恋人から「寿離職」を懇願されたマサトさん(筆者撮影)

小学生の子どもを持つ共働き世帯、ひとり親世帯にとって、放課後に子どもを預かってくれる学童保育所はなくてはならない存在だ。「学童があるおかげで安心して働き続けられる」というのは共通の思い。学童保育に通う子どもたちは年々増え続けており、待機児童問題も報道されるようになった。学童保育の認知度は上がってきたものの、地域によってその形態は千差万別。多様化という言葉では片付けられない、さまざまな格差が見えてきた。

ベテラン指導員の手取りが18万円

「客観的に見てやっぱり、18万円は安いよなぁ」

7月中旬、TBS系列毎日放送の夕方のニュース番組で大阪府の学童保育指導員の待遇が特集された。ネットでその番組を見たシンジさん(仮名、37歳)は、ため息をついた。

特集では、顔見知りの男性指導員の働く姿が映し出されていた。44歳独身。24年の経験があるベテラン指導員の手取り給料が18万円。年収は250万円だった。同世代の男性の半分にも満たない額である。

シンジさんは指導員になって10年目。音楽好きが高じてCDショップで勤務したが、縁あって保護者会が運営する学童の指導員になった。「子どもたちの変化や成長の瞬間をそばで見られること」がやりがいだ。

「学童は集団作りを大切にしています。年齢も性格も違う子どもたちの気持ちがひとつの “輪”になる瞬間があります。その嬉しさはなにものにも代えがたい」と、かみしめるように話す。

手取りで16万〜17万円。行事や研修もあって、日曜出勤も少なくない。1カ月に休めるのは4〜5日程度。年収は額面でなんとか300万円を超える。

「僕は独身なので、今の給料でやっていけますが、貯蓄はあまりできないですね。これだけ働いているのに給料が安いとは思っていません。もっともらえたら嬉しいですけど。でも、うちは他の学童に比べるといいほうなので」

学童保育があるおかげで、安心して働き続けられる――。子どもを預ける親の思いは共通だが、指導員の仕事内容や待遇まで理解するとなると話は別。待機児童にならないかという不安はあっても、入ってしまえば、毎日の生活に忙殺される。

学童指導員の非正規率は7割超

厚労省の2017年の調査では、学童保育に通う小学生は全国に約117万1200人で、指導員は約13万1300人。学童保育所は全国に約2万4600カ所あるが、運営形態はさまざま。公立民営が最も多く約46%。ついで公立公営は約35%で、民立民営は約19%だ。

学童保育は1950年代、大阪や東京で民間の保育所や保護者が立ち上げたところから始まる。筆者の暮らす大阪市では今も、保護者会が共同運営している。利用者でありながら、雇用者でもあるという微妙な立ち位置だ。シンジさんにしても、保護者会という任意団体での雇用は不安定なものである。

一方、公立で働く指導員は一見安定しているように見えるが、自治体によって常勤・非常勤・嘱託・臨時・任期付き短時間勤務と身分は異なる。継続雇用される傾向にあるが、市町村の判断でいつでも雇い止めできるものになっていて、必ずしも安定しているとは言えない。

全国を見ても非正規率は高く、常勤職員は約27%。離職率も高く、勤続年数1〜3年が半数を占めている。「いいほうだ」というシンジさんの月収は額面でも20万円に届くかどうか。同じく子どもに関わる仕事と比べてみても、教師はもちろんのこと、全産業平均より約10万円低い保育士の月給平均額22万9900円(2017年厚労省調べ)を下回っている。

指導員として働くのに資格は必要か――。資格不問の学童も少なくなかったが、2015年の「子ども・子育て支援制度」のなかで「放課後児童支援員」という公的な資格が初めてつくられた。保育士や社会福祉士、教員資格等を有するか、高卒以上で2年以上児童福祉事業に従事している人が、都道府県が実施する研修を受講することで取得できる。とはいえ、一般的な認知度はまだまだ。

ベテラン指導員は嘆く。

「誰にでもできる仕事と思われている。子育て経験があればできるわけでもない」「関係者以外に理解されにくいし、保護者でさえ気楽な仕事だと思っている人もいる」

子どもたちは学童に着くと、宿題をして、おやつを食べて、遊んで過ごす。複数の子どもたちが集まれば、ケンカも起きるしトラブルもある。子どもの変化に気づき、思いや感情を受け止めながら、仲裁に入ったり、子どもたち自身で解決できるように指導員は見守る。そのためには、ひとりひとりの子どもの性格や家庭環境を理解し、子どもとの信頼関係を築いていかねばならない。6〜12歳の子どもたちは発達段階も異なる。発達段階に応じた関わり方も必要だ。

