「狼と香辛料」10周年企画、ホロウエディングドレスのフィギュア(トーキョー・オタク・モード提供)

安倍政権が成長戦略の柱として注力するクールジャパン戦略に批判の矢が向けられている。会計監査院は今年4月、2016年度末までに海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)が投融資した17件総額約310億円において、約44億円の損失が生じていると発表した。最近の報道でも、クールジャパンの迷走ぶりを取り上げているものがほとんどだ。

クールジャパン」を冠した取り組みの多くが敗色に傾く中、海外で売れるものと売れないものの差はどこにあるのだろうか。ヒントを探りに、海外向けに日本のアニメグッズ販売などを手掛けるTokyo Otaku Mode(トーキョー・オタク・モード)を訪ねた。同社もまた、2014年にクールジャパン機構から約16億円を調達。この資金をテコに、売り上げを1億円から数十億円規模まで伸ばしているという。

クールジャパン」とはそもそも何か

本題に入る前に、クールジャパン戦略について確認しておこう。クールジャパン戦略とは、「日本の魅力(クールジャパン)」を産業として発展させ、海外需要の獲得とインバウンド振興により経済成長を目指す戦略。2010年に経済産業省が「クール・ジャパン海外戦略室」を設置して以降国策と位置づけられ、2013年に前述したクールジャパン機構が設立された。


トーキョー・オタク・モードの小高奈皇光CEO(写真左)と、モリサワタケシCCO(写真右)。フェイスブックページのファン数は2000万人。発信力を武器に、海外にジャパン・ポップカルチャーを届ける(撮影:田所千代美)

クールジャパンとされるものの中身は、映画やアニメといったポップカルチャーから、茶道や日本料理などの伝統文化、建築やファッションといったハイカルチャーまでと幅広い。

トーキョー・オタク・モードが扱っているのはこのうち、アニメ・マンガを中心としたポップカルチャーだ。正規販売代理店として、キャラクターのフィギュアやグッズを自社ECサイト「Tokyo Otaku Mode Shop」で販売するほか、同サイトでしか購入できないオリジナル商品の開発も行っている。

販売先は130カ国以上で、メインマーケットは北米、中国、オーストラリア。次いで、イギリス、シンガポール、フランスとなっている。累計販売点数は100万点以上に上るという。


ECサイトではさまざまな商品を販売している(トーキョー・オタク・モード提供)

海外へ発信する窓口となっているのが、SNSだ。トーキョー・オタク・モードは2011年にフェイスブックページを開設し、日本のアニメや漫画、ゲームに関する情報を翻訳し、海外に向けて発信してきた。2018年8月現在、フェイスブックページのファン数は2000万人以上。その99%が海外ファンによるものだ。ツイッターのフォロワーも8万8000人を超える。

フォロワーがアクティブなのも特徴的で、1つの投稿に対して数千に上るコメントが寄せられることも。「実店舗なら人通りの多い場所に新規開店すれば自然と気づいてもらえますが、オンラインストアはただオープンしただけでは誰にも認識されません。Tokyo Otaku Mode Shopは2013年に開設しましたが、その時点で多くのファンがついていたため、広範囲にPRすることができました」と、同社CEOの小高奈皇光氏は話す。

海外ファンはアンケートにも積極的で、「いま注目しているアニメは?」といった質問に、5000前後の回答が返ってくることもある。オリジナル商品を企画するときは、こうしたファンの声が貴重なマーケティングデータとなっており、たとえば、TVアニメ「狼と香辛料」のヒロイン・ホロのフィギュアを企画した際は、試作した段階でファンから募った意見を参考に最終形を完成させた。寄せられたコメントは、255件にも上った。


試作段階では尻尾が下を向いていたが、活発なキャラクターらしさを出すため上向きに(トーキョー・オタク・モード提供)

海外の人は「直球の商品が好き」

同社が取り扱う商品は、雑貨やアクセサリー、フィギュアなど多岐にわたるが、海外ではどんな商品が、ウケがいいのだろうか。CCOのモリサワ氏によると、日本ではよく見ないとグッズだと気づかない商品が人気だが、海外では直球の商品が好まれるという。


魔法使いの嫁・オリジナルデザインウォッチ(トーキョー・オタク・モード提供)

「日本人はオタバレせずに好きな作品のグッズを身につけたいという人が多いのですが、海外のファンからは“もっと作品を前面に押し出してほしい”と言われます。彼らは基本的に“好きなものを好きと表明して何が悪い”というスタンスですから」。

トーキョー・オタク・モードは、クールジャパン機構から得た資金を、主に物流システムの強化に充てた。国内に1拠点、北米に1拠点、自社開発オペレーションシステムで稼働する倉庫を設置。発送する国に合わせた梱包を行い、1日400点以上の商品を輸送している。海外EC事業に乗り出したことで同社の売り上げは数十倍となり、版権を持つ会社にもロイヤリティが還元されている。「ロジスティクスの整備は、国の支援がなければできなかったこと」と小高氏は振り返る。

