凶悪事件に遭遇したとき、生き残るためにはどうしたらいいだろうか?(写真:BrianAJackson / iStock)

2018年6月は、凶悪な殺人事件が立て続けに発生した。

6月9日には東海道新幹線内で、男性がナタで切りつけられ亡くなった。見知らぬ女性に、突如襲いかかった犯人を制止しようとした結果であった。同月24日には、福岡市内でIT関係の講師が、路上で殺された。胸と背中を何度も刺され、亡くなってしまった。

さらにその2日後、26日には、富山市内で交番の警察官が襲われ、拳銃を奪われた。犯人は、その拳銃で警察官とたまたま付近に居合わせた人に向けて発砲し、2人を殺害した。

凶悪事件が起きたとき、どんな行動を取るべきか

私が元特殊部隊員であるからか、この手の事件が起きると、知人、友人をはじめ、テレビや新聞等のマスコミ関係者から、「あのときは、どうすればよかったのですか?」という質問を多く受ける。

当然ながら、私が正解を知っているということではないし、そもそも正解、不正解という、数学の解答のように〇×がつく問題でもない。
 
だから私は、自分がその場にいたらどのような思考過程を経て、どんな行動を起こすかについてお話しするようにしている。

状況をいくつかのポイントで分析し、取るべき行動を決定していくが、その過程を細かく説明してみる。

【パート1】思考過程編

このいくつかのポイントというのも、私があみ出したものではない。私の知る限りどこの国の軍隊(軍隊だけでもない)も似たようなものを持っている。

その代表的なものが、米軍の「MDMP(ミリタリー・デシジョン・メイキング・プロセス)」であり、それは状況分析をどの順番で行い、自分の行動方針をどう決めていくかという標準的な手続きだ。その考え方は極めて合理的かつ論理的である。ポイントを順に整理すると、こうなる。

1 任務分析
何のために実施するのか、その目的を明確にする
2 地域分析
それを実施する土地の特徴を考慮する
3 彼我(相手と自分)の分析
相手の特徴(強点・弱点)と自分の特徴(強点・弱点)を比較し、どうしたら自分の強点を相手の弱点にぶつけることができるかを考える
4 可能性の検討
相手が実施可能な行動を列挙する、自分が実施可能な行動を列挙する
5 比較検討
列挙した行動を比較検討し、相手がどう出てきても、自分が有利な行動を抽出する

私自身は、5年前の5月某日の真昼間に、防衛省にほど近い四ッ谷の路上で女性をメッタ刺しにしている男に出くわしたことがある。その男は、女性の腕や脚を何十カ所も切りつけ、ぐったりとしてうなだれている女性の頬に包丁を突き刺していた。まさに血の海の中に女性はいたが、幸いなことに、動脈にまで達した傷はなかったので、まだまだ助かる可能性があった。

結局、その男から包丁を取り上げて身柄を拘束し、警察に引き渡すことができ、女性も何とか一命を取り留めた。あのときも前記した考え方で取るべき行動を決めていった。

ある事件を基にシミュレーションしてみた

5つのポイントを順序通りに実施していくといっても、時間にすると1秒以上かけるようなものではないので、最初のポイントの結論が出る前に、次のポイントに関して考え始めていることも普通にある。同時にいくつものことを考えていることもあれば、とりあえず行動を起こしてしまってから考え始めるポイントだってある。

【パート2】シミュレーション編

では、5年前の四ッ谷の事件のときに、何をどう考え、どのように行動したかをこと細かに再現してみる。

1 任務分析
犯人と血の海の中にへたり込んでいる女性が視界内に入った時点で、3つの選択肢が浮かんだ。

・説諭、説得により制止を促す
・実力行使により制圧する
・その場から、逃走する

選択肢が浮かんだと書くと、あたかも3つが同時にきれいに脳裏へ浮かんだかのようなイメージを受けるかもしれないが、そうではなかった。

現場を目の当たりにした瞬間に、「逃走」という選択肢が真っ先に浮かんだが、同時に「何してんだ! 止めろ」と頭の中で大声もあげていた。声をあげながら残りの2つが浮かんできたが、浮かんできている最中に「説諭、説得による制止」は意味がないことが明白になった。それは、刃物の向いている方向が女性から私に変わり、犯人が刃物を放棄する素振りがまったくなかったからである。

緊迫した状況下で残された選択肢は2つ

残された選択肢は「逃げる」か「やる」かの2つになった。犯人は、私に刃物を向けているものの、そこに殺意のオーラはまったく感じられず、私を近づけさせないために刃物を向けているように感じた。

「来るな! 近づくな!」という絶叫を今にも発しそうだった。この時点で、制圧するというより、武器を取り上げて、その場を収めるという気持ちに変わっていった。そうなると、私の関心事は加害者より被害者のほうに移り、さっさとディスアーム(素手で相手から武器を取り上げる技)をして、応急処置として女性の止血を急がなければならないと思い直した。
 
文字にするとずいぶんな量になるが、時間にすれば0.5秒もかかっていない。人間の脳は短時間で随分といろいろなことを考えられるものなのである。

2 地域分析
このときは、真っ平らなアスファルトに2人ともいたので、特に土地の特徴を分析する必要はなかった。

3 彼我の分析

相手の強点:刃物を持っている 弱点:扱いに慣れていない
自分の強点:ディスアームを知っている 弱点:素手である

このとき犯人は、どういうわけか私の腹部を凝視していた。無論、腹を刺しにくる刃物も取り上げることは可能だが、できることなら頸部を狙ってくれると、小さな動きでコンパクトにすむので、頸部を刺してくるように首を見せて誘ってみた。

ジリジリと視線が私の腹部から頸部に上がってきたそのとき、見知らぬ男性が真横から犯人の腰に抱きついてしまった。犯人の視線は、その男性の無防備な背中や後頭部に一気に向き、次の瞬間に刃物を差し込むことが明白だったので、私は仕方なく自分のタイミングで入ることをあきらめ、いい体勢ではなかったがディスアームをかけて、刃物を取り上げた。

先述のMDMPに当てはめると、事件現場に遭遇して、1、2、3はほぼ同時に考えて最初の行動は開始せざるをえなかった。その後、犯人の身体と接触してから、4の犯人が何をしてくる可能性があるのか、自分ができることは何かを考えた。要するに、1〜5のポイントを手続き通りに検討し、取るべき行動方針を決定したわけではないのである。標準手続きなんて、そんなもんである。これを、定められた通りの形にこだわると判断も行動も時機を逸することになると思う。

【パート3】最後は、自分の感性にしたがう

決断するときに、人は必ず迷う。それは、合理的な思考法だけで結論に達することは極めてまれだからである。ただし、合理的に選択肢を絞り込んでいくことは可能だし、極めて重要なことである。


また、非常時に求められる決断に、時間的な余裕があることもまれである。だからこそ、合理的で論理的な思考過程をあらかじめ定めておいて、その手順に従って決断の際の選択肢を減らしていくのである。

そして、最も大切なことは、合理的な思考法だけで選択肢が1つにならないときにどうするかである。そうなったら、根拠なく、自分の感性のままに決めるしかない。しかも、瞬間的にである。

合理的に選択肢を瞬間的に減らし、絞りきれない選択肢の中からギャンブル的に1つを選択し実行する。口で言うのは簡単だが、これは、常日頃から心がけ、実践することをイメージしていないとできるものではない。

受難に遭っている人を救出するための思考法ということではなく、誰にでも訪れる非常時の意思決定法の1つの例として参考にしていただければ幸いである。