大手建設会社ゼネコンは「談合」をたびたび繰り返している。昨年にはリニア中央新幹線の建設工事を巡って、大手4社が談合に関与したと報じられた。なぜ談合はなくならないのか。技術経営士の野呂一幸氏は、入札前の「企画」「調査」「設計」の段階でゼネコンにタダ働きを強いる日本独自の発注方法が、競争入札制度を機能不全に陥れ、談合を発生させていると説明する――。
複雑で巨大な現代のインフラ建設プロジェクトでは、発注者が施工以外のすべてを担うという明治時代以来の「自前主義」の原則が、実態とそぐわなくなっている――リニア中央新幹線品川駅の新設工事現場。(写真=時事通信フォト)

■「ソフトフィー」を払わない日本独特の慣習

総工費約9兆億円に上るリニア中央新幹線の建設工事で、談合の疑いがもたれている。東京地検特捜部は今年3月、独占禁止法違反の罪で、大成建設、鹿島建設、大林組、清水建設の法人4社と、大成建設と鹿島建設の幹部を起訴した。

このうち幹部が起訴された大成建設と鹿島建設は一貫して談合を否定しており、裁判の行方に注目が集まっている。私はこの事件の責任について、受注者であるゼネコンだけではなく、こうした大型プロジェクトの発注の仕組みそのものにも問題があると考えている。

建設工事は、大きく「企画」「調査」「設計」「施工」という4つの段階に分けることができる。そして日本では、発注者が「企画」「調査」「設計」までを自前で行うという「自前主義」が建前となっている。

だが実際には、リニア中央新幹線のような大型インフラのプロジェクトの場合、「企画」「調査」「設計」は、入札前の段階から受注側の企業と共同で進めなければ完遂できない。にもかかわらず、実態にそぐわない「自前主義」をいまなお掲げ続けていることこそが、最大の問題ではないだろうか。

自前主義による発注では、4段階の最後の「施工」を担当する民間企業を入札で選ぶことが建前だ。つまり入札の段階まで、「ソフトフィー」は発生しない仕組みとなっている。「ソフトフィー」とは「企画」「調査」「設計」「施工」のそれぞれの段階(フェイズ)で発生する、コンサルティング費用のことだ。

欧米では、各段階でのコンサルティング業務に対し、相応のフィーを支払うことが当たり前になっている。しかし日本では官民を問わず、ソフトフィーの予算が発注者の事業計画に盛り込まれることは少ない。

公的な建設工事の場合、学校・病院・事務所といった一般的なプロジェクトであれば、発注者が自前で「企画」「調査」「設計」を行うことは可能だ。一方、特殊かつ複合的な大型建設プロジェクトでは、発注者が自前でその3段階を完遂することは困難であり、どうしても民間企業の力に頼らざるをえない。

このため、「施工」の段階で担当企業を入札で選ぶことになっていても、実際にはその前の段階から民間企業がプロジェクトにかかわっており、それが「談合」という問題に発展してしまう。つまり民間企業が入札前に行った業務の費用を、不公正な入札を経て受注することで精算し、帳尻を合わせるやり方が容認されてきたのである。

■原型は明治時代の「官僚主導」プロジェクト

こうしたやり方が、建設業界という「仲間内」でしか通用しないことは明らかだ。なぜ日本では、こうしたやり方が横行してきたのか。その根本原因である「自前主義」の始まりは、明治時代にさかのぼる。

明治政府誕生(1868年)後、真っ先に政府が取り組んだのは、欧米列強に肩を並べる近代国家建設のためのプロジェクトを担う、人材の育成であった。政府は1871年(明治4年)、工学寮(後の工部大学校・現東京大学)を創設。全国から優秀な人材を集め、当時世界でもトップクラスの外国人教師の下で、西洋技術の習得を図った。

工学寮は工部大学校になり、1879年(明治12年)造家学科(後の建築学科)第1期生を社会に送り出した。ちなみに、東京駅舎の設計者として知られる辰野金吾も第1期卒業生だが、東京駅が竣工したのは1914年と、卒業後40年近くの歳月を要している。

