土砂崩れに巻き込まれた農業倉庫。保管していた田植え機などの農機が押しつぶされた(7日、北海道厚真町で=木村泰之写す)

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 北海道地震による大規模停電が、道全域で農業に打撃を与えている。7日は、停電の解消が徐々に進んだが、復旧しない地域では酪農家は搾乳ができず、乳房炎の発生を懸念する。搾乳を再開しても、乳業工場の停止が続いており、牛乳・乳製品の供給に大きな影響が出る恐れがある。市場や集荷施設の停止で、農産物の流通も混乱が続く。早期の全面復旧が求められている。(田中秀和、望月悠希)

 経済産業省によると、道内全域の295万戸のうち、電力が復旧したのは151万戸(7日正午時点)。完全復旧には少なくとも1週間はかかる見通しだという。

 道内有数の酪農地帯である十勝地域では7日、一部で停電が続いた。JA上士幌町では、56戸ある全ての酪農家が一時停電となった。半数以上は自家発電で搾乳や生乳の管理をするが、発電機を所有していない23戸は個人調達やJAが手配した発電機を使い回すなどして対応。乳牛の延命に向け搾乳を優先し、7日午前には全戸で搾乳を終えた。ただ、生乳を貯蔵するバルククーラーへの送電までは追い付かず、約30トンの生乳が出荷できなかった。

牛ストレス 乳房炎懸念


 同町では7日、一部地域で復旧。約10戸の酪農家は通常の作業ができるようになったが、その他は電力が届いていない。搾乳作業が制限される中、牛のストレスを少しでも減らそうと、給餌量を減らした農家も少なくない。ただ、給餌量を減らすと乳量も減少。JA畜産部の谷田眞一部長は「一度減った乳量が回復するには、次の分娩(ぶんべん)までかかる」とし、乳量減の長期化を懸念する。

 同町で165頭の牛を搾乳する高木和也さん(56)は、自家発電機を備えていたため、大きな影響は受けなかった。ただ、配合飼料を製造する工場が停電で稼動停止となり、飼料供給が復旧する見通しが立たない。高木さんは「配合飼料を与えないと、乳量が減ってしまう」と不安を募らせる。

 搾乳が十分にできない環境下では、乳房炎の危険が高まる。農水省の獣医事審議会委員を務める埼玉県上里町の大橋邦啓獣医師は「毎日同じ時間に搾乳しないと、半数の牛は1日で乳房炎になる恐れがある。そのまま廃用にもなりかねない」と説明する。

 搾乳しないと乳房が張り、痛みや熱が出る。そのストレスで餌を食べる量が減ったり、免疫機能が落ちたりして他の疾病にかかるリスクがある。

 乳房炎が治まったとしても、使う薬剤にもよるが、生乳の出荷が禁止される休薬期間が1週間程度発生する。乳房炎になってしまうと、生乳の出荷までには10日程度かかることになるという。

 搾乳ができたとしても、出荷先の乳業工場が停止したままでは、牛乳・乳製品の供給に大きな影響が出そうだ。

 農水省の7日の発表によると、道内にある39の乳業工場のうち、稼働しているのは11工場。残り28工場の復旧時期は、同日時点では確認できていないという。地震発生後、一時的には2工場しか稼働を継続していない状態となり、37工場が停止していた。

選果場も… 市場は停止


 停電で選果場を稼働することができないなどの影響で、農産物の出荷に支障が出ている。JAながぬまでは製氷機や予冷機が停止し、ブロッコリーの受け入れができず発電機の確保に動いている。JA新すながわではトマトやキュウリの選果場が稼働していない。選果ができないと、トマトやキュウリが熟し過ぎる懸念がある。JAふらのでもニンジンの収穫を控えている。

 農産物流通にも影響が広がっている。札幌市中央卸売市場は7日、受け入れ体制が整わずせりを中止した。8日は再開する予定だが、産地では停電で選果施設が稼働していないところもあり、物量の確保に懸念が生じている。

 札幌みらい中央青果営業担当の菊地一弘常務は「40年間勤務しているが、災害での中止は初めて。再開し市民への供給という使命を果たしたい」とする。片貝太市場長は「産地からの供給が回復した際に、円滑に取引ができるよう調整したい」と正常化に向け、全力を挙げる。

東京市場で道産野菜急減 在庫確保引き強まる


 北海道地震による物流の混乱で、東京都中央卸売市場大田市場で7日、道産野菜の入荷量が大きく落ち込んだ。ダイコンは29トンで地震発生前の8割減(農水省調べ)と、鉄道やトラックの輸送の停滞が響く。停電により産地では集荷もできていない。通常の出荷体制に戻る見通しは立っておらず、市場関係者は「週明けにかけて一段と品薄になる。値上がりが続きそうだ」と指摘する。

 7日の大田市場の道産野菜の入荷量は、タマネギが61トンで前日比7割減、ニンジンが62トンで同4割減、ジャガイモが97トンで同2割減となった。卸売会社は「台風21号で産地の収穫が停滞したところに、地震で物流が乱れ、消費地への供給量が落ち込んだ」とみる。

 停電も出荷を足踏みさせている。ホクレンは、被災した農家やJA関係者もおり、集荷や選別の作業が再開できない産地も多いとみる。「野菜の出荷が通常に戻る見通しは、現時点では立てられない」と訴える。

 入荷の減少を受け、大田市場では道産の一部品目が上伸。ニンジンは1ケース(10キロ・M級・高値)3024円で前日比864円高、ダイコンは1ケース(10キロ・L級・高値)2376円と同216円高。卸売会社は「今後も入荷は増えないと見込んで、在庫を確保しようと引き合いが強い」と分析する。

 大阪市中央卸売市場本場でも同日、道産ダイコンが1ケース(10キロ・L級・高値)1620円と前日比216円高。各品目とも地震発生前に出荷された分が取引され、不足はなかったが、市場関係者は「来週以降の不足を懸念して注文が前倒しで入った」と話す。

横倒し目疑う


 最大震度7の地震が襲った北海道厚真町では、住宅や道路、農業施設を巻き込んだ土砂崩れが相次いだ。同町の水稲農家は、農業倉庫が土砂崩れに巻き込まれ、保管していた農機が押しつぶされた。

 厚真町で水稲「ななつぼし」「ゆめぴりか」を9ヘクタールを栽培する嶋正吉さん(71)の農業倉庫は、崩れた土砂により道路まで押し出され、壊滅した。倉庫には昨年購入した軽自動車や、8条植えの田植え機、播種(はしゅ)機などを保管していたが、土砂崩れの衝撃で横倒しになった。

 7日は、自宅や作業所の復旧に当たった。嶋さんは「こんな重いものがなんでここにあるのかと自分の目を疑った。とにかくショックだ」と落胆する。倉庫から離れた畑では、地震による地割れが至るところに広がった。