決して誰にでもできる仕事ではないが、指導員の待遇は低く、社会的地位も高いとは言えない。シンジさんに話を戻そう。シンジさんは「うちはいいほう」と言った。“ブラック”の上には上があるのか。

「うちは残業時間分の残業代が支払われていますが、残業代に制限があったり、つかないところもあるし、正規なのに社会保険がないところさえあります。別の学童の指導員ですが、結婚するからと辞めていった男性もいました」
 
学童業界では男性の寿離職は珍しくないことなのか。

恋人から寿離職を迫られたマサトさんの場合

「結婚するなら、指導員を辞めてほしい」

彼女から選択を迫られたマサトさん(仮名、34歳)に会った。マサトさんは職責ややりがいを伝え続けることで、昨年9月に結婚した。だが、葛藤を抱える人や泣く泣く辞めていく人は今も存在する。既婚の男性指導員は「妻の理解がなければ、指導員を続けていけない」と口をそろえる。

結婚問題はクリアしたマサトさんだったが、別の問題に直面していた。マサトさんは大阪府A市で働く。A市の学童は約30年前まで公立公営だったが、その後、地域の首長や学校関係者などで構成される地域運営委員会が運営する公立民営に移行。しかし、補助金流用や保育の質低下などが指摘され、2015年から株式会社も運営に参入した。

「地域運営委員会時代の身分は有償ボランティアです。X社が参入し、社員になりました。しかし労働組合活動をしていたため主任の役職から外され、配置転換も命じられました。継続的に働くことで子どもとの信頼関係を築いていくので配置転換は不本意でした。保育の質を保つためには打ち合わせや準備が必要ですが、子どもたちの登所時間だけ働けばいいということで働く時間も制限され、年収は40万円以上減って200万円以下になりました」

マサトさんと最初に会ったのは、昨年末。それから7カ月後、Y社の社員になっていた。転職したわけではない。A市では2018年度から公募型プロポーザル方式で運営事業者を選定しており、Y社が選ばれたのだ。

「主任職に戻り手当がつくようになりましたが、月給制から時給制に変わりました。主任から外され、ダブルワークでしのいでいた人が、家族から『そんなんでは生活できひん』と言われ辞めていきました。市の方針で主任は13〜19時勤務ですが、一般の指導員は14〜17時と働く時間が決められています。『主任だけたくさん働いて、給料が高いのはズルい』と職場の雰囲気が悪くなった学童もあります。自分の給料は減りますが、働く時間を他の指導員にゆずっています。空気を読んで……」

安定したスタッフ体制維持のためにはパート・アルバイト指導員の生活も保障しなければならない。本来、経営者が考えていくべきことだが、現場が対応せざるをえなくなっている。現在よりも待遇のいい学童から働かないかと誘われるが、マサトさんはA市で働き続けていくという。

「人材流出」の問題も予見される

国は放課後児童支援員の資格を設けて以降、運営費の人件費算定を大幅アップ。処遇改善事業に取り組んでいる。2017年度からはキャリアアップ処遇改善事業も予算化した。勤続年数や研修実績等に応じた賃金改善に必要な費用を補助するものだ。だが、自治体や施設によって対応の仕方もスピードも違う。

大阪学童保育連絡協議会事務局次長の柴田聡子さんは言う。

「3年前、大阪市内の正規指導員で年収300万円を超える人は20人にも満たなかったと思いますが、現在は300万円を下る正規指導員は相当減っています。しかし、札幌や名古屋などではさらに処遇改善が進んでいて、年収400万円を超えるようになっています。先日、名古屋の学童関係者から『大阪の指導員がこちらで働くことになった』と聞き、今後人材流出もありうるかもしれないと感じました」

同じ仕事なら、少しでも高い給料の職場で働きたいと思うのは当然のこと。指導員の奪い合いは避けたい。国や自治体のさらなる処遇改善施策を期待したいが、より多くの保護者が指導員の労働環境へ目を向けることも必要だろう。