「極論が今の日本を蝕んでいる」と古谷氏は断言する(撮影:梅谷秀司)

最近、さまざまな分野で、「極論」が増えていないだろうか。民主的な選挙で選出された政権を「独裁」「ファッショ」と決めつけたり、北朝鮮に圧力を加えろと言っただけで「戦争になる」、「今すぐ原発をゼロにしないと日本が滅ぶ」など、枚挙にいとまがない。少し前には「TPP(環太平洋経済連携協定)はアメリカの陰謀」というものもあった。
近頃では「AI(人工知能)の普及で人間の仕事がなくなる」「人口減少で日本の地方は崩壊する」といった極論を聞くことが多い。
なぜ、極論が生まれ、極論に群がる人々が増加しているのか。常識を持った人ならば、極論を無視することができるはずだが、なぜ極論を受け入れてしまうのか。『日本を蝕む「極論」の正体』(新潮新書)の著者であり、インターネットやネット保守、若者論などを中心に言論活動を展開する、古谷経衡氏に聞いた。

右翼は在日と朝日を、左翼は安倍を叩く

――執筆のきっかけを聞かせてください。

私は1982年生まれで、高校生だった1990年代後半は、ネットが普及し始めた時期です。当時、ネットは「95%うそのネタを書く世界」であって、本名を出して意見を載せるなんて、危なすぎることでした。

しかし、ここ5〜6年は極左と極右が本名で真剣に論争し、罵り合っています。 右翼は在日韓国人と朝日新聞を叩き、左翼は何事もすべて安倍政権のせいだとして、いがみ合っています。右翼にも左翼にも、極論を述べる有名人がいて、かつ増殖し、その下にその信者(ファン層)がいます。左右を問わず、極論に群がる人々が増えているのを見て、「極論」をテーマに執筆することにしました。

――著書の中で書いているように、外部からの監視がないと、極論が生まれるのでしょうか。

ネット右翼の世界は監視がありません。掲示板の中は馴れ合いで、「○○は朝鮮人だ」などと、勝手な発言が飛び交っています。左翼左翼で、「天変地異は安倍首相のせいだ」と、ありえない極論を述べています。ありえないことですが、左翼の身内では受けがいい。左右の関係なく、競争のない閉鎖的な集団や組織からは、常に極論が発生します。第三者からの監視や監査のない集団に取り込まれた人々は、もともと常識人であっても、強烈な同調圧力によって極論を正論と思い込んでしまうのです。

――「日本会議」についても言及していますね。

第2次安倍政権が盤石なので、何かウラがあるのではないかと疑う人は、少なくありません。なぜ安倍政権が存続しているかと言えば、単純に選挙によって有権者から信任を受けているからにすぎませんが、何かしらの陰謀を見いだそうとする人が多いようです。

左翼の間では「日本会議陰謀論」という極論が信じられています。著述家の菅野完さんが著した『日本会議の研究』(扶桑社新書)がベストセラーとなり、日本会議という団体が有名になりました。この本の出版以来、日本会議と安倍政権を結びつけて説明する人が増えています。

たとえば、「閣僚の○○は日本会議のつながりで議員になった」「安倍政権そのものが日本会議に牛耳られている」などと、本気で主張する人がいるのです。

保守界隈に身を置く私から見れば、こんな陰謀論は、うそっぱちの極論にすぎません。そもそも著者の菅野氏が巻末にはっきりと「日本会議はそれほど大きな団体ではない」と明記しています。つまり著者自らが日本会議は外部に対してあまり影響力がないことを認めているのです。しかし、外部からの監視や監査がなく、競争のない閉鎖的な社会の居住者は陰謀論的な極論を信じ込んでしまいます。

右も左も見るために靖国神社へ毎年行く

――日本会議に政権を牛耳る力はないのでしょうか。


古谷 経衡(ふるや つねひら)/文筆家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。インターネットとネット保守、若者論、社会、政治、サブカルチャーなど幅広いテーマで執筆評論活動を行う。近著に 『女政治家の通信簿』(小学館新書)、『愛国奴』(駒草出版)、『「道徳自警団」がニッポンを滅ぼす』(イースト新書)、『「意識高い系」の研究』(文春新書)など(撮影:梅谷秀司)

私は毎年8月15日に靖国神社に行きます。右翼と左翼の衝突で騒然とした雰囲気になりますが、大村益次郎の銅像脇の広場では、日本会議の「8・15」集会が開催されています。最初はずいぶん、高齢者の多い集会だと思っていたのですが、実はこれが日本会議の集会でした。

また日本会議のメンバーが多数参加するイベントにも招待されたことがあります。都内有名ホテルの大会場に入る否や、視界にまぶしいものを感じました。なんと参加者のほとんどに頭髪がなく、照明が頭皮に反射して光っていたのです(!)。

