『泣き虫しょったんの奇跡』©2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

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アマチュアからプロ棋士に! そんな史上初の偉業を成し遂げた瀬川晶司五段の自伝的作品を、松田龍平主演で実写映画化した『泣き虫しょったんの奇跡』(監督:豊田利晃)。

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彼はなぜ一度は諦めた将棋の世界に戻ろうと思ったのか? なぜ奇跡は起きたのか?

その真相について、瀬川五段本人と、同じようにアマチュアからプロ棋士になった今泉健司四段に映画と照らし合わせながら語ってもらいました。

『泣き虫しょったんの奇跡』は、プロ棋士になるという幼少期からの夢をかなえるためにプロ棋士養成機関の「奨励会」に入った主人公の晶司(松田龍平)が、「26歳までに四段に昇格できなければ退会」という規定で一度は夢を絶たれながらも、親友や周りの人たちの応援を受けて再び立ち上がり、アマチュアからのプロ編入を果たした感動のトゥルー・ストーリー。

そこで原作者にして主人公のモデルでもある瀬川晶司五段と、彼の背中を見つめ続けて自らもプロになった今泉健司四段に、映画や実体験と絡めながら、将棋の世界のことから「夢を現実のものにする秘訣」までをたっぷり語っていただきました。

奨励会は「26歳の誕生日までに四段になれなければ退会」という鉄の掟がある

――奨励会には「26歳の誕生日までに四段になれなければ退会」という鉄の掟がありますが、これはなぜ26歳なんですか。

瀬川 これにはいろいろな説があります。昔は年齢制限がなかったみたいですけど、それだとズルズルと続けてしまう人がいるから、26歳で退会ということになったようです。

――30歳でも20歳でも25歳でもなく、26歳という微妙な年齢になったのは?

瀬川 いまは26歳ですけど、31歳の誕生日までというときもありましたし、その年齢には深い理由はないですね。

今泉 ないと思いますけど、見切りをつける年齢としてはいいラインじゃないでしょうか。将棋はどうしても未練が残ったり、夢にすがりつくような感覚があって、続けたくなっちゃいますから。

―ー映画『泣き虫しょったんの奇跡』で瀬川さんを演じられた主演の松田龍平さんは、「26歳で退会しなければいけないというルールは優しさなのか残酷なのか、どっちなんでしょうね」と言われていました。

瀬川 僕は年齢制限は見切りをつけさせてあげる優しさなのかなと思うけれど、年齢制限をなくして、本人の責任にすべてを任せてもいいような気がします。将棋もそういうゲームですから。

26歳で、もう一度別の世界でやり直すのはけっこう大変

今泉 僕は年齢制限を設けるなら、もう少し制限する年齢を若くしてもいいのかなとは思いますね。

――26歳で、もう一度別の世界でやり直すのはけっこう大変でしょうからね。

今泉 現実的に大変ですからね(笑)。でも、そういうことをある程度分かっている人は早めに自分に見切りをつけて去っていきますし、リミット的にはいいところなんじゃないでしょうか。

18局やって13勝とか14勝とかが昇段のライン

――26歳になるまでに四段になるにはどうすればいいのでしょう?

瀬川 三段リーグ戦で上位2名に入ればいいんです。だから、何勝すればいいという形ではないんですけど、だいたい18局やって13勝とか14勝とかが昇段のラインになりますね。

――三段リーグ戦はどのぐらいのサイクルで行われるんですか。

瀬川 半年に1期、三段リーグ戦が行われて18局指すので、たぶん40人ぐらいと戦うことになります。その中で上位2名に入らなければ昇段できないので、だいたい14勝4敗ぐらいのラインが必要になりますね。

――おふたりの戦績はどんな感じだったんですか。

瀬川 僕はあまり大したことないです(笑)。最高で10勝8敗だったので、昇段のラインに届かなかったんです。

今泉 僕は一応次点が2回あって。いまは次点を2回とるとフリークラスというところに上がることができるんですけど、僕のときはそういう制度ができてなかったんですよ。

だから、僕は制度に泣いたと言えば泣いたのかもしれないです。

瀬川 上位2位までが昇段なんですけど、3位もいまは次点扱いで、次点を2回とればプロの資格が得られるんです。

今泉くんは次点を2回とっているので、いまの制度だったらプロになれたんですけど、当時はその制度が確立されていなかったんです。

今泉 でも、そういうことってありますからね。不公平みたいなことはどうしても起こるし、文句があるなら、ちゃんと2位までに入ればいいんだから。

我々の業界はそういうところなんです。勝てばいいんだよってことだし、それは仕方がないことだといまは思います。

――プロの棋士になられたから言える言葉ですね。

今泉 でも、いまとなっては、そういう試練も必要だったんじゃないかなと思わなくもないです。

奨励会を去らなければいけなかったときの気持ちとは?

