大相撲元横綱の輪島大士さんがおととい8日(2018年10月)に70歳で亡くなった。破天荒な人生だった。

22歳で相撲界入りしたときも、パーマをかけたヘアスタイルで周囲を驚かせた。金色のまわしをトレードマークに、ライバルの先代貴乃花や横綱北の湖と激しい優勝争いを演じて、「黄金の左」と呼ばれた。

年寄株をカタに借金して引退

高級外車リンカーンを乗り回し、ホテル住まいしたこともある。懸賞金をその日のうちに使い果たし、翌年は税金が払えず、日本相撲協会が800万円を立て替えたこともある。これをきっかけに、懸賞金は税金分を差し引いて力士に渡すようになった。

東京相撲記者クラブ会友の原和男さんは「やりたいことにブレーキをかけない、小さなことは一切気にせずにダブーを破っていた」と話す。引退後は年寄花籠を襲名したが、この名跡を担保に借金して無期限謹慎となり、廃業した。

バラエティー番組では天然キャラで人気者

相撲引退後は、38歳でプロレスに転向し、2年後にそれも引退してからは、実業団アメフトチームの総監督を務めながら、テレビのバラエティー番組で天然キャラを発揮して人気を集めた。

宮崎哲弥(評論家)「昭和の横綱で、昔の力士らしいおカネの使い方だったですね」

司会の加藤浩次「僕にはバラエティーのイメージが強く、コメントをはずしたことがほとんどなくておもしろかった。人柄が出ていました」