国連で失笑を買い、一瞬ひるんだものの、再び滔々と自説を披歴し続けたトランプ大統領(写真:REUTERS/Carlos Barria)

毎年9月下旬に開かれる国連総会で各国首脳らが行う「一般討論演説」は実に面白い。それぞれ制限時間は15分だが、しゃべることで身を立ててきた人物がそろっているため、なかなか時間どおりにはすまない。過去最長記録は約8時間だという。

多くの首脳は内政や外交で自らが成し遂げた成果を誇示するが、同時に国際情勢などについてそれぞれの問題意識を披歴する。メディアが報じるのは北朝鮮問題など注目されているテーマに触れたごく一部の首脳の発言だけだ。しかし、多くの首脳は結構、真剣に準備し、本気で自らの政治理念や哲学、思想などを語っている。その共通項を探ると、今、世界が直面している問題が意外なほど、くっきりと浮かんでくる。

そして言うまでもないことだが今年、多くの首脳が触れたのは、アメリカのドナルド・トランプ大統領の登場によって自由貿易や民主主義、国際協調などというこれまで当たり前とされてきた世界秩序が揺らぎつつあることへの不安や懸念だった。

失笑の中、自国中心主義を披歴したトランプ大統領

まず、トランプ大統領の演説を紹介しよう。

冒頭、トランプ大統領はいきなり、各国の外交官らから失笑を買った。開口一番、「大統領に就任して2年もたっていないが、われわれの国の歴史の中で過去のどの政権より多くのことを成し遂げた」と発言した。続けて「アメリカは…」と言いかけたところで、会場に笑い声があふれた。それにあわてたのかトランプ氏は「本当だ。しかし、こんな反応は予期していなかった。まあいい」と取り繕った。そこで再び笑いと拍手が飛び出した。総会会場内は明らかにトランプ氏の発言を嘲笑している空気だった。

トランプ氏はそんな空気などお構いなしに、自分のペースに戻った。核開発問題で対立するイランへの批判、米国大使館をイスラエルの首都・エルサレムに移したことの正当化、WTO(世界貿易機関)や国連人権理事会や国際刑事裁判所などの国際機関を批判するなど言いたい放題だ。

そして、「アメリカは常に自国の利益のために行動する」「アメリカはアメリカによって統治されている。我々はグローバリズムというイデオロギーを拒否する。そして愛国主義を信奉する」と、世界に背を向けるような持論を滔々(とうとう)と述べた。国際協調を象徴する国連という場で、その根本の精神を正面から否定したのである。国連にとっては悪夢のような演説である。


真っ向からトランプ大統領を批判したフランスのマクロン大統領(写真:REUTERS/Carlo Allegri)

こうしたトランプ大統領の主張を真っ向から批判したのがフランスのエマニュエル・マクロン大統領だった。

現在の国際情勢が危機的であるという認識を示したうえでマクロン氏は、これから先いくつかの道があるがその1つが「適者生存」の道だと指摘した。「みんながそれぞれの法律に従おうとする単独行動主義の道だ。これは論争や摩擦を広げ、全員が損をする」「適者生存という道はフラストレーションを増やし、暴力を増やすだけだ」と述べた。「適者生存」とは、環境に適した生物だけが生き残るという考えであり、マクロン氏はそれがトランプ大統領の考え方に通じるものがあるとして、間接的ではあるが批判しているのだ。

そしてマクロン氏は世界がとるべき道として、多国間主義の重要性を強調した。「平和実現のためには多国間のシステムを再構築し、現実的な手法で紛争を解決していくべきだ」「ナショナリズムの騒音がいつも破局を招くことを忘れてはならない」と、歴史観あふれる世界観を展開した。トランプ大統領という言葉は一度も登場しないが、繰り返し単独行動主義や大国主義を批判している。

だからと言ってトランプ大統領とマクロン大統領が犬猿の仲というわけではない。言うべき時には米国に対してもストレートに物を言う。歴史的にアメリカとの距離感を重視してきたフランスらしい巧妙な演説だ。

メイ首相「メディアの独立は民主主義の基盤」


EU 離脱交渉で難渋するメイ首相もジョークを交えてトランプ大統領を批判(写真:REUTERS/Caitlin Ochs)

アメリカとは特別の関係と言われる英国のテリーザ・メイ首相も黙ってはいなかった。

「英国民はEU(欧州連合)を出るという投票をしたが、それは多国間主義や国際協調を否定したのではない」「こういう時のリーダーシップははっきりしている。価値を共有して、同盟国や仲間と国際的に協力していくことだ」などと述べて、やはりトランプ大統領の身勝手な自己中心的外交を間接的に批判している。