――26歳までに四段になれなくて、奨励会を去らなければいけなかったときはどんな気持ちでしたか。劇中のしょったん(晶司)のように、すべてがゼロになった感じだったのでしょうか。

瀬川 そうですね。大学にも行かずに将棋ばっかりやってきて、結局何も残らなかったので、すべてが無駄になってしまったなという気持ちでした。

今泉 だから、しょったんが泥の中に埋もれていくという彼の心象を表したシーンがすごくよかったですね。

ただ、僕はあれとはちょっと違って、完全なる虚無状態でした。

周りの人たちに迷惑をかけるから死ぬ気はなかったけれど、とにかく消えたかった。でも、消えられない。最後の対局に負けたときなどは、3日間動けなかったです。

1年近くはずっと引きこもっていた

瀬川 僕も将棋をやめて、1年近くはいまで言うニートみたいな感じで、ずっと引きこもっていましたね。

――映画には昇段に関わる重要な対局が2回出てきますが、あのあたりのディテールは事実に忠実なんですか。

瀬川 大戦したのは事実です。映画で新井浩文さんが演じている清又勝のモデルになった勝又清和さん(現:六段)も年齢制限のプレッシャーでけっこう精神的に追いつめられていて、対局中にトイレに行きたくなっちゃうというあの描写も事実です。

確か僕が8勝1敗ぐらいで、勝又さんも7勝2敗ぐらいのときの出来事でした。

――映画のように対局の途中でトイレに立ったり、相手の後ろに回って将棋盤を見たりするのはやっていいんですか。

瀬川 相手側に回るのは、あれは映画の演出です(笑)。

――トイレに立つのはいいんですか。

瀬川 ダメというルールはないですけど、マナー的にはよくないはないですね。勝又さんも実際には立たれていません。

――でも、あの対局がプロになれたか、なれなかったのかの分かれ道だったと思います。あそこではなぜ勝つための最後の一手が指せなかったんでしょう?

瀬川 あのときの僕は自分の方が強くて、形勢もいいと思っていたから、別に指す必要はないと考えていたんです。それに指しても指し返されていたかもしれないし、そんなに深い理由はないです。

――映画では、永山絢斗さんが演じられた新藤和正に「指していたら四段になれたのに」と言われますが……。

瀬川 現実は、あそこで勝ってもそこで昇段が決まるわけではないんです。

――ただ、大事な対局のひとつだったことは間違いないと思います。あの最後の大事なふたつの対局を勝てなかった理由は何だったと自分では分析されてますか。

いま思えば、負けるべくして負けたのかなと思う

瀬川 弱かったから、のひと言に尽きますね。いろいろ甘かったし、生活もストイックではなかったし、いま思えば、負けるべくして負けたのかなと思います。

――映画のしょったんは、お父さんが亡くなったときに「僕はそんなに頑張らなかった」と泣きながら告白しますが、頑張らなかったことはないですよね?

瀬川 いや、ちょっと遊んでしまったりして、三段時代に頑張り切れなかったという思いは少しあるんです。

――遊んでしまったというのは、映画のしょったんのように、年齢制限の恐怖に脅えて逃げちゃったということですか。

瀬川 まあ、そうですね。現実から目を逸らしたかったんだと思います。

今泉 あの光景はリアルでよかったですよね(笑)。あれは、かなりリアルです。

瀬川 今泉くんは、三段時代はどんな感じでした?

