安倍晋三首相がウラジオストクで開催された「東方経済フォーラム2018」に出席し、主催者のウラジーミル・プーチン大統領ならびに東方経済フォーラムに出席した中国の習近平主席との首脳会談を行った。

 東方経済フォーラムは、2015年以降、毎年ロシア政府が主催し、ロシア極東地域への外国からの投資を促すためにウラジオストクで開催されている国際会議である。プーチン大統領にとっては、樺太や千島列島を含んだ極東ロシアの経済を活性化させるための極めて重要な会議である。

 安倍首相はこの国際会議に毎年欠かさず出席しており、顔役ともいえる存在になっている。ロシアとの平和条約締結に向けて経済協力を推進していくことは、日本にとっても欠かせないステップである。しかしながら、経済協力は経済協力であり、外交は外交であり、防衛は防衛である。

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超巨大軍事演習をシベリア、日本海で実施

 ロシアは東方経済フォーラム2018と並行して9月11日から15日にかけて大規模軍事演習「ヴォストーク2018(VOSTOK-2018)」を実施している。

 ヴォストーク2018は、1981年に15万名の将兵が参加して実施された大規模軍事演習「ザパド1981(ZAPAD-1981)」以来最大規模の軍事演習である。ロシア軍の全ての空挺部隊を含んだおよそ30万名のロシア軍将兵、900両の戦車をはじめとする36000両の各種車両、1000機の航空機などが参加して実施されている。

 広大な領土を有するロシアは、4年ごとにウラル地域での大規模軍事演習ザパド(西方)を、そして、ザパドの毎翌年にはシベリア地域でのヴォストーク(東方)をそれぞれ実施している。いずれも大規模な軍事演習であるが、昨年のザパド2017に参加したのがおよそ兵力10万名のロシア軍ならびにベラルーシ軍であったのに比べると、3倍の参加人員となったヴォストーク2018は超巨大軍事演習ということになる。

 演習は機械化部隊や航空機が多数参加しての陸軍部隊が中心となるが、海軍の機動演習も組み込まれている。今回は、ロシア大平洋艦隊とロシア北方艦隊に所属する戦闘艦艇ならびに補給艦艇など合わせて80隻のロシア海軍艦艇が、オホーツク海、ベーリング海、そして東方フォーラム2018が開催されているウラジオストク沖の日本海で実施されている。

 ロシアはNATO諸国との関係が悪化している上に、アメリカ軍も対ロ強硬姿勢に舵を切った。そんな状況のなかで、史上最大規模のヴォストーク2018を実施したということは、第一義的にはNATOに対する強烈な威嚇の意味合いを持たせた演習であることは間違いない。

 今回の演習には、ロシア軍の全ての空挺部隊が参加しているうえに、わざわざロシア北方艦隊を太平洋艦隊に合流させている。ロシア軍専門家によると、それらは具体的にNATOとの戦争を見据えた訓練であることの証だと言う。なぜならば、空挺部隊は東ヨーロッパ侵攻の先鋒部隊となるし、戦術核を積載する北方艦隊は北極海からNATO諸国を攻撃する任務を持っているからだ。

実質的な中露軍事同盟がスタートか

 ヴォストーク2018には中国人民解放軍とモンゴル軍も参加している。

 中国軍は3200名の機械化精鋭部隊、戦車、装甲車、自走砲など900両にものぼる戦闘車両それに30機の航空機などを派遣した。

 ロシア軍と中国軍ならびにモンゴル軍による多国籍軍合同演習は、トランス・バイカル地方のチュゴル軍事演習場で、機械化部隊による防御、砲撃、反攻などの実戦的訓練が実施されている(下の地図)。

