川崎千恵●1981年、東京都生まれ。2004年、自動車関連の専門学校を卒業。ディーラーを経て、07年、現社に転職。損害車両の立ち会い、交通事故の示談交渉などを担当。産育休を取得後に復帰。

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刑事ドラマが好きで、子どもの頃は警察官にあこがれていた。そんな彼女が選んだのは、技術アジャスターという専門職。事故の示談や修理工場とのハードな交渉を乗り越える秘訣とは。

約1550人中、女性はわずか3人。川崎千恵さんは損保ジャパン日本興亜で、「技術アジャスター」と呼ばれる仕事をしている。事故に遭った自動車の損害や事故状況の確認、修理費用の算出や示談交渉など、賠償業務全般を担う。

東京・八王子の自動車整備士学校を卒業後、カーディーラーのメカニックとして3年働き、26歳のとき、同社へ転職したという。

交通事故における賠償の折衝では、加害者と被害者の間に立って示談交渉を行う。感情的な言葉をぶつけられることも多く、非常にストレスのかかる仕事だろう。

「確かに、事故に遭われたばかりで、興奮している方もいて、事故の賠償責任を超えた要求をされることもあります。でも、賠償責任の範囲をきちんと説明したうえで、精いっぱいのことをしますという態度を見ていただくしかない。とにかく誠実に話を聞いて、誠実に答えるのが基本です」

数少ない女性アジャスターの1人として、彼女は何を思い、どんなふうに働いてきたのだろう。

「私はとりあえず突っ走るタイプなんです」

そう言って笑う彼女の身上は、どんな相手に対しても引かない、負けん気の強さだ。

たとえば、修理工場との折衝では、経験豊富な整備士とシビアな議論が交わされる。修理状況を確認するために工場を訪れると、想定していなかった修理をしようとしていることがわかったりする。だが、その内容を協議しようとしても、新人の頃はなかなか相手にされなかった。彼らは女性の技術アジャスターなどほとんど見たこともなかったのだから、当然の反応だろう。だが彼女は「お互いに納得できるまで、とことん話し合う」という姿勢で臨んできた。

「この仕事はお客さまとは一期一会ですが、工場の社長さんや整備士の方々とはずっと関係が続きます。最初は『若造が何を言ってるんだ』『女は口を出すな』と言われても、正面からぶつかって、何度もやりとりするうちに、信頼してもらえるようになりました」

■「ガチャ切り」されても、食い下がっていった

今でも思い出すのは、入社してしばらく経った頃、頑固者で有名なある工場の社長とのやりとりだ。

「修理費のことで折り合いがつかず、怒った社長に電話をガチャ切りされたんです。すぐかけ直したんですが、『もう話さないって言っただろ!』とまた切られたので、またかけ直して。それが2時間ほど続きました(笑)」

川崎さんの粘りにさすがの社長も折れ、「おまえは、俺の母ちゃんよりうるさいな」と呆れながらも、ようやく話に応じてくれた。

「そこから話し合いが進み、着地点が見つかりました。新人だから、女だからと下手に出ないで、言うべきことは言う。そうすれば、認めてもらえるのだと、この仕事を10年続けてきて実感しています」

子どもの頃から自動車やバイクなどの乗り物が好きだった。短大生の頃は、アルバイトで自動車用品店とガソリンスタンドをかけ持ちしていたこともある。

「そのときですね。整備士の資格を取ろうと思ったのは――」と彼女は懐かしそうに振り返る。

「私がオイル交換をした車のお客さまが、駐車場の裏でこっそりオイルゲージを確かめていたんです。『こんな若い子で大丈夫かな』と不安だったんでしょうね。胸に自動車整備士のワッペンを付けていれば、きっとそういうことはないだろうなって」

整備士として就職したカーディーラーは「体育会系の職場」だった。先輩も同僚も男性ばかりで厳しい縦社会。事故対応の修羅場を乗り越えられたのは、前職での経験のおかげかもしれない。

実際、カーディーラーで働いた経験は川崎さんの大きな強みになっている。車両の修理を行う整備士の事情をよく知っているため、自社と相手のメリットを調整しながら交渉を進められるのだ。

「前職のことは、自分からは言わないようにしています。でも、私に専門知識があることに気づいて、『もしかして川崎さん、現場にいたことがあるの?』と聞かれることもあって。はい、現場経験ありますよと言うと、話がスムーズに進むこともありますね」

■育児との両立に悩み、辞めることも考えた

結婚して2年目、35歳のときに産休・育休を1年2カ月取得したが、2017年4月に復帰。現在は車両単独事故に対応するチームで、15人の事案担当者と技術アジャスターをつなぐ仕事をしているが、「子どもが生まれてからは、息つく暇もなくて、毎日が戦争みたいです」と苦笑する。復職したばかりの頃は、子どもがひんぱんに熱を出して、月10日も休んだり早退したこともあったという。

「当時は肩身が狭すぎて、右肩と左肩がくっつくんじゃないかと思うほどでした。同僚に助けられるばかりで、このまま退職したほうがいいのではと悩みましたよ」

だが1年が経った今は、「やっぱりあのとき辞めなくてよかった」とつくづく思う。

「優先順位と段取りを意識して、時間をなんとか効率的に使えるようになってきましたから」

そう語ったとき、川崎さんはひときわ明るくほほ笑んだ。その表情からは彼女が今、充実した日々を送っていることが、確かに伝わってくるようだった。

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▼川崎さんの1日のスケジュール
(6:30〜7:50)起床。子どもの朝食と出勤の準備、家事、子どもの登園準備
(8:45)出社
(9:00)始業。メールと新規事案のチェック、工場担当者との打ち合わせなど
(12:30)昼食
(13:30〜17:00)現場確認、社内打ち合わせなど
(17:30〜18:00)退社。保育園へお迎え、スーパーで買い物
(19:30)帰宅。夕食の準備
(20:00)入浴
(20:30)子どもの寝かしつけ、家事
(22:30〜23:30)ドラマ観賞(「相棒」シリーズの大ファン)
(24:00)就寝

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(プレジデント ウーマン編集部 撮影=伊藤菜々子)