コイツは俺よりも強いかもしれなと思い始めたときから、泥に浸かっていくような感覚に

今泉 瀬川さんと大差ないです(笑)。どうしても、瀬川さんたちの世代だったら、映画では染谷将太さんが演じている村田康平さん……あれは田村康介七段がモデルだと思うんですけど、ほかにも鈴木大介九段や、関西だったら山崎隆之八段という棋士たちがいて、そういう強い後輩たちと出会う中で、自分の才能についていろいろ考えさせられるんです。

これはあくまでも当時の話ですけど、コイツは俺よりも強いかもしれなと思い始めたときから徐々に足が泥の中に浸かっていくような感覚になって。

それはさっきの泥にハマっていくシーンに近いものですけど、あんなに一気に落ちていくわけではなく、徐々に徐々に埋まっていって、最後に姿形が見えなくなってしまうという感じなんです。

僕は自分の本では、首に縄がかかるという表現にしたんですけど、勝負どころで負けるうちに自分の自信が少しずつ砕かれていって、足が泥の中に徐々に徐々に埋まっていく。そんなイメージでした。

――映画では、妻夫木聡さんが演じられた冬野渡がしょったんに「その才能が死ぬほどうらやましい」と言って奨励会を去っていくシーンがありましたが、あれも現実にあったエピソードですか。

瀬川 あれはちょっと違います。亡くなられた兄弟子の小野敦生さんという棋士の方が、僕を励ます意味で「君には才能があるんだから」と言ってくださったことがあって。

映画はその言葉を退会していく人のエピソードに重ねているんです。

――松田さんはあのシーンを撮っているときは、冬野のあの言葉の意味が「あまりよく分からなかった」と言われていました。

“同じ棋士で、レベルもそんなに変わらないのに、この人はなんでそんなことを言うんだろう?”と思ったそうです。

でも、先ほども挙がった清又との対局のシーンを撮っているときにその言葉がじわじわと効いてきて、負けた瞬間に“瀬川さんはもともと才能があるけれど、あのときは勝利をもぎ取りたいという気持ちが弱かったに違いない。

そうじゃなかったら、プロへの編入試験であんなにプロを次々に倒せるわけがない”という考えにおよんだと言われていました。

今泉 おっしゃる通りです。

瀬川 そうですね(苦笑)。あり難い言葉です。

コイツは格が違うなという奴はやっぱりいる

今泉 結局、気持ちが足りないんですよ。三段まで昇ってくる人はみんなプロになる才能があるんですよ。ただ、その中にはコイツは格が違うなという奴はやっぱりいて。

分かりやすく言うと、藤井聡太くんです。藤井くんが上にいけるものを持っているというのは我々プロから見ても分かるし、そういう人は僕が三段のときにも確かにいた。

これは僕の感覚ですけど、そういう人たちを前にすると、ちょっと劣等感みたいなものを抱いてしまうんですよね。瀬川さんは違うかもしれないですけど、僕にはそういう感覚がちょっとありました。

――瀬川さんが勝又との対局で勝つための一手を指せなかったのも、勝利を取りに行く気持ちが弱かったからなのでしょうか。

やめたときに、将棋関係の持ち物はほとんど捨てていた

瀬川 きっと弱かったんでしょうね。すごく追い込まれているのに、自分ではまだ余裕があると思っていて。余裕をかましていたつもりはないんですけど(笑)、棋士としては甘かったなと思うところがあります。

――瀬川さんは奨励会を退会されてから大学に入って、サラリーマンになられたわけですけど、退会したときは、映画のしょったんのように“将棋なんかもうやりたくない”とか“将棋が憎い”などと思ったんですか。

瀬川 そうですね。やめたときに、将棋関係の持ち物はほとんど捨ててしまいました。

――捨てたんですか。

瀬川 ええ。奨励会の棋譜もとってあったんですけど、全部捨てて、将棋をもう指すことはないだろうなと思っていました。

人間にとって何がいちばん辛いかと言うと、自分の価値が分からないこと

――今泉さんは、退会されたときはどんな気持ちでした?