チュゴル軍事演習場の位置


 中国がこの規模の軍隊を海外での訓練や演習に派遣するのは、今回が初めてである。中国軍当局によると、今回中国軍が参加した目的は、中国とロシアの親密な戦略的相互信頼を醸成し、中国軍とロシア軍の実戦的協働関係を構築するためだという。特定の仮想敵国を想定しての合同訓練という意味合いは持っていないし、中露軍事同盟を準備してのものでもない、とのことである。中国政府当局も中国軍とロシア軍が参加してのこの種の軍事演習は、両軍の間だけでなく両国の間の相互理解と信頼醸成に大いに貢献する、としている。

 とはいえ、中国が大規模な精鋭部隊をヴォストーク2018に送り込んだことには大きな意味がある。ロシアがSU-35戦闘機(アメリカのF-35ステルス戦闘機にも優るとも劣らないといわれている新鋭戦闘機)を中国に輸出し始めた事実などと相俟って、米軍やNATOやシンクタンクなどのロシア専門家たちは、「実質的な中露軍事同盟がスタートし始めたと考えるべきである」と指摘している。

 それらの分析によると、ウクライナ侵攻以来、NATOとの緊張が高まっているうえ、トランプ政権も中国とロシアとの大国間角逐に打ち勝つことを米国軍事戦略の根幹と明言していることから、ロシアは中国との軍事同盟を望んでいる。そしてロシア当局は、「中露軍事同盟は、NATO条約のような公式文書によって明示する必要性はない」と考えているため、ヴォストーク2018への中国精鋭部隊の参加は、まさに実質的な中露軍事同盟が一歩踏み出した証拠であると考えられる、というのだ。

日本に対する強いメッセージ

 ヴォストーク2018への中国軍の参加が、実質的な中露軍事同盟の第一歩であるのかどうかは定かではない。だが、少なくとも中露間には軍事的緊張はほとんど存在していないことを示している。

 要するに中国は、ロシア軍による国境地帯北方からの軍事的脅威に最大限の警戒をする必要がなくなったのである。

 それは、東シナ海や南シナ海といった海洋方面への軍備増強をますます推し進めることが可能になったということも意味している。このような意味では、ヴォストーク2018は日本にとっては極めてありがたくない軍事演習と言えよう。

 それだけではない。ヴォストーク2018はロシアにとって敵対的になってきているアメリカをはじめとするNATOに向けた威嚇だけでなく、日本に対しても強いメッセージを突きつけている。すなわち、安倍首相が出席する東方経済フォーラムと同時期にロシア東方地域に900両もの戦車を含む30万もの大軍を展開させることによって、ロシアの強大な軍事力を誇示して見せたのだ。

 もっとも、今回は陸軍力が主体であり、ウラジオストク訪問中の安倍首相に対して露骨な軍事的威嚇を加えたわけではない。だが、引き続き本年中には、中国海軍とロシア海軍による合同演習「ジョイントシー2018(Joint-Sea 2018)」が実施されることになっている。そして、すでに国後島にはバル地対艦ミサイルが、択捉島にはバスチオン地対艦ミサイルが配備されているだけでなく、択捉島にはロシア空軍が誇るSU-35戦闘機が数機配備(常駐かどうかは未確認)されている。

バル地対艦ミサイルの射程圏。内側の円は対艦攻撃の場合、外側の円は対地攻撃の場合


バスチオン地対艦ミサイルの射程圏。内側の円は敵艦をステルス攻撃した場合の射程圏、中円は通常の対艦攻撃の場合、外側の円は対地攻撃の場合


 このようなロシア極東でのロシア軍の対日軍備態勢やヴォストーク2018は、まぎれもなく軍事的威嚇と言ってよい。プーチン大統領は、ウラジオストクを訪問している安倍総理に、「日本は、話し合いによってロシアから千島列島を取り戻すなどという幻想に近い政策は捨て去り、現実を直視して平和条約を締結し、いわゆる北方領土や樺太を含むロシア極東での経済協力に推進しウィン=ウィンの関係を築くべきだ」という無言のメッセージを突きつけているのである。

筆者:北村 淳