全員が高齢者だったわけではありませんが、圧倒的に高齢者が多かった。そんな彼らが「中国の脅威が云々」という話を頷きながら聴いていました。頷いているように見えて、実はこっくりこっくりと眠っている人もいました。傍から見ていて、演説を聴き続ける体力があるのかどうか、彼らの体調が心配になりました。こんな老人たちが安倍政権を牛耳る黒幕とは思えません。まず体力的に無理でしょう。

日本会議は2016年、参院選全国比例区で山谷えり子前拉致問題担当相を支援し、山谷さんは25万票を獲得しました。仮に、これらの得票のすべてを日本会議による効果だとしても、この程度の力しかありません。同じ選挙で日本共産党は600万票以上を獲得しました。選挙結果から見て「政権を牛耳る力」などないことは明らかです。

――本書ではさまざまな極論を解説していますが、特に強調したい極論はどれでしょうか。

極論の事例でぜひ取り上げたいのは「TPP亡国論」です。TPP亡国論は左翼と右翼の両極からわき起こりました。1つの政治問題に対して、左翼と右翼が同じ姿勢を取るのは、現代政治史上極めてまれだと思います。

日本共産党の主張は「TPPでアメリカの巨大なグローバリズムに日本がのみ込まれ、日本がアメリカのような弱肉強食のグローバル資本主義の国になってしまう」というもの。一時期は共産党系の医療機関である民医連(全日本民主医療機関連合会)加盟の病院に行くと、TPP反対のポスターが貼ってありました。

「TPPに加盟すると医療現場が混乱し、医師や看護師が外国人になってしまう」という極論もありました。仮にTPPが日本市場を取って食うものだとしても、なぜTPPによって外国人が医療現場に入ってくるのでしょうか。医師と看護師が日本語の話せない外国人に替わるというには、SF的妄想でしかありません。

一方、右翼陣営は、「TPPで皇室が滅びる」「アメリカ同様の訴訟社会になってしまう」ということをしきりに主張していました。

私にはなぜ、TPPで皇室が瓦解するのか、まったくわからない。自由貿易と天皇制はまったく関係ありません。もし、貿易が自由化される程度のことで、少なくても千数百年続いてきた皇統が断絶するというならば、皇室をあまりに脆弱に見すぎた、自虐史観ではないでしょうか。自虐史観は右翼が最も嫌っていたはずです。

実は日本のほうが訴訟社会に向かっている

よくアメリカは訴訟社会と言いますが、言われているほどの訴訟社会ではありません。マクドナルドのコーヒーでやけどした女性が裁判で3億円の賠償金を得たといったニュースにより、アメリカはとんでもない訴訟社会と思われていますが、実際にそんな国ではありません。富裕層は顧問弁護士と契約しているものの、ほとんどのアメリカ人は顧問弁護士など抱えていません。


「TPPに対しては、右翼も日本共産党も反対だった。極論は恐怖商法につながる」(撮影:梅谷秀司)

実はTPPに関係なく、日本は訴訟社会になりつつあります。法テラス(日本司法支援センター)が無料法律相談や必要に応じて、弁護士や司法書士の費用を立て替えています。

そもそもトラブルを公明正大に訴訟で解決することの何がいけないのでしょうか。訴訟社会はネガティブなイメージで語られることが多いですが、民事的係争を裁判官の前で解決せず、私人が実力行使で解決する社会のほうがよほど危険です。そこに反社会的勢力が入り込むすきがあります。訴訟社会のほうが健全な民主社会ではないでしょうか。

TPP亡国論という極論で、共産党は党勢拡大としんぶん赤旗の拡販を図りました。右翼も支持者を拡大し、イベント開催や書籍出版などで利益を得ました。極論は”恐怖商法”につながるのです。

――ドナルド・トランプ大統領が就任して、アメリカはTPPへの不参加を決定しましたね。

日本国内のTPP反対派は、右派も左派も大きな肩すかしを喰らいました。アメリカが離脱するということは、実は日本にとって有利な条件だったということです。反対派は「TPPでアメリカが日本を取って食う」と主張していましたが、実はトランプ大統領が「日本がアメリカを取って食う」とびびっていたわけです。トランプではなく、ヒラリー・クリントンが大統領に就任していたら、アメリカはTPPに参加していたでしょう。日本としては残念な結果になってしまいました。

トランプ政権の誕生によって、TPP反対派の主張はどこかへ吹っ飛んでしまいました。TPP反対派は右派も左派も、アメリカや世界の状況を知らないで極論を述べて反対、反対と騒いでいただけなのです。これも恐怖商法です。「TPPで日本が滅ぶ」と、ネット右翼の稚拙なナショナリズムに絡め恐怖を煽りに煽って、私塾やセミナーや講演会や出版で、散々儲けた“自称”保守系言論人はどこに行ってしまったんでしょうかね。どう責任を取るんでしょうかね。中にはまったく別件で逮捕された人もいましたけどね。

