トヨタが初めて市販した乗用車(共同通信社)

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 かつて「企業の寿命は30年」と言われた時代があった。インターネット、SNSの普及により、そのサイクルは近年さらに短くなっている。

 なぜ「30年」がターニングポイントとなるのか。それは事業継承の難しさによるところが大きい。創業者が起業して成功させたビジネスは、時が経つにつれ後発のライバル企業にキャッチアップされ、時代にも合わなくなっていく。二代目以降の経営者が先代と変わらぬやり方を維持するだけでは、企業の成長は頭打ちになってしまうのだ。

 そこで企業が生き抜くための手段が「新規事業への挑戦」となる。最初は副業として始まった毛色の違うビジネスが、会社そのものの在り方を変えた事例は少なくない。

◆トヨタ、任天堂

 古くはトヨタ自動車が挙げられる。今から80年前、自動織機から自動車へ転換。「世界のトヨタ」に発展した。

 コンピュータゲームという副業で大化けし、花札販売から巨大エンターテインメント企業に成長を遂げた任天堂や、本業の繊維事業が不振のなか住宅事業に乗り出した旭化成も「副業成功組」の好例だろう。京セラの稲盛和夫氏も、本業のセラミック事業だけに満足せず第二電電(現・KDDI)を立ち上げ、副業分散の多角化経営で成功を収めた。

 一方、本業を窮地に追いやる失敗も少なくない。ダイエー創業者の故・中内功氏のように、球団経営やホテル事業などに進出した結果、本業の足を引っ張ってしまったケースもある。それゆえ新規事業参入には、慎重な見極めが必要といえる。

 企業にとって副業とは「次世代へのサバイバル戦略」なのだ。

●文・福田俊之(ふくだ・としゆき)/1952年、東京都生まれ。雑誌『財界』記者から経済誌『経営塾』(現『BOSS』)編集長を務め、経済ジャーナリストへ。

※週刊ポスト2018年10月5日号