では、日本のポップカルチャー全体は、いま海外においてどんな状況なのだろうか。日本アニメーション振興会が毎年7月にロサンゼルスで開くコンベンション「アニメ・エキスポ」の来場者数は右肩上がりで、今年は4日間で15万人を記録した。来場者の熱量は高く、日本のコミケよりもコスプレを楽しむ人が多いという。パリを舞台に開かれる「ジャパンエキスポ」もポップカルチャーを中心に日本の文化全体を紹介するイベントだが、来場者は20万人を超える。

こうした中、動画配信サービスのネットフリックスは今年、日本のアニメプロダクション2社と提携、作品を共同制作し、全世界に配信する予定だ。日本のアニメやマンガなどを配信するアメリカのクランチロールも無料会員が2000万人、有料会員が100万人と快進撃を見せている。

一昔前まではこうした配信サービスがなかったため、海外には海賊版があふれていた。それが日本アニメのプロモーションにつながっていた側面もあるという。経済産業省では、10年程前から海賊版対策を強化しているが、すでにある程度マーケットが形成されていたため、海賊版が減るのと反比例するように、正規の配信元が増えているわけだ。

「正規配信されることで日本の制作会社にロイヤリティが入るし、作品を気に入ったファンは関連商品を購入してくれます。追い風が吹いている状態ですね」と小高氏は話す。

多様性は日本のアニメの特徴

中には、クランチロールなどのサービスを「黒船」と呼び警戒する向きがある。が、小高氏は「作品も知ってもらえないし、関連商品も売れない。外資も入れて盛り上げてもらったほうが、日本のアニメは世界に行ける。俯瞰して考えるべきです」と前向きにとらえている。


小高氏(撮影:田所千代美)

また、人気アニメ「機動戦士ガンダム」やライトノベルの「All You Need Is Kill」など、日本の作品がハリウッド映画の原作となるケースも。アメリカ企業はこぞって日本のコンテンツ産業に興味を示している状態と言えるだろう。

しかし、自国のコミックやアニメもある中、日本のポップカルチャーにこれだけ注目が集まるのはなぜなのだろうか。

「北米はこれと思った作品に百億円かけるような一点集中投資型です。一方、日本は分散投資・多品種生産型で、1年に250もの作品が登場します。そして、アクション、スポコン、萌え、日常系、ファンタジーと内容がバラエティに富んでいる。こうした多様性は日本の文化の特徴と言えるかもしれません」と小高氏は説明する。

「宗教においても八百万の神を大事にしていますよね。多様な作品群が、アメコミやハリウッドなどのマス文化になじめなかった人の受け皿となっているのだと思います」

また、モリサワ氏も「日本には、弱虫の主人公がさまざまな経験を通して精神的に成長したり、弱いからこそ仲間と協力して何かを成し遂げたりする物語がたくさんあります。筋肉ムキムキのアメリカンヒーローに自己投影できなかった人たちから、『日本のアニメは自分たちのような強くない人たちのことをきちんと描いてくれた、だから日本のアニメやマンガが好きになった』という話をよく聞きます」と指摘する。


モリサワ氏(撮影:田所千代美)

とはいえ、日本ポップカルチャーは海外においていまだマイナーで、市場もニッチ。しかし、面白い作品はSNSで話題となり、その作品を好むファンの元へと届く。ニッチな市場が世界中にあるため、ビジネスとして成り立つのだ。グローバル化とソーシャル化が進んだことが、日本のコンテンツ業界の多品種生産モデルに有利に働いていると言えるだろう。

文化の輸出や普及は成果が出るまでに時間がかかる

日本のコンテンツ産業の海外市場規模は2016年時点で約64兆円。今後アジアを中心に市場が拡大し、2022年には約81兆円になると予想されている。「クールジャパンという括りの中でも、ポップカルチャーに限って見れば順調だ」というのがトーキョー・オタク・モードの見解だ。

「それに、文化の輸出や普及は成果が出るまでに時間がかかるもの。こうした長い期間を要する取り組みができるのは政府の強みです。それなのに、数年で評価するのは少し可哀想というか、本末転倒ではないでしょうか。市場が拡大している現在は、投資スタンスを崩すべきではないと思います」(小高氏)

ただし、トーキョー・オタク・モードが順調に利用者を増やしているのは、クールジャパン機構や戦略があったから、とも言い切れない。同社の場合、日本のコンテンツや商品の中でも比較的しっかりとした市場があるアニメなどを取り扱っているというバックグラウンドに加えて、SNSというチャネルがユーザー層とマッチしたというマーケティングの妙がある。だからこそ、政府から得た資金で物流施設などを立ち上げたことに意味があったわけだ。

とはいえ、そんな同社もその幅こそ減っているものの、赤字ではある。それを「成功」ととらえるか、「失敗」ととらえるか意見は分かれるところだろう。だが、クールジャパンを単なる事業ではなく、小高氏の言うとおり、「文化の輸出や普及」という目線で見るならば、長期的な視野に立った戦略や説明が必要ではないか。

こうした中、政府においてはやみくもに「ジャパンぽいもの」に投資をするのではなく、しっかりとした市場調査やマーケティングを行っている会社を見極めなければならない。同時に、「赤字=失敗」と単純に切り捨てるのではなく、何をもって投資回収したと考えるか、そのゴールをしっかり定めるべきだろう。