――著書に書かれていない極論はありますか。

最近は「AIで職がなくなる」という極論が気になります。歴史をさかのぼれば、新たな技術が発明されることで、旧来の職業が漸次的に消滅することはいくらでもありました。ジェームズ・ワットが蒸気機関を開発すると、馬車がなくなり失業した人はいましたが、鉄道や工場労働者へと転換していったのです。ガス灯が発明されれば、行灯持ちはいなくなったものの、違う職業に就いていきました。紡績機械が発明され、家内制手工業は壊滅しましたが、工場生産が新しい雇用を創り出したのです。

技術革新は一時的な失業者を生み出しますが、その後社会を発展させます。これが人類の歴史なのです。

「AIでなくなる職業、生き残る職業」が話題になりますが、まったく意味がありません。

自動運転の技術が開発されれば、バスやタクシーの運転手がすべて不必要になるでしょうか。実際は徐々に違う仕事に転職していくと思います。すでに航空機は部分的に自動運転になっているし、工場でも回転寿司店でもロボットが導入されていますが、何か問題が起きているでしょうか。むしろわが国では失業率は改善しているではありませんか。

やましいからこそ、仲間からの承認を求める

――著書の最後のほうで、「やましさ」についてもふれていますが、極論を主張している人たちは、持論を純粋に信じてはいないのですか。

純粋に信じているのではありません。彼らは自分たちがマイノリティであることは認識していますが、最初は「私たちだけが真実を知っている」と確信しています。そして、なぜ周囲はわかってくれないのかと思って活動し主張するのですが、そのうち「もしかしたら私が間違っているのではないか」と感じ始めます。しかし、間違いを認めると、自分たちのアイデンティティが崩壊してしまうので、周囲と連帯するのです。

心の中に「自分がおかしいのではないか」とやましさがあるので、仲間を求め、仲間からの承認で安心することができます。本当に正しいならば、連帯を求めることはしないでしょう。やましさがあるので、彼らは第三者からの監査を異常に嫌います。

たとえば、右翼の集会は朝日新聞の取材を拒否するし、左翼の集会に産経新聞の記者は入場できません。北朝鮮は自国の体制にやましさを感じているので、許可された記者しか取材できないのと同じです。主体思想と先軍政治に絶対の自信があるならば、どんな思想の、どんな記者やジャーナリストに国内を見られても問題ないはずです。違いますか?

――このところ、日本大学のアメリカンフットボール部や日本体操協会をはじめ、スポーツ団体で不祥事が相次いでいます。スポーツ団体の閉鎖性と不祥事は関係ありますか。

昨今連発するスポーツ界が、まさしく閉鎖性と不祥事の暗部をあぶり出した象徴といえます。アマチュアスポーツ、プロスポーツに限らず、「先輩に絶対服従」「常識(コモンセンス)が通用しない特殊な閉鎖社会」に位置するある種のスポーツ界は、社会通念上の一般世論では刑事事件、民事訴訟の対象になるような暴力、体罰、パワハラ、セクハラなどが平然と行われている。

なぜか。誰も外部から監視をする人間がいないし、いないとわかっているからです。外部から誰も監視せず、監査をする体制がないなら、もし徳のない治世者がトップに立つと、やりたい放題になる。そして当然、監視や監査がないので、やりたい放題を是正するという内部改革の機運の目も潰される。上場している株式会社では、まず起こることがない、異常な空間です。

閉鎖された空間だと人間は豹変していく


有名なものに「スタンフォード監獄実験」というものがあります。これはアメリカのスタンフォード大学が実際に善良な市民の参加を募って実験した心理実験です。無作為に抽出された被験者が、それぞれ「看守役」「囚人役」となる。最初は和気あいあいとしているが、時間が経つと、「看守役」に配置された人間の言葉が粗暴になり、「囚人役」の被験者に対して威嚇的になる、という結果があらわになりました。

刑務所という外部からの監視や監査のない、閉鎖された極端な空間の中では、指導的立場に立つ者や物理的に有利に立つ者がどんどんと居丈高になり、暴力的なそぶりを見せるようになる。この実験は見逃すことのできない、人間心理の本質をついています。

つまり本来、善良な人間でも、外部から監視や監査のない閉鎖された空間では、その人は豹変し、社会通念上「極論だ」「異常だ」と思われることが、普通のことになっていくのです。昨今のスポーツ界は、まさにこのスタンフォード監獄実験の実例のようであり、興味深くもあり、慄然と肌に粟を生じる部分もあります。

いずれにしても、極論は今、日本を蝕んでいるのです。