その後、外国人技術者の元、多くの造家学科の卒業生が富岡製糸工場、鹿鳴館、碓氷川4連アーチ橋、法務省本館などの建設プロジェクトを通して、修業を積んでいった。彼らの多くは、法務省、逓信省、文部省、建設省の建設局に入省し、官庁による建設プロジェクトのリーダーとなって、日本各地で各官庁所管の施設(奈良少年刑務所、米沢高等工業学校本館、逓信省本館)を次々と設計し足跡を残した。

明治時代の官庁主導の建設プロジェクトは、今日のインフラ整備システムの基礎となった。とくに重要な国家プロジェクトである迎賓館や国会議事堂は、設計から建築工事に至るすべてを官庁直営で行っている。近代国家日本のインフラ整備の歴史のなかで、理念構築、都市計画、建築関連法規などの制度設計、企画提案にとどまらず、設計や工事の詳細にまで諸官庁が深く関与するという日本独自のシステムが構築され、今なお健在である。

一方で民間企業も、青函トンネル、黒部ダム、本州四国連絡橋といった数多くの国家プロジェクトを通じて実績を重ね、特殊架構技術や高度施工技術を蓄積・会得していった。そして財政縮小やプロジェクトの民間移行が行われるなか、官庁をはじめとする大型インフラの発注者には、最新知識を保有し、制度設計や許認可権限の履行に長けたエリートは存在し続けたが、専門技術知識を有する多様な技術集団は失われていった。

にもかかわらず、民間企業が有する最新技術のサポートを前提としたリニア中央新幹線などの大型プロジェクトにおいて、官庁/発注者は会計制度上の設計施工分離を今なお前提とし、制度改革のフォローもないまま、設計図書(編集部注:図面や仕様書など、建築物の施工に必要な書類の総称)の作成まで、明治以来の自前主義を通さなければならないのである。

明治以来、日本の急速な近代化のために構築されたこの百年の方式には、公正・透明性を原則とするコンプライアンスが問われる今日、綻びが生じている。グローバル化が進み、コンプライアンスが組織・企業活動の基本となり、優れた先端技術や研究開発能力が民間企業に移った今日、発注上の性能要求を越えて技術検討や仕様決定にまで踏み込む官庁指導型のプロジェクト運営は、機能不全に陥っている。

■発注システムの変革で数千億円のコストダウンが可能に

冒頭に挙げたリニア中央新幹線における「談合」問題は、発注の工夫があれば解決できるはずである。例えば、リニアプロジェクトの計画意義・目的、概略立地調査、路線ルート・駅舎立地検討書の作成等、中央・地方自治体を巻き込んだ問題整理は発注者が行う。そして発注者が作成した資料を基に、詳細な地盤・地質調査、技術検討、予算書作成の多くは、ゼネコンが自らの専門知識を活用し作成する。

工区ごとの詳細調査、技術検討、予算書作成は、技術力を有する民間企業同士で技術競争入札を行う。この入札で決定した企業は、担当工区の技術提案・予算書の守秘義務を負わせたうえで、この工区の「工事入札」には参加できないこととし、他の工区での工事入札競争に参加させるようにする。

大型インフラ整備プロジェクトの企画・調査・検討には、十数年を要する場合もあるだろう。計画路線の地盤・地質などの精度の高い調査、地下水対策を伴うトンネル工事の計画には数年を要し、設計図書の作成にも数年を要する。様々な資料をベースとした設計図書の作成を、発注者がすべて自前で行うことはできない。その間、民間企業が調査・技術検討・設計といった業務を遂行するにあたり、人材確保をはじめ多くの経費が発生するのは当然である。

■真に公平な「競争入札」を実現するには

こうした前提のもとに、真に公平な競争入札を成立させるためには、数兆円におよぶ巨大建設プロジェクトの1%、数百億円を、発注者がソフトフィーとして準備することが必要だろう。たとえば総額9兆円のプロジェクトのうち4兆円が建設工事の予定予算とすれば、その1%の400億円をソフトフィーにあてるということだ。

