域に大きな被害をもたらした21号では、「午前10時までに在来線全線で運休」「以後、終日運転見合わせの可能性」と前日の午前中に発表し、今度は私鉄5社もこれに続いて運休や特急の運転取りやめを決めた。このため当日は朝から多くの企業や学校が休業・休校とし、商業施設も臨時休業が相次いだが、大きな混乱は起きなかった。JR西管内では、京都駅の天井ガラスが暴風で落下したり、飛来物で架線が損傷したりする被害が出たため、安全を優先した早い判断が高く評価されることになった。
JR西の推計によれば、台風21号の計画運休による影響人数は4日が約75万人、5日が約120万人。また、9月1日から14日までの鉄道事業の収入概況(速報値)は、前年比で1.3%減となったが、来島達夫社長は「自然の猛威に対してお客様の安全を守れたことは是としたい」と会見で語った。
同社安全推進部の担当者は、計画運休に臨む社内の様子をこう語る。
計画運休、JR西内部の声とは
「風速や雨量の規制により各線区や支社単位で列車を止めるのは日常茶飯事ですが、面的にエリアを設定して運休するとなれば経営判断になる。しかし、運休による収入減が気になって判断が鈍るなんてことは、私の知る限りありません。安全最優先で、躊躇なく止める雰囲気はあると思う。今回は、駅間で列車を立ち往生させた痛い経験から学び、絶対に繰り返さないというのが目標になっていた」
とはいえ、自然現象が相手だけに、2014年のような「空振り」も想定される。
「気象庁のデータのほか、気象情報会社とも連携して時々刻々と変わる状況を注視しますが、最後は賭けのようなもの。ただ、何度か計画運休をするうちに『外れても仕方がない』と、ご理解いただけるお客様の声も増えてきた気はします」
福知山線事故後、JR西の事故やインシデントを検証し、安全施策を提唱してきた安部誠治・関西大学教授によれば、計画運休のように対象が100万人単位となる大規模な事前防災の取り組みは、海外にも例がないという。
「近年の自然災害は激甚化しており、その意味では、JR西の取り組みは先進的と評価してもよいと思う。ただ都市圏の鉄道は、安全が大前提ではあるが、安定輸送も大きな使命。今後は予測の精度をいっそう高めること、運行再開後の立ち上がりを迅速にすること、それに、事前アナウンスの向上が課題になる。HPやマスコミ向けの発表だけでなく、駅での掲示をもっとわかりやすくしたほうがよい。関西はインバウンド需要も多いため、英語や中国語での告知を充実させることも必要だろう」
と、概ね高評価を得ている計画運休だが、安全は災害対策だけではない。JR西が「安全最優先」となるには、また別の課題も残されている──。
(後編は11月1日掲載予定)