年収1億円の農家を生む「直売所」の奇跡

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約1100店のスーパーにある「農家の直売所」をご存じだろうか。2016年に農業ベンチャーとして初の株式上場を果たした農業総合研究所が運営する特設コーナーだ。11年前に50万円ではじめたビジネスは、売上高70億円へと拡大。及川智正社長は「今年は1億円プレイヤーが生まれるはず。農業は儲かるんです」と断言する。その理由とは――。

※本稿は、2018年2月21日に行われた和歌山県出身の若手ビジネスパーソン向け講演会「わかやま未来会議」の講演抄録です

「農家の直売所」の売り場の例(画像提供=農業総合研究所)

■「寿退社」を選んでキュウリ農家になった

当社は2016年に農業ベンチャーとして初めて上場を果たしました。創業から9年目の上場です。主力事業はスーパーの売り場にある「農家の直売所」。農家が収穫した野菜や果物などを翌日届けます。新鮮な野菜や完熟した果物が消費者に受け入れられ、創業時、2店舗だった取扱店は1100店舗まで増え、当初20人だった農家は7200人まで増加しました。

私は東京生まれの埼玉育ち。農業大学を出ましたが、まじめな学生ではなく、卒論をまとめるときに日本の農業の現状を知ったくらいです。農業人口は減る一方で従事者は高齢化が進み、耕作放棄地は増え、食糧自給率は減少しているという、農業の未来に関して悪いデータしか出てこなくて愕然としました。そのとき「日本の農業をどうにかしなければ」という気持ちが生まれたのです。しかし農業関係には就職できず、工業用ガスを扱う専門商社で営業の仕事に就きました。

仕事は面白かったのですが、農業への思いは消えず、結婚相手の実家が和歌山のキュウリ農家だったので、私が寿退社してキュウリをつくることになりました。

■いくらキュウリを作っても年収は40万円

和歌山に移ってからは、キュウリをつくり農協へ出荷する毎日です。真っすぐのキュウリが100本、曲がったキュウリが50本と納め、伝票をもらって帰る。誰が自分のつくったキュウリを食べているのか、わかりません。誰からも「ありがとう」と言われない仕事はつらいと思いました。

そこで2年目、独立して生産から販売までを自分で手掛けることにしました。でも1年しか農家経験がない私にとって、独立は甘くなかった。曲がったキュウリばかりが採れますし、今まで農協にしか卸していなかったから、キュウリをどこへもっていけばいいのかも皆目見当がつきません。スーパーなら買ってくれるだろうと、ドアノック営業もしました。この年の年収が40万円。さすがに落ち込みました。

■農家は高く売りたい、八百屋は安く買いたい

それでも2年目はスーパーから「曲がったキュウリ、評判よかったよ。また持ってきてよ」と言われるようになり、収入も増えました。キュウリを使って漬物やサラダもつくりました。そのとき、「これだ」と思いました。「お客さんの要望に応えれば『ありがとう』と言ってもらえるのだな」と。

このやり方なら日本の農業の仕組みを変えられると思いました。けれど他の若い生産者は、近所や、何より父親との関係もあり、私のようなよそから来た者と違って好き勝手できない。生産現場から農業を変えるのはかなり難しいと感じました。

それなら販売現場から変えようと思い、大阪の千里中央で八百屋を始めました。立場が変われば考え方がガラッと変わるものです。生産者のときはキュウリ1本をできるだけ高く売りたいと思っていたのに、八百屋の店主になった私はできるだけ安く買いたたこうとしたのです。販売からの改革にも限界を感じ、和歌山に戻りました。

■「自分の給料が払えなければ辞める」として起業

生産と販売が交わる流通を変えたいと思いましたが、手元の資金はたった50万円。ビジネスモデルも資金計画も人員計画もまったくない中で、何ができるかを考え抜きました。
家族会議を開き、妻には毎月10万円を渡す、1年やって自分の給料が払えなければ辞めるという条件で起業しました。

ありがたかったのは妻が嫌な顔一つせず、「好きなことをやってみたら」と背中を押してくれたