ペサ社の主力製品である低床式ディーゼルカー「LINK」。シャープな顔立ちが特徴で、写真のチェコ鉄道向け車両は、レギオ・シャーク(サメ)の愛称を持つ(筆者撮影)

2018年6月、ポーランド政府は同国の鉄道車両メーカーであるペサ(Pesa)社の再建に向け、国営の財務グループであるPFR(ポーランド開発基金)が同社を買収したと発表した。


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ペサは、主にポーランドおよびその周辺諸国向けの機関車や客車、トラムなどを製造するメーカーで、同国北部に位置するブィドゴシュチュ(Bydgoszcz)に本拠地を置く鉄道車両メーカー。前身となる東鉄道修理工場の創業は1851年という老舗だ。

鉄道車両のメンテナンスを行う工場として発足し、当初は従業員数わずか20人という小規模な企業だったが、1990年代以降に車両メーカーとしての地位を確立。現在は従業員数3700人という規模に発展。近年は中・東欧諸国のみならず、ドイツやイタリアなど、西欧諸国の鉄道会社からの受注獲得にも成功し、成長を遂げていた。

成長株が一転、経営難に

だが、最大の取引先の1つであったロシアとの間で政治的緊張が高まったことによって、同国との間で契約を交わしていたモスクワ市向け新型トラム車両の供給数が大幅に削減。さらに、これまで同社がほぼ独占的に受注していた地元ポーランド鉄道の電気機関車案件では、同じポーランドの競合他社であるネヴァグに契約を奪われてしまった。


ペサ社の主力製品である、100%低床式トラムのSwing。ポーランド国内を中心に、ロシアなど他国へも輸出している(筆者撮影)

これに加え、主力商品である低床式ディーゼルカー「LINK」のドイツ鉄道向け大型契約における納入の遅れが追い打ちをかけた。ドイツ国内での運行認可がスムーズに取得できなかったことが理由だが、完全に車両が引き渡されるまでドイツ鉄道からの支払いがストップしてしまい、車両製造に必要な部品の購入資金までもが底を尽き、製造ライン全体が停止するという状態に陥ってしまったのだ。

苦境に陥ったペサに対し、救いの手を差し伸べたポーランド国内銀行6社は、借金の返済が可能な投資家を見つけることを条件に、20億ズウォティ(約592億7000万円)の融資に合意した。

これは、少なくとも同社が製造中だったポーランド国内向けトラムや電車の製造に必要とされた金額で、資金調達後にまず受注済みの車両製造に着手した。受注済み車両を各鉄道へ速やかに納入しないかぎり収益は得られず、このままでは新たな受注はおろか返済もままならない。

イタリア市場を開拓

厳しい状況が続くペサだが、近年は自国ポーランドや周辺の中・東欧地域、ロシアなどに加え、前述のドイツ鉄道向け大型契約など西欧諸国でも同社製品の導入が増えていた。


ペサ社の低床式近郊用気動車Atribo。主にイタリアへ納入されているほか、少数がポーランドへ導入された。写真は伊エミーリャ・ロマーナ鉄道(FER)向け(筆者撮影)

とりわけイタリアは、同社にとって主要な市場の1つと言える。同国で同社製の車両を最初に導入したのは地方の私鉄だったが、この際のディーゼルカーの評判がよかったこともあって、全土で列車を運行するナショナルカンパニーであるトレニタリア(Trenitalia)社がペサ製車両の導入契約を交わしたのだ。

まず2013年12月に、3両編成40本の地方ローカル線用車両を契約、20編成分の追加オプションがあったが、今年8月にオプションのうち14編成分を追加発注することを決定、正式に契約したと発表された。

イタリアと言えば、現在は仏アルストムに買収された旧フィアットの鉄道車両製造部門や、日立に買収された旧アンサルドブレダのおひざ元で、同国では長年の間、これらをはじめ国内に拠点を持つメーカー製の車両が導入されてきた。

2005年から700両以上の電気機関車をトレニタリアに納入したボンバルディアも、これらの機関車を実際に製造したのはイタリアのヴァド・リグーレ工場だった。同工場は歴史をさかのぼれば1871年創業の老舗イタリア企業、テクノマシオ・イタリアーノを前身としており、実質的にはイタリアの企業が製造したと言える。

これらの地元企業やイタリア国内に工場を持つメーカーがひしめき合う中で、ペサはまったくの外様であり、同国内に工場も持たないにもかかわらず契約を勝ち取った。それだけ同社製品が、鉄道会社にとって魅力ある価格と性能だったことがうかがえる。


ドイツ鉄道にも採用されたシュコダ社の高性能電気機関車109E。写真は今年の「イノトランス」で展示された車両(筆者撮影)

ペサをはじめ、近年の中・東欧メーカーの躍進振りには目を見張るものがある。ドイツ鉄道も運行認可などの部分で多少のつまずきはあったものの、ペサだけではなくチェコのシュコダとも契約するなど、近年は西欧諸国以外のメーカーから車両を調達するケースが徐々に増えている。

デザイン面ではまだ多少のやぼったさはあるものの、低廉な価格と十分な性能を備えた中・東欧系メーカーの車両は、西欧諸国にとっても魅力ある製品であることは間違いなく、今後も中・東欧メーカーの製品が西欧各国で採用される可能性は高い。

経営難に中国企業が着目

ただ、中・東欧系メーカーの弱点は、経営基盤が弱いという点だ。シュコダも積極的に西欧諸国への進出を進めているほか、アメリカにも子会社を置いて車両製造を行うなど、欧州地域以外への展開も積極的に行っている。しかし一方で、2016年に対前年比で14%も売り上げが落ちると、たちどころに経営状況が悪化し、身売りの話が飛び交うなど暗雲が立ち込めた。

その状況に目を付けたのが、今や世界最大の車両メーカーである中国中車だ。同社は以前から欧州に基盤を持つ鉄道車両メーカーの買収に意欲を示しており、シュコダの経営が悪化した2016年から2017年夏ごろにかけて攻勢をかけ、一時期はシュコダ側も買収に向けほぼ合意したとの見方も出ていた。

だが結局、中国企業に買収されることを懸念した株主やチェコの国会議員らの猛反発により、最終的にチェコの投資会社PPFグループが救いの手を差し伸べて同社を買収、この問題に決着が付いた。

中国中車は、現在も欧州をベースにするメーカーの買収を目指している。狙いは、欧州へ鉄道車両を売り込むにあたってベースを欧州に置きたいことと、欧州でビジネスを展開するために、中国とは違った技術的ノウハウが欲しいからだ。

日立がイタリアのアンサルドブレダを買収したことは記憶に新しいが、この買収によって日立は欧州大陸側に製造拠点を構えたことに加え、信号システムの大手であるアンサルドSTSを手に入れることに成功、欧州での地位を確かなものとした。

そういう意味では、ペサが中国中車の次の標的となる可能性もあった。ペサはインフラに関する技術は持っていないが、工場はポーランド国内にあり、従業員の賃金も西欧諸国と比較すれば低く抑えられたはずだからだ。ただ、こちらはそういった話が出る前に政府が介入して経営問題を解決した。

今後の中・東欧企業の戦略は?

中国企業が悪いということではないが、欧州での中国や中国製品に対するイメージは決してよくはない。今やアメリカに次ぐ経済大国へと成長した中国だが、製品の品質や精度については、まだ欧州諸国のメーカーと比べて勝っているとは思われていない。前述のシュコダ買収回避は、地元の有力企業をなんとしても守りたいという、チェコ国民の意志の表れとも言える。


ワルシャワ・ショパン空港駅に停車中の都市圏鉄道SKM向け低床式近郊電車「Elf」。ポーランド国内向けに納入され、現在は「Elf II」へと進化している(筆者撮影)

中・東欧地域には、シュコダやペサのほかにも、前述のポーランドのネヴァグ社やクロアチアのコンサール社など、中小規模のメーカーがいくつも存在している。アルストムとシーメンスのように、かつてはライバル同士だった大手メーカーですら生き残りをかけて合併するこの時代、今後もメーカー同士のさらなる吸収・合併が加速していくものと予想される。

この厳しい状況を生き残っていくうえで、中・東欧メーカーがどのような舵取りをしていくのか、そして欧州進出をあきらめていない中国がここへ割って入ることができるのかが注目される。