今泉 僕の場合はまたちょっと違います。退会した僕の家に「将棋教室の講師をしてください」という電話をかけてきてくれた人がいて、その人が「今泉さんはここまで本当によく頑張ってきたと思います」と言ってくださったんです。

その言葉がすごく大きかった。瀬川さんがさっきおっしゃったように、奨励会を退会したらゼロなんですよ。

そんなゼロだと思っているところに、僕の場合は自分の価値を認めてくれる人がポンと現れてくださったんです。

人間にとって何がいちばん辛いかと言うと、自分の価値が分からないことだと思うんですけど、僕はそこで自分の価値を認めてもらえたし、根っこのところではやっぱり将棋が好きなので、「俺はアマチュア日本一にでもなるか」って気持ちを切り替えることができたんです(笑)。

でも、あの言葉がなかったら、将棋を続けていなかったかもしれないですね。

――映画でも、アマチュアの強豪でもある小林薫さん演じる藤田守の言葉によって、しょったんも再起します。

瀬川 そうですね。あの藤田という役は遠藤正樹さんというアマ棋士の先輩の方がモデルなんですけど、僕も遠藤さんの言葉がなければ、行動を起こすことはなかったと思います。

奨励会を退会したときは将棋を憎んでいた

――一度将棋を全て捨てた瀬川さんが、アマチュアの将棋倶楽部に通い出したのは何かきっかけがあったんですか。

瀬川 奨励会を退会したときは将棋を憎んでいたというか、将棋なんかやらなければこんな酷い目に遭うこともなかったし、将棋なんか見たくないと思っていたんです。

でも、1年後に大学に入って、バイトをしたり、授業に出たりして生活が安定してきたら、また指したくなって。それで将棋を恨んでもしょうがないなと思い直して、純粋にアマチュアとして将棋を指すようになったんです。

――そこからが本当に、この映画の見どころでもあり、奇跡の部分だったりするんですが、アマチュアからプロへの編入というのは瀬川さんが最初なんですよね?

瀬川 奨励会という制度がきちんとできてからは、僕が初めてです。

――革命を起こしたわけですね。

瀬川 いやいや、僕は別に何もしてないです(笑)。

先ほどの遠藤さんや応援してくれた人たち、当時の将棋連盟の方々が前向きに検討してくれたおかげです。

それこそ、今泉くんがいちばん最初に「頑張ってください」というメッセージをくれたんですよ(笑)。

今泉 あっ、そんなことを書いたような記憶があります(笑)。

瀬川 僕が「編入試験を受けてプロになりたい」と手を挙げたときですね。

その僕の発言を知った今泉くんが、将棋関係の人たち専用の掲示板に「応援します」というメッセージを書き込んでくれたんです。

今泉 ただ正直、そのときは実現するとも思っていなかったんです。でも、それが実現したから、僕も瀬川さんと同じぐらい喜びました(笑)

瀬川さんが編入試験に合格して、「あっ、俺ももう一度やれる」って思った

――そのときはどういう立場だったんですか。

今泉 僕はただのアマチュアです。ただのアマチュアで僕も社会人をやっていました。

でも、僕は瀬川さんのように爽やかな感じでプロの道を諦めたわけではなく、全然割りきれてなかったんですよね。

心の中に毒を持ったまま、働かなきゃいけないからガムシャラに走っていたんですけど、魂はまだ奨励会に置いたままの状態だったかもしれない。

だから、瀬川さんが編入試験に合格してそういう制度ができたときに、もちろんそんなに簡単なことではないけれど、「あっ、俺ももう一度やれる」って思ったんです。

瀬川さんの人間力が大きかった

――映画ではわりとサラッと描かれていますけど、奨励会で多数決をとって編入試験の実施に賛成される方が多かったから、施行されることになったんですよね。

瀬川 プロ棋士の方々の多数決ですね。奨励会員は何の発言力もないし、奨励会員の多数決だったら全然ダメだったと思うんですけど、まあ、プロ棋士の多数決で賛成が多かったから、編入試験を受けさせてもらえることになったんです。

――プロ棋士の方々の賛成が多かったのは、何か理由があったんでしょうか。

瀬川 実際にはスポンサー側からも、開かれた将棋界をアピールするために瀬川くんの試験だけでも認めてあげよう、という後押しがあったようです。

あと、当時会長だった米長邦雄先生が前向きに動いてくださったことも大きいと思います。

今泉 瀬川さんの人間力、人望も大きかったんじゃないでしょうか。こんないい先輩いませんからね。

本人を目の前にして言うのもなんですけど(笑)、無類の好人物ですし、切磋琢磨してプロ棋士になった人たちは、瀬川さんのことをみんなよく知っているから、“瀬川くんなら”というところも絶対にあったと思います。

甘くはない世界

――編入試験をやったとしても、プロ棋士を相手にそんなに勝てるわけがないと高をくくっていた人もいたんじゃないでしょうか。

今泉 そんなに甘くはないと思っていたでしょうね。それは間違いないです。

実際、編入試験で対局するプロ棋士もみんな強い人ばかりで、それこそ瀬川さんの一局目の相手はいまの名人、佐藤天彦さんでしたからね。

瀬川 映画では青嶋未来五段が演じる、佐山三段として描かれている人です。

――編入試験の実施が決まったとき、瀬川さんはどんな気持ちでした?

