金正恩(キム・ジョンウン)氏

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韓国紙・東亜日報の敏腕記者で、自身が脱北者でもあるチュ・ソンハ氏がブログ「ソウルで書く平壌の話」によれば、日本でも人気を集めたインド映画「バーフバリ」に平壌市民は熱狂している。王位を巡って兄弟が闘いを繰り広げるという、古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」をベースにしたストーリーだ。

北朝鮮当局は今年初めから非社会主義現象に対する取り締まりを強化している。非社会主義とは、密輸、賭博、売買春、違法薬物の密売や乱用、ヤミ金融、宗教を含む迷信などに加え、韓国など外国のドラマ・映画・音楽の視聴など、当局が考える社会主義にそぐわない行為を指す。

取り締まりが恣意的で範囲が広かったため、市民の強い反発を受け部分的に緩和されたと伝えられているが、そんな中で平壌市民の熱い注目を浴びているのが、当局のお墨付きを得て映像ソフトが販売されているインド映画なのだ。

「バーフバリ」のDVDは今年1月1日から平壌のパソコンショップ「情報奉仕所」で販売が始まった。お値段は1セット2枚組で1万5000北朝鮮ウォン(約200円)。コメ3キロ分に相当する額だが、用意していた数万枚がわずか1日でソールドアウトしてしまった。それから10ヶ月、今では大人はもちろん、幼稚園児が見るほどの人気ぶりだという。

映画の主題歌が平壌のいたるところで流され、週末ともなれば牡丹峰(モランボン)の丘で、インド風の振り付けをばっちり覚えた男女が踊り狂っている。ヒロイン役を務めたアヌシュカ・シェッティやタマンナーも絶大な人気を博している。

平壌市民が「バーフバリ」に魅了されたのは、地味な北朝鮮映画では想像もつかないほどの華麗なシーン、派手なアクション、そして撮影技術だ。インド映画と言えば、男女が口づけをかわす直前に音楽が流れ、急に踊り出すというシーンが一般的だが、北朝鮮バージョンではカットされずにそのまま収録されたのか定かでない。

実はこの映画、見る人が見れば金正恩党委員長と、暗殺された兄の金正男氏のことを思い浮かべるだろうが、平壌市民でも事件のことを知らない人が多く、ストーリーそのものが話題になることはないようだ。知っていたとしてもうかつに口に出せないだろうが。

平壌の映画市場が「印流」に占領されてしまったわけではなく、中国の「華流」も負けず劣らずの人気だ。

中国の映画・ドラマは一時、中朝関係の悪化を受け、視聴禁止となっていたが、中朝首脳会談の直後に放映された中国映画「毛岸英」を皮切りに、中国映画のテレビ放映も再開された。中国建国の父、毛沢東主席の長男で朝鮮戦争に参戦して戦死した毛岸英氏を描いたものだ。

また、日本では張芸謀(チャン・イーモウ)監督の1987年版で有名な「紅いコーリャン」のドラマバージョン(2014年制作、全60話)が、5月から毎週日曜日に2話ずつ放送され、人気を博した。

さらに8月20日からは中国の作家、張作民が2012年に書いた小説「産科医生(産婦人科医師)」の販売が始まった。2014年にドラマ化されているので、「そのうちDVDの販売が始まり、ゆくゆくはテレビでも放映されるだろう」とチュ・ソンハ氏は書いている。

また同氏によると、このドラマの登場人物は韓国サムスン社製の携帯電話を多く使用している。間接広告と思われるが、「北朝鮮でDVD化するにあたってどのように画像を処理するのか気になる」(チュ氏)。

インド、中国のコンテンツが解禁されつつあるものの、韓流への取り締まりは依然として厳しい。摘発されれば教化所(刑務所)送りとなり、家族は平壌から追放される。それを恐れて平壌市民は韓流を見ようとしないという。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

当局はそのかわりに、印度や中国の文化コンテンツを許容することで、アメとムチを使い分けつつ、文化の障壁を徐々に下げているということだ。

北朝鮮のコンテンツ市場の特徴としては、テレビ放映する前にDVD化されることだ。社会的な影響の強いテレビ放映より、DVDで出して反応を見るという意図があるのだろう。国営の木蘭ビデオ社が販売するが、中国ドラマの新作の場合、DVD1枚に8話分が入って8000北朝鮮ウォン(約100円)だ。

また、情報奉仕所では、携帯電話のメモリーカードにドラマをコピーするサービスも行っている。中国ドラマ1話で800北朝鮮ウォン(約10円)だ。認証番号で管理され、北朝鮮で一般的なBluetoothでファイルのやり取りをすることはできなくなっている。

さらに、情報奉仕所ではゲームソフト、電子書籍、画像の印刷、アンチウイルスソフトのインストールなどのサービスも行っている。収益の7割は当局が、3割は情報奉仕所が得る。

情報奉仕所は平壌市内に約100ヶ所が存在し、金正恩党委員長の秘密資金などを管理する労働党39号室に所属している。つまり、労働党がコンテンツの販売可否から販売までのビジネスを司っているということになる。コンテンツビジネスが、制裁で外貨不足に陥った北朝鮮を救っているのだ。