研究によると、南海トラフ地震の影響は全国に及ぶという(写真:筆者と井上寛康氏の共著論文より)

9月4日、関西地域を台風21号が直撃し、大きな被害をもたらした。そして、今度は9月6日に、北海道を最大震度7の直下型地震が襲った。こうした巨大災害は経済に大きな打撃を与える。だが、どの程度の影響があるか、把握できているだろうか。早稲田大学政治経済学術院の戸堂康之教授が「ネットワークの経済学」の研究成果を基に解説する。

人々は仕事や趣味のつきあい、SNSでの友だちなど、さまざまなネットワークでつながっている。このような社会ネットワークでは、非常に多くの人とつながる中心的な人がいる、つまり「ハブ」があることが多い。

ハブを持ったネットワークでは、人々はハブを通じて間接的には意外に近い関係でつながっている。Facebookでは、ある人から友だち関係をたどって何人目で別のある人にたどり着くかを計算すると、平均は4.7人目だという[1]。


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つまり、誰もが世界中の人とたった4人を隔てた先でつながっているのだ。このような「スモールワールド・ネットワーク」と呼ばれる構造を持ったネットワークでは、知識や行動、病気などが素早く伝わることが知られている[2]。

企業も同様で、サプライチェーンや株式所有、共同研究などを通じてつながっている。近年の経済学では、このような企業ネットワークを通じて生産性や経済ショックが伝わっていくことを分析した研究が急増している。

ネットワークは「奥深い」

日本では、東京商工リサーチや帝国データバンクなどが収集した100万社規模のサプライチェーンのデータがあることから、サプライチェーンにかかわる研究が進んでいる。このような研究から、日本のサプライチェーンもスモールワールド・ネットワークになっていて、全国の企業間の平均的な隔たりは4.8社分であることがわかっている[3]。

つまり、ある企業からサプライヤーもしくは顧客をたどって行けば、大体の企業には5つ目でたどり着ける。この平均値は前出のFacebookのものに相当近いが、まったく別種のネットワークなのに平均的性質が似ていることが多いのが、ネットワークが不思議で奥が深いところだ。

サプライチェーンがスモールワールド・ネットワークであれば、ある企業の業績が何らかの理由で悪化すると、それがサプライチェーンを伝わって伝播し、ほかの多くの企業の業績にも影響する可能性が高い。実際、東日本大震災ではサプライチェーンの途絶を通じて、被災地外の企業も大きな影響を被った。

その影響を定量的に分析した齊藤有希子(早稲田大学)や楡井誠(東京大学)らの研究[4]では、被災地外の企業でも被災地企業とサプライチェーンでつながっていることで震災後の1年間の売上高成長率が1〜2%ポイント減少したことがわかっている。


今回の執筆者:戸堂康之(とどう やすゆき)/早稲田大学政治経済学術院経済学研究科教授。1991年東京大学教養学部卒業。2000年スタンフォード大学経済学部博士課程修了(経済学Ph.D.取得)。南イリノイ大学、東京都立大学、青山学院大学、東京大学を経て現職。著書に『開発経済学入門』『日本経済の底力』など。

しかも、直接つながっていなくて、サプライヤーのサプライヤーのサプライヤーが被災地企業、顧客の顧客の顧客が被災地企業であっても、売上高成長率は1%ポイント程度減少した。サプライチェーンにおいて企業が平均的に4.8社の隔たりでつながっていることを考えると、日本中の大部分の企業が東日本大震災によって影響を受けたと言える。

実際、井上寛康(兵庫県立大学)と筆者が行ったシミュレーションでは、東日本大震災の被害がサプライチェーンを通して伝播することで、被災地外の企業の生産額は11兆円(GDPの2.3%)減少したと推計されている。これは、地震と津波による直接的な生産額の減少の実に100倍にあたる[3]。

ほとんどの地域が南海トラフの影響を受ける

さらに筆者らは、今後30年で70%の確率で起きると予想されている南海トラフ地震の被害についても、シミュレーションによる予測を行った。その結果、被災地内の生産額の減少も2.3兆円と巨額に上るが、サプライチェーンを通じた被災地外の生産額の減少は52兆円と、GDP(国内総生産)の10%に上ると推計された。

被害の時間的変化を地図上に示したシミュレーションでは、地震後2週間から3週間で日本のほぼすべての地域の企業が大きな被害を受ける様子がはっきりととらえられている。

このように、災害による経済被害は、直接的な被害よりもむしろサプライチェーンを通じた間接被害のほうがはるかに大きく、それを縮小することによって南海トラフ地震のような大災害の経済被害の総額を相当程度抑えられる。

その1つの方法が、サプライヤーや顧客の多様化である。使用する部材が特殊でその供給を特定の企業に頼っている場合、サプライヤーとその顧客のどちらが災害の被害を受けても、もう一方の企業に甚大な影響が出てその被害が拡散していく。

東日本大震災でも、車載用マイコンを製造していたルネサスエレクトロニクス社の那珂工場が被災し、そのために多くの自動車メーカーが長期の生産停止を余儀なくされた。部材が代替できないと被害の伝播が速くなることは、井上と筆者のシミュレーションによっても確かめられている[5]。