メイ首相は英国的なジョークも忘れなかった。

現在、メイ首相はEU離脱をめぐる交渉が難航し国内メディアから連日のように批判されている。そんなことを念頭に、「各国首脳の皆さん同様、私は英国のメディアが自分について書いていることを読むのは楽しくない。しかし、メディアがそういうことをする権利を私は守る。メディアの独立というのは英国の偉大な業績の一つだ。そしてそれは民主主義の基盤でもある」と述べた。

これは自らを批判するメディアをフェイクニュースと揶揄し、「メディアは国民の敵だ」と言い切ったトランプ氏への痛烈な批判以外の何物でもない。聞く側が思わずニヤリとしてしまうような表現はさすがというべきか。

マクロン大統領やメイ首相のトランプ大統領に対する批判はともにストレート・パンチではなく、それぞれの味がある。単純な批判ではなく、どこか物分かりの悪い頑固者に対し、人類の歴史や世界のあり方を踏まえつつ諭すようなトーンでもある。同時に国際社会の主要な担い手という自覚や責任感と、現状への強い危機感を感じさせる。


中国の王毅外相も「多国間主義」、「国際秩序」を主張したが……(写真:Ye Aung Thu/Pool via REUTERS)

同じ米国批判でも、中国の場合は少々趣が違った。

登場したのは王毅外相で、膨大な貿易赤字を理由に制裁関税をかけるアメリカの対応を「保護主義だ」などと時間をかけて批判したのは当然だろう。

王外相は英仏の首脳同様、多国間主義の重要性についても触れた。「われわれは現在の多国間主義を維持するのか、単独行動主義に好きにさせるのか。今の国際秩序を維持すべきか、腐敗にむしばまれることを許すのか。これは人類の運命にとって極めて重要な問題だ」などと滔々と論じた。一般論としてはその通りだ。

しかし、その先に中国の手前味噌な主張が並ぶ。「中国は一度も多国間主義に対する信念が揺らいだことはない」「中国は多国間主義への関与を維持し、そのチャンピオンであり続ける」というのだ。さらに、ウィンウィンの協力関係、規則や秩序にのっとって行動する、他国の主権や独立を尊重するなどの原則が重要だと述べている。

こうなるとアメリカ同様の自国中心主義が透けて見えてくる。また、南シナ海や尖閣諸島などでの行動をみても、中国の言っていることとやっていることの乖離が大きすぎて、とても信用できるものではない。中国の場合は国連総会という場を、自己正当化のキャンペーンに利用していると見たほうがよさそうだ。

昨年と様変わり、本音が透けて見えた北朝鮮

そんな中、非核化をめぐってアメリカとの駆け引きがヤマ場を迎えている北朝鮮の演説は、本音が透けて見えて面白い。

登壇者は李容浩(リ・ヨンホ)外相だった。李外相は昨年の国連総会でも演説した。この時は初登場のトランプ大統領が北朝鮮について、「ならず者の体制だ」「ロケットマンが自殺行為の任務を進めている」などと徹底的に批判した。

その直後だったこともあって李外相は冒頭からトランプ大統領を敬称なしで徹底的に批判した。「トランプは精神的に錯乱し、誇大妄想と自己満足にあふれた人物だ」「就任から8カ月でホワイトハウスを、お金を計算する音があふれる場所にし、国連をお金が尊敬され、血を流すことが議事日程となっているギャング団の巣にしようとしている」と、北朝鮮らしい激しい言葉を並べた。


北朝鮮はどうしても再び米朝交渉を進展させたい。写真は6月の米朝首脳会談(写真:REUTERS/Jonathan Ernst)

ところが今年は大きくトーンが変わった。

一連の南北首脳会談と先の米朝首脳会談の成果を詳しく紹介したうえで、米朝関係が膠着状態にある最大の理由が、相互に信頼関係がないためだと主張した。しかし、批判の矛先をトランプ大統領には向けなかった。「アメリカの国内政治の問題だ。政治的野党は北朝鮮を信用できないと言うのが仕事だ。そして政府に非合理な単独行動的な要求を北朝鮮にさせようとしている。その結果、円滑な対話や交渉ができない」と述べて、慎重に言葉を選びながら、トランプ大統領批判を巧みに避けつつ、米国の対応を批判している。

細部に神経を使った演説の構成は、北朝鮮が何としても米朝交渉を進展させたいと考えていることが伝わってくる面白さがある。

トランプ大統領に、あの手この手で対抗

各国首脳の演説に共通していたのは「多国間主義」の支持であり、トランプが推し進める「単独行動主義」「自国中心主義」への危機感だった。痩せても枯れてもアメリカはまだ世界を動かす大国であり、トランプ大統領の一挙手一投足が、各国の政治、経済、安全保障に大きな影響を与える。

そしてトランプ大統領をストレートに批判しても逆に反発を買うだけで、状況は何も変わらない。かといって黙って見ているわけにはいかない。ではどうすればいいのか。あの手この手で何とか状況を変えたいと苦悩している各国首脳たちの姿が、今回の演説から浮かび上がってきた。