2019女子ハンドボール世界選手権大会のTシャツを着たくまモン(写真:ⓒ2010熊本県くまモン

ゆるキャラブームは終わったと言われるなかで人気を保つ「くまモン」をプロデュースする、「チームくまモン」も、元はといえば、PRもキャラクタービジネスも経験ゼロの地方公務員集団でした。熊本県庁職員を中心にくまモンをプロデュースする「チームくまモン」が、その仕事の流儀を明かした『くまモンの成功法則――愛され、稼ぎ続ける秘密』から、くまモンの知られざるエピソードを紹介します。

財政課からくまモンを活用したいと相談

ある日、県の中でも「マジメで堅い」財政課から、思いもしない相談を受けたのが「くまモン債」です。皆さんも「国債」については、ご存じのはず。少なくとも名称くらいは聞いたことがおありか、と。大雑把に言えば、その地方自治体版とお考えください。2014年度第2回全国型市場公募地方債の公募に際して、くまモンを活用したい、との相談です。愛称を「くまもとが好きだモン債」としたい、との希望も持たれていました。

財政課といえば、くまモンの活動費用を含め、課の、否、県全体の予算編成権を持っています。徒(あだ)やおろそかにはできません。

「県の施策での活用ならば、ストレートに『くまモン債』にすれば?」

との逆提案をしましたが、

「PRすべきは『くまもと』なので、少し長くなるが『くまもとが好きだモン債』にしたい。もちろん、『くまモン債』と呼ばれる分には構わないが」

と、思考が堅いのか、はたまた柔らかいのか、判断しかねる返事です。

「ついては、個人投資家の方々に関心を持ってもらい、購入につながるようなアイデアがほしい」とのこと。地方債は、国債と異なり、各地方自治体がそれぞれで販売します。その利率は各県横並びで差別化が難しいのだそうです。ゆえに、くまモンを活用して差別化を図りたいと考えての相談です。もちろん多額の予算をつぎ込むわけにはいきません。

ちょうど、相談を受けた時期は、来年度のカレンダーの製作に取り掛かっていました。それゆえ、毎年発行するのであれば、購入された個人投資家にカレンダーを返礼として贈ったらどうだろうかとの提案をしましたが、できれば課オリジナルが望ましいと言います。

そこで、熟慮した結果、提案したのが、「くまモンからの感謝状」と「くまモンオリジナル写真」。これまでの経験から、これならば、少なくともファンの皆さんは関心を持ってくださるとの確信がありました。さらに、今後も継続して4回はこの愛称で販売したい、とのことでしたので、オリジナル写真は毎回違ったものにすることや、5回すべて購入いただいた方には、別途サプライズなおまけを考えてはどうか、などを提案しました。

財政課では、県外の個人投資家を念頭に、県の観光PRにつなげたいと、「観光パンフレット」を加えた「3つの特典」として募集リーフレットで紹介しました。

くまモン債」は目覚ましい成果を上げた

9月26日、財政課が記者会見を行うと、Yahoo!ニュースをはじめ、朝日や読売といった全国紙だけでなく、県外各地の地方紙でも「くまもとが好きだモン債」が取り上げられました。その直後から、

くまモンが大好きだから、どうしても買いたい」

「県外に住んでいても買えるのか?」

「どこで買えるのか?」

といった問い合わせが、全国各地から相次ぐことになります。

10月8日の募集開始当日には、肥後銀行東京支店に開店前から行列ができたとの情報も入ってきました。もちろん、東京支店に行列ができたのは初めてです。くまモン自身も、10月末に東京で開催された合同説明会に出席し、PRのお手伝いをしました。

結果、購入者は、北は北海道から南は沖縄まで全国各地に及び、個人向けが873人、額にしておよそ16億円の販売を達成しました。これまでの購入者は県内がほとんどで、過去3年間の平均は約100件、販売額はおよそ5億円だったことを考えると、目覚ましい成果と言えます。

さらに、購入された方からは、「観光パンフレットを見て熊本に旅行したくなった」との声もあり、財政課のさらなる狙いも当たる結果となりました。

先に人事や財政、統計調査課のことを「マジメで堅い」と書いてしまいましたが、読者の皆さんの中には、そのようなセクションに限らず、「公務員」そのものが「マジメで堅い」との印象をお持ちの方もおられるのではないでしょうか?

ひとくくりに「公務員」と言っても、そこは個性のある個人の集団で、一般の企業となんら変わるものではありません。性格的に「マジメで堅い」人は、公務員に限らず、どの組織にも大なり小なりおられます。ただ、職務を執行するに際しては、「全体の奉仕者として誠実かつ公正」でなければなりません。それが「マジメで堅い」印象を与えているのかもしれません。

ですが、くまモンとの仕事においては、法律も条例も先例すらなく、ひたすら試行錯誤の日々の中で「マジメで堅い」公務員集団が知恵を絞りながら、恐る恐る一歩ずつ歩みを進めています。日頃「マジメで堅い」仕事に従事せざるをえないからこそ、「くまモン」という触媒がその呪縛を解いてくれるのかもしれません。それは、職場ではなく、職員に作用しているのです。

くまモンは熊本愛にあふれたキャラクター

《チームくまモンの仕事の流儀》独占しない

くまモンは県庁の各部署のほか、選挙管理委員会、教育委員会等々、県組織の至るところで活躍しています。そこには、くまモンを「独占しない」という考えがあるからです。

熊本県庁を訪れると、多くの職員が、くまモンのイラストがついたウィンドブレーカーを着ていることに驚かれるでしょう。それも同じものではなく、それぞれ所属ごとにデザインが異なっていたりもします。多くの職員にも愛されている証しです。

たとえば、私たちはくまモンの「営業部長」の肩書を、「県産品を売る」というよりも「熊本県を売る(知名度を上げる)」という意味合いで使っています。もし、「農業県熊本の営業部長」としてくまモンを独占していたら、農林水産物はPRできても、観光の誘客には不適であり、別のキャラを作るほかなかったかもしれません。

「キャラクターバイブル」というのだそうですが、身長や体重、誕生に至る由来、趣味特技、好きな食べ物等々、アニメや小説の登場人物(キャラクター)の個性を決めておくと、あとはキャラクターが独り歩きすることができます。つまり「キャラを立てる」わけですが、くまモンは、「熊本生まれのやんちゃな男の子」以外は、ほとんど決めごとがありません。


たとえば、くまモンが「阿蘇山麓で生まれた」とすれば、同じ熊本県内でも阿蘇地域以外の方は距離を置くでしょう。「サッカーが大好き」となれば、野球少年は悲しむでしょう。くまモンを自分色に染めることができるように、あえて「色をつけない」ようにしています。

白衣を着せた「ドクターくまモン」、刺し子の法被を着せた「消防団くまモン」等々、それぞれの制服を着せることができるのも、シンプルなデザインであるがゆえです。もちろん、熊本県のキャラクターとして、「熊本のおいしいものをたくさん食べて太った」といった熊本愛にあふれたキャラクターであることは間違いありません。