瀬川 すごく嬉しかったですね。多数決も厳しい結果になると思っていただけに、道が開けた、もう一度チャンスをもらえたという喜びが大きかったです。

――編入試験では何勝しなければいけなかったんですか。

瀬川 僕の場合は6戦して3勝すれば合格というルールでした。

――それで、ギリギリ3勝して編入できたわけですね。

瀬川 そうです。

――ご自身の中でも、奨励会の三段リーグで勝ち進められなかったときと編入試験のときとでは気持ちの面などの違いはありましたか。

瀬川 編入試験のときはたくさんの方に応援してもらっていたし、僕が合格しないと道が開けないとも思っていたので、それなりのプレッシャーはあったんですが、負けたら趣味として将棋を楽しもうという割り切った気持ちでやれたんです。

――負けたときと勝ち続けたときとでは、気持ちが違うのかなと思ったのですが。

瀬川 奨励会の三段リーグのときのような、追い込まれたような気持ちではなかったですね。

――映画では「応援の言葉がキツい」と弱音を吐くシーンもありましたが、ああいう気持ちにもなりました?

瀬川 そうですね。僕は1局目が勝負だと思っていたので、1局目で負けて、もしかしたら全部負けちゃうかもと弱気になったときは、せっかく編入試験ができる道を作ってもらったのに、申し訳ないなという気持ちになりました。

――劇中の藤原竜也さんのように、見知らぬ人から応援の言葉をかけられることもあったんでしょうか。

瀬川 けっこう、ありました。友だちの結婚式の二次会で「プロの編入試験を受けている人に似ていますね」って言われたこともありました(笑)。

――そういう応援もあって、つかみとれたところもあるわけですね。

瀬川 まあ、そうですね。

――今泉さんは、瀬川さんが3勝して合格したことを最初に聞いたときはどう思われました?

今泉 スゴいな〜と純粋に思いました。でも、さっきも言いましたけど、あれは瀬川さんだから実現したことだと僕は思っています。

瀬川さんのおかげで正式な制度ができた

――でも、そのときに自分にもチャンスがあると思われたんですよね。

今泉 そうですね。瀬川さんのおかげで正式な制度ができたときに、僕も“よし、やるぞ!”って思いました。

瀬川 でも、この正式な制度が、クリアーする人はいるのかな〜と思うような非常に厳しいものだったんです。

今泉 だから、瀬川さんの後に僕がプロ編入試験を受けて合格したんですけど、その後は誰もいないです(笑)。

――今泉さんは、どういう経緯で編入試験を受けられることになったんですか。

今泉 いまはプロ棋士相手に6割6分7厘の成績をとると一応プロ編入試験を受ける資格ができるんですけど、僕はそこで10勝5敗という成績を上げたんです。

瀬川 僕が合格した後にそういう制度ができたんです。

プロ相手に6割6分7厘……6割5分以上の勝率を残すというのは無茶なルール(笑)

今泉 でも、単純に考えてみてもらえば分かると思うんですけど、プロ相手に6割6分7厘……6割5分以上の勝率を残すというのは、はっきり言って「何を言うとるんじゃ!」というぐらいの無茶なルールなわけですよ(笑)。

高校球児がいきなりプロ野球の世界に入って首位打者をとるような活躍をする、それぐらいのレベルですよね。

だから、考えてもいなかったんですけど、僕の場合も瀬川さんと同じように、周りの人が神輿をうまくかついで、そこに僕を乗せてくれたという感覚があって。僕もそれで、プロ編入試験まで辿りつくことができたんです。