たとえば全体を10の工区に分けて民間企業を対象に技術提案コンペを実施し、コンペの勝者に実施計画資料の作成を発注する。こうすると、1工区あたり40億円の作成費(ソフトフィー)を支払うことが可能となる。実地計画資料が完成したら、それを設計図書として公表し、工事部分についてきちんと競争入札を実施する。1工区あたりの工事予算が4兆÷10工区=4000億円として、競争原理が働いて予定予算より10%安値で落札されれば、1工区あたり400億円、工事費が安くなる。

総額400億円のソフトフィーを使って、工事費の総額が4000億円下げられれば、差し引き3600億円ものコストセーブが可能となる計算だ。実際にはこれほど単純にはいかないかもしれないが、数千億単位のコストセーブの可能性が少し見えてくる。

余談だが、東京中央卸売市場の地下汚染水問題も、技術提案と工事入札が別々に行われていれば生じない問題だったと思われる。工事業者は手を抜いたわけではなく、設計図書に忠実に工事を履行した。

都は汚染水の処理を含む「使う側」「利用する側」の要求性能を明確に規定したうえで、建設業者の技術提案コンペを行い、しかる後に本体工事の競争入札を行うべきであった。都に中央卸売市場の運営ノウハウはあっても、築地中央市場建設から数十年も経った今となっては、建設ノウハウはないだろう。

リニア中央新幹線のような大型プロジェクトにおける談合事案の背景に、明治以来の硬直化した発注構造がしばしば潜んでいるという事実を、ゼネコン側はこれまであまり世間に開示してこなかった。それは、「企画」「調査」「設計」に関わりながらソフトフィーがもらえない、事前の「汗かき業務」をしているゼネコンがいる場合、そこにはあえて手を出さないという忖度(そんたく)が同業他社の間で働くからだと思われる(逆の立場になったとき、自分たちが汗かき業務をしている案件に他社が参入してほしくないからだ)。そのため様々な官庁工事、民間工事での汗かき業務は根強く生きており、競争原理が働きにくくなっている。

もっともそうした構造にも、少しづつ変化の兆しは見られる。たとえば従来、東京駅は大林組の“元施工”であり、初代東京駅からほぼすべての改修工事を大林組が手掛けていたが、辰野金吾設計の原型への復元工事(2007年〜2012年)は鹿島が受注に成功した。一方で、鹿島が汗かき業務をしていたスカイツリーは、大林が鹿島を出し抜いて受注し、借りを返した。長らく銀行系列支配の中にあった日本のゼネコンも、少しずつ競争原理にさらされつつある。

■明治の先人たちを超える新たな進化を

官庁/発注者が明治時代のように、企画から設計、施工、工事監理、維持管理運営、リニューアル全てにリーダーシップを維持することは、財政、人材確保の観点からも困難な時代となった。各段階でソフトフィーを支払う仕組みを整えない限り、不明朗な「談合」はなくならないだろう。

発注システムの改革以外にも、許認可権限の整理統合、年度会計制度の柔軟な運用など、取り組むべき課題は多く、問題解決のハードルも高い。既得権を持つ官庁、コンサルタント企業、民間企業にとって、制度改革は一時的な痛みを伴うだろう。だが、大型インフラ整備プロジェクトの将来の仕組みについて、明治の先人たちを越える新たな進化を求め、一歩を踏み出すべき時はすでに来ている。

----------

野呂一幸(のろ・かずゆき)
技術経営士の会監事
1948年生まれ。71年名古屋工業大学工学部建築学科卒業、大成建設株式会社入社。2007〜2012年設計本部長。日建連設計委員会委員長。さいたまスーパーアリーナはじめ、国内外の設計施工コンペ、PFI事業提案のプロジェクト・リーダーとして参加。2012年に技術経営士に認定され、中小企業に対する技術経営戦略のアドバイスを行うとともに技術経営士ジャーナルの編集に携わる。

----------

(技術経営士の会 監事 野呂 一幸 写真=時事通信フォト)