ただでさえ人手不足なところを直撃します(写真:recep-bg/iStock)

サービス業、小売業、飲食業――。アルバイト・パートに頼りがちなこれらの産業が、2年後に迫る「空前の人手不足」に戦々恐々としています。

もともと、これらの産業では足元でも人手不足に悩まされています。たとえば飲食店ホールスタッフの有効求人倍率は直近で、なんと7.78倍。2018年の今ですら8店舗で1人の従業員を奪い合っている状態なのに、さらに人材ニーズが逼迫するのです。

きっかけは東京五輪パラリンピック

きっかけになるのは、2020年夏に開催が予定されている東京五輪パラリンピック。大会前後には、訪日外国人を含めた観光客が大量に押し寄せてきます。リクルートワークス研究所の推計によると、関連してサービス業で16万7530人、卸売・小売業8万5440人、飲食・宿泊業3万6190人と、これら「おもてなし産業」と総称してもいい分野で計28万9160人の労働需要が見込まれています。


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これだけではありません。もう1つ大きな爆弾もあります。それが東京五輪にかかわる大量のボランティア募集です。

五輪開催まで残り2年となった今年7月24日、大会ボランティア特設サイトが開設されました。同9月にはいよいよボランティアスタッフの募集が始まります。

会場案内や運営サポート、車両の運転、救護など9分野で計8万人を募るとのことです。大会ボランティア以外にも、東京都をはじめとした競技施設のある自治体が、都市ボランティアを募集します。空港や主要駅で国内外からの旅行者に対する観光・交通案内、競技場最寄り駅で観客への案内などを担うボランティアで、3万人以上の募集見込みとなっています。

大会ボランティアと都市ボランティアを合わせて、その数は11万人。2012年のロンドン大会が7万8000人、2016年のリオ大会が5万2000人だったことと比較しても、東京大会の募集規模の大きさがうかがえます。

「おもてなし産業」でパート・アルバイトとして働く人たちの層と、東京五輪にかかわるボランティアをしてみようと応募する層は重なるとみられています。その中で、一生モノの経験ができる機会ですから、手を挙げようという人はかなりの数に上るでしょう。

ただでさえ14万人以上の働き手が必要になる試算が出ている中で、「おもてなし産業」に従事している働き手が大量にボランティアに応募したら、職場では大会期間中のシフトが埋まらず、店舗運営に大打撃を与えることになります。

大会ボランティアの募集条件は「1日8時間で計10日以上の活動」を求めています。この表記から最低10日は大会ボランティアとして駆り出されることがわかります。1日8時間とほぼフル勤務状態なので、1人当たり80時間の労働力がボランティアに割かれます。

一般的なアルバイトスタッフの労働時間は、週当たりで4日×5時間の計20時間くらいが平均的です。つまり、アルバイトスタッフ1カ月分の労働力×11万人がボランティアに持っていかれることになります。

この東京五輪に伴う大量のボランティアを警戒しているのが、東京ディズニーリゾート(TDR)です。圧倒的な人気を誇っているアルバイトブランドで、これまで採用に苦戦したという話は聞いたことがありません。

ディズニーで働いてみたいという人気の源泉は、“ゲストに感動を届けることで自分も感動したい”という感動体験願望。これが4年に1度の世界的なイベントのボランティアで得られるであろう感動体験と一部で重なると予想されるのです。

2020年の東京五輪開催が決まったのは2013年。筆者はこの直後に東京ディズニーリゾートのキャスト採用責任者とお会いする機会がありましたが、彼はその時点ですでに、この点が採用に及ぼす影響について危機感を募らせていました。

アルバイト人気で絶対王者の東京ディズニーリゾートでさえこの状態。飲食店や小売り店など大量のパート・アルバイトスタッフを抱える業態の店長はどう対処すればいいのでしょうか。

ある飲食チェーンのA店長に、この東京五輪ボランティア募集の話を振ってみたところ、「それどころではない!」との答えが返ってきました。足元で人を確保するだけでも精いっぱいな状況だからです。

大会期間だけでなく前倒しで拘束時間が発生する

といって、2年後の話だと悠長なことを言っている場合でもないのです。なぜなら大会の雰囲気を醸成する一翼を担うボランティアスタッフには、活動のクオリティを担保するために研修受講が義務づけられています。

また2019年に開催されるラグビーワールドカップ日本大会と連携するという方針が打ち出されています。東京五輪の1年前に開催されるこのビッグイベントでもボランティア活動を行ってもらうことで、習熟度を増そうという狙いです。つまり大会期間だけでなく、来年の2019年から前倒しで拘束される時間が発生するのです。気づかないうちに「ボランティアのため、シフトに入れません」というパート・アルバイトスタッフが出てくる可能性が大です。

やっかいな点は、東京五輪の開催に前後して発生する人材需要が一過性であるということです。五輪が終われば人手不足は一気に緩和されます。右肩上がりの経済成長局面においては、人手不足に対応できたら成長によって人材増分を吸収してくれます。しかしオリンピック後の経済動向が不透明な日本においては、いかに構造的人材難に直面している「おもてなし産業」といえども、その後の雇用を維持できるかどうか微妙です。

現状の慢性的人手不足にどう対処すべきか、究極に忙しくなる五輪時期をどう乗り切るか、五輪後の景気後退にどう備えるか。現場の店長にとってみれば、東京五輪はジェットコースターのような現場運営を迫られる、非常にやっかいなイベントなのかもしれません。

「そりゃオリンピック期間は忙しいだろうし儲けたいけど、どうすりゃいいのかわからなくなりました。そもそも自分もホントは観に行きたいですからね」。目先の忙しさにいっぱいいっぱいなA店長は、半ばあきらめ顔です。