――今泉さんは、その対局でなぜその不可能とも思えるような勝率を出せたと思いますか。

今泉 三段リーグで勝てなかったのは、僕の人間力が足りなかったからだと思っています。

でも、周りの方々が助けてくださっていることに気づいて、本当にありがたいなと心の底から思うようになってからは、なぜか成績がついてきました。

瀬川 でも、今泉くんは実力で勝ち取ったという印象がありますね。

正規の成績を収められるような状況を作ったのは、今泉くんがいま言った周りの人たちへの感謝の気持ちだったとは思いますけど。

今泉 そうですね。

瀬川 僕もまさに、周りの人たちに背中を押してもらって、制度がない中でそういう編入試験を特別にやってもらえたので、いろいろな幸運があったと思います。

――映画では、野田洋次郎さん演じる鈴木悠野という親友の存在も印象的に描かれています。

瀬川 彼のモデルは、僕の自宅の向いに住んでいた渡辺健弥くんという同級生です。

――彼の存在もやっぱり大きかったんでしょうね。

瀬川 そうですね。僕は彼がいなければ将棋が強くなることはなかったので、もちろん大きいです。

――劇中の悠野くんは、「自分も奨励会に入っていたら、一緒にすぐ四段になれたのに」と言いますけど……。

瀬川 いや、それは分からない。彼との競争がずっと続いていたら、もしかしたら、ふたりとも四段になれたかもしれないけれど、それは分からないです(笑)。

今泉 僕も彼とは何回も指したことがあるんですけど、まさに天才と言ってもいいひとりだったので、人生はやっぱり面白いですよ(笑)。

将棋の世界でやっていきたいという思いが強かった

――でも、おふたりとも、どこかで諦めきれてなかったと言うか、それでも将棋の世界でやっていきたいという思いが強かったんでしょうね。

瀬川 それはもちろんそうですね。

今泉 それももちろんあったんですけど、でも僕は、35歳のときに一度完全に諦めたんです。

――そのときは、瀬川さんのように棋譜を捨てたりしたんですか。

今泉 いや、してないです。そういう葛藤は26歳でもう終わっています。

でも、35歳のときには、僕はもう一生アマチュアの世界で将棋を指し続けていくと決めていました。

プロになるためにはプロ編入試験と三段リーグ編入試験のふたつの道があるんですけど、僕はふたつとも受験して、全部合格した唯一の人間なんです。

だから、そういう場所を2回も経験させてもらったのは僕だけなんだから、もういいじゃないかと思ったんです。

三段リーグを2回やらせてもらって、2回ともダメだったときに諦めがついたんです。

だから、35歳を超えてからの僕の人生は本当に不思議です。なぜ、プロ棋士になれたのだろう?っていまでもたまに思うことがありますね。

何のために将棋を指すのか

――映画にも出てくる基本的なことなのですが、おふたりはなぜ、何のために将棋を指すんですか。

瀬川 楽しいからですね。将棋を指すのが好きだから。

子供のころに、プロ棋士という仕事があるのを知ったときに、好きなことをやって暮せたらこんなにいいことはないよなと思って、それがプロを目指したいちばんの理由です。

プロ編入試験に挑んだときも同じ気持ちですね。好きなことで暮らせたら、これほどみんなが幸せなことはないだろうなって考えたんです。

だから「なぜ指すのか?」って聞かれたら、やっぱり「好きだから」と答えます。

将棋盤の上は自己表現ができる場所

今泉 将棋の世界でも辛いことや悲しいことがいっぱい起こるし、そういうことの方が多いんですけど、巡り巡って将棋に帰ってくるんですよね。

それは、根っこのところでやっぱり将棋が好きだから。

それに僕は、将棋盤の上は自己表現ができる場所だと思っていて。将棋は9×9の81マスの中でそれぞれの個性を表現できるので、棋士はみんな、負けても負けても自己表現をやめない。

自分の価値を出したいですからね。そうやって生きてきた証が我々の場合は将棋盤の上にあって、それは瀬川さんにもあるし、僕にもある。

ひとりひとりの棋譜が存在していて、そこにそれぞれの個性や想いが乗るんです。それだけに、勝ったときの快感は何物にも変えがたい。負けたときの落胆や痛みも何物にも変えがたい。

そんな感じで、痛みも喜びも将棋盤と将棋の駒が表現してくれる。それでお金がもらえるならよくないですか(笑)。もちろん、そういう喜びや痛みが出るからこそ、観てくださる方々も楽しめると思うんですよね。

