急がない──103年ぶりの快挙が目前でも、体力的にきつい最終回でも、金足農のエース・吉田輝星(こうせい)に焦りはなかった。

 1点リードで迎えた9回裏。先頭打者を打ち取り、7番・飯村昇大もピッチャーゴロ。吉田が難なく捕球し、誰もが「あと1人」と思ったが、一塁ベースに人がいない。ファーストの高橋佑輔が飛び出してしまったのだ。痛恨のミス。だが、吉田の顔色は変わらなかった。


強打の日大三打線を1失点に抑えた金足農のエース・吉田輝星

「悪い」と謝る高橋に対し、こう声をかけた。

「全然余裕。いつも来ないくせに、何で出てんだよ」

 高橋は一、二塁間の打球に対し、ボールを追わず、すぐにベースに入るクセがあった。それをからかって流す余裕があった。

 続く代打・前田聖矢の内野安打で一死一、二塁とピンチは広がったが、勝負を急がず、後続を打ち取った。

「みんな焦りがあったけど、自分がカバーしようと思った。自分から『もう1回、リラックスしていこう』と声をかけました」(吉田)

 この場面、ミスが出た内野陣とは対照的に、外野陣は冷静だった。

 一、二塁と同点の走者が二塁にいたが、外野手は深めに守る長打警戒シフト。「同点はOK。逆転は許さない」という隊形を整えていた。

 高校生は「勝ちたい。追いつかれたくない」と思うと、守備位置が知らず知らずのうちに前になってしまうもの。だが、金足農の外野陣は最悪の状況を考えて守っていた。

 指示を出したのはベンチではなく、センターの大友朝陽(あさひ)。なぜ、それができたのか。それは、昨秋の苦い経験があったからだ。

 秋田県大会準々決勝の角館戦。金足農は7回まで4対0とリードしながら、8回表に5点を奪われて逆転負けを喫してしまった。大友が言う。

「ライトがライン際に寄りすぎていて、右中間の普通に捕れる打球(シングルヒットの打球)を長打にしてしまったんです。記録に残らないけどミス。あのときはミスから始まって逆転されてしまった。それからは、外野3人で声をかけあって守備位置を確認しています」


秋田県勢103年ぶりの決勝進出を果たした金足農

 追いつかれても、勝ち越されなければいい。そう思えるようになったのが彼らの成長であり、焦りを生まなかった大きな要因だ。

「秋の自分らだったらファーストのミスから逆転されていると思います」(大友)

 勝負を焦らなかった場面はもうひとつある。 1点リードで迎えた4回裏二死一、三塁での吉田の投球だ。打席には2回戦の奈良大附戦で本塁打、準々決勝の下関国際戦で同点の2点タイムリーを放った高木翔己が入っていた。背番号14ながら、好調さを買われてこの試合でスタメンに抜擢された高木には、2回の第1打席で二塁打を打たれている。

 ボール、ストライク、ファウル、ファウルでカウント1-2となった5球目。ここが見せ場だった。高木に対して、なかなか5球目を投げない。投げたのは一塁へのけん制。それを3度も続けた。ようやく投げた球は外角高めに外れるボール球のストレートだったが、高木は思わず手を出してしまった。

「けん制が多いのは嫌でした。早く投げてほしかった。調子がよかったので、どんどん投げてくれれば打てる自信があった。あそこでタイミングをずらされてしまった。そこでクイックで投げてきたので立ち遅れしてしまいました」(高木)

 打者をじらす巧みな投球術で空振り三振。同点にされることなく、常にリードを保つことで日大三に流れを渡さなかった。

 苦しい場面は誰もが早く終わりたいもの。それが投げ急ぎになったり、ストライクを揃えすぎたりすることにつながるのだが、吉田にはまるでそれがなかった。

 準々決勝までの4試合で615球。この試合でも134球を投げながら、だ。

「(吉田は)冷静だよね。もうちょっと慌ててくれたらねぇ」

 敵将の小倉全由(まさよし)監督の言葉がすべてを物語っていた。

 急がず、ゆっくり時間を使った吉田が、秋田県勢103年ぶりの決勝進出をつかみとった。