従って、どうしても必要な部材以外は標準化して、多様なサプライヤーと取引を増やすことで災害の間接被害を縮小することができる。

多様な取引は災害時以外でも有効

このようにサプライヤーや顧客を多様化する、特に地理的に多様化して地域外の企業ともつながることは、災害時の復旧にも役に立つ。自社が被災しても、被災しなかったサプライヤーや顧客から支援を受けられる可能性が高いからだ。

前出のルネサスエレクトロニクスの被災工場も、多くの自動車メーカーの支援を受けて当初の予想よりも早期に復旧できた。筆者とPetr Matous(シドニー大学)、中島賢太郎(一橋大学)の推計によると、東日本大震災のときに被災地外の取引企業の数が2倍違うと、被災地企業の操業停止期間が約3割短縮できていたことがわかっている[6]。

さらに、このように地理的に多様に取引していると、災害時以外でもメリットがある。筆者とMatous、井上の別の研究では、都道府県外の企業との取引があると生産性が向上することが示されている[7]。これは、地域外の企業は自社にはない知識を持っていて、取引関係を通じてその知識が伝わるからだと考えられる。

日本のサプライチェーンは伝統的に系列関係で縛られていたが、近年、部材の標準化が進み、サプライヤーや顧客企業の多様化が進んでいる。系列関係の強い自動車産業でも、最終メーカーのサプライヤーの数もサプライヤーの顧客の数も増えていることが大規模なデータで確かめられている[8、9]。このような流れは、日本経済の災害に対する強靭性を強化するもので、今後も多くの企業がこの方向に進むことが必要だ。

しかし、多くの企業、特に地方の中小企業にとって、これまでの系列の枠組みを超えて地域外の企業とつながるのは簡単ではない。十分な技術力があっても、適切な取引先を探すための情報力が不足していることが多いからだ。したがって、中小企業が取引先を拡大するために展示会や商談会に参加することを、政府が支援していくことが必要である。

巨大災害に備え、経済学の研究成果を生かすとき

中小企業の中には平時には取引先を多様化するような余裕のない企業も多い。そのような企業は、少なくとも災害時に自社や取引先が被災した場合にどのようにその生産を代替し、サプライチェーンの途絶を防ぐべきかの計画をBCP(Business Continuity Plan、事業継続計画)として策定するべきである。実際、東日本大震災でも、被災した企業が自社の金型を他社に譲渡することで部材の納入を継続させた事例が多く見られた。

だが、災害時の迅速な代替を可能とするためには、災害時の協力体制をBCPとして取り決めておくべきだ。とはいえ、やはり中小企業はBCPの策定に関する知識やどのような企業と連携すべきかの情報が十分でないことも多く、この点でも地道に企業向けのセミナーを開いたり、マッチングを促すなどの政策的な支援が必要だ。

南海トラフ地震や首都直下地震のような巨大災害はいつかは必ず襲来する。その直接被害、特に人命への被害を抑えるためのインフラ整備はむろん必要だ。しかし、経済被害を考えるとサプライチェーンを通じた間接被害のほうが大きく、それを抑えるための対策も忘れてはならないことを、これらの研究成果は示している。

(文中敬称略)

参考文献
[1]Backstrom, Lars, Paolo Boldi, Marco Rosa, Johan Ugander, and Sebastiano Vigna. 2012. "Four Degrees of Separation." arXiv, 1111.4570.
[2]Barabási, Albert-László. 2016. Network Science. Cambridge: Cambridge University Press.
[3]Inoue, Hiroyasu, and Yasuyuki Todo. 2018. "Firm-Level Simulation of Supply Chain Disruption Triggered by Actual and Predicted Earthquakes." RIETI Discussion Paper, 18-E-013, 経済産業研究所.
[4]Carvalho, Vasco M, Makoto Nirei, Yukiko U Saito, and Alireza Tahbaz-Salehi. 2016. "Supply Chain Disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake." Columbia Business School Research Paper, 17-5, Columbia University.(以前のバージョンは、Carvalho, Vasco M, Makoto Nirei, and Yukiko Umeno Saito. 2014. "Supply Chain Disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake." RIETI Discussion Paper, 14-E-035, 経済産業研究所.)
[5]Inoue, Hiroyasu, and Yasuyuki Todo. 2017. "Propagation of Negative Shocks through Firm Networks: Evidence from Simulation on Comprehensive Supply Chain Data." RIETI Discussion Paper, 17-E-044, 経済産業研究所.
[6]Todo, Yasuyuki, Kentaro Nakajima, and Petr Matous. 2015. "How Do Supply Chain Networks Affect the Resilience of Firms to Natural Disasters? Evidence from the Great East Japan Earthquake." Journal of Regional Science 55 (2):209-229.
[7]Todo, Yasuyuki, Petr Matous, and Hiroyasu Inoue. 2016. "The Strength of Long Ties and the Weakness of Strong Ties: Knowledge Diffusion through Supply Chain Networks." Research Policy 45 (9):1890-1906.
[8]戸堂康之・小橋洋平,「強靭性強化へ国際化が鍵」,『日本経済新聞』経済教室,2016年2月17日.
[9]Matous, Petr, and Yasuyuki Todo. 2017. "Analyzing the Coevolution of Interorganizational Networks and Organizational Performance: Automakers’ Production Networks in Japan." Applied Network Science 2 (1):5.