瀬川 今泉くんは今年の「第68回NHK杯」で藤井聡太七段に勝っていますしね。

さっきも言ったように、藤井くんは大天才ですけど、今泉くんがその大天才に勝つこともある。勝負の世界だからそれは当然あるんですけど、それは僕の励みにもなったし、頑張らなきゃいけないなと思いました。

今泉 あの時は、人間力の勝負に持ち込めたのが勝因かもしれませんね。

繰り返しになりますが、瀬川さんがプロ棋士になれた理由は実力もさることながら、人間性がとても大きかったからだと思います。

それと同じように、将棋の地力は圧倒的に差があると正直思っている藤井くんに勝てたのは、自分のいままでの人間力を盤上にすべて出せたからなのかな。そんな気がしています。

好きなことを仕事にできたら、それに勝る幸せはない

――いずれにしても、好きなことを仕事にできたら、それに勝る幸せはないですね。

瀬川 そうですね。

今泉 それはそう思います。

夢を現実のものにするためには何がいちばん必要なのか?

――ただ、そうなれない人もいます。瀬川さんの場合は制度の問題もありましたが、そうではなく、壁にぶち当たって諦めてしまう人も多いです。

夢を勝ち取るため、夢を現実のものにするためには何がいちばん必要だと思いますか。

今泉 目の前にあるひとつひとつのことを、とにかく全力でやっていくことだと僕は思います。

夢や希望がなくても、考えたら、誰でも自分がいまやるべきことが絶対にある。

僕はそういうことを全力で毎日やっていけば、いずれ自分の夢なり、自分が向かうべき道に導かれると思っているので、それを達成するためにも、自分がいまやるべきことを全力でやっていくのがいいと思います。

そうすることで世界が全然変わってくるから。僕も実際そうでした。

介護現場で働いているときに、利用者の方たちを笑顔にするということを僕はすごく考えていて、それを一生懸命やっていたら、自分も喜べることがすごく増えたんです。

だから、いまを一生懸命生きていけばいい。暗中模索とか、いろいろ思ったり悩んでいる暇があったら、とりあえずいまやるべきことを全力でやっていくことです。

これは、誰にでもできることです。でも、誰にでもできることを、意外とみんなやってないんじゃないかなと思います。

瀬川 勉強になりますね。本当にその通りですけど、僕は自分の夢や目標を声に出して周りの人たちに伝えることも大事だと思います。

「不言実行」という言葉もありますけど、やっぱり言った方がいい。僕も「またプロになりたい」って最初に言ったとき、けっこう周りが「本当なの?」という反応でした。

「会社にもちゃんと勤めているのに、不安定なプロ棋士にいまさらなる気が本当にあるのか?」って言われたんです。

でも、「なりたい」と言い続けていたら周りの人たちも応援してくれるようになって。それが、いまの道を開いてくれたので、やっぱり、こういう風になりたいと言葉にすることは大事だと思います。

今泉 気持ちは言葉にしないと伝わらないですからね。

瀬川 そうですね。その上で今泉くんが言ったようなことを続けていけば、大抵のことには辿り着けるんじゃないかなと思います。

いいふうにもわるいふうにも思ったように人はなる

――今泉さんが名刺の裏に書かれている「いいふうにもわるいふうにも思ったように人はなる」ということですね。

今泉 そうです、そうです。いまは本当にそう思います。瀬川さんがそうやって言葉にしてくれなかったら、いまの自分はここにはいないですから。そう考えると、瀬川さんには感謝の言葉しかないです。

瀬川 僕も今泉くんの言葉に励まされましたから、そこはお互いさまです(笑)。

今泉 人生ってそうやって、巡り巡って、いろいろなピースがハマっていくもの。瀬川さんの今回の映画も、いろいろな人のピースが見事なまでにハマっていった結果だと思います。

将棋盤という小さな世界で、大きな戦いを繰り広げている瀬川五段と今泉四段。

ふたりの熱い言葉には、挫折を何度もしながら、最後まで諦めずに夢を手に入れた者ならではの説得力がありました。

映画『泣き虫しょったんの奇跡』も、将棋の世界を題材にはしていますが、描いているのは人の生き方についてです。

苦悩や葛藤、挫折、そして感謝と喜び……そうした感情が交錯する戦いのドラマが、ふたりの言葉とともに、勇気が持てなかったり、どうすればいいのか分からなくて立ち止まっている人たちの背中を優しく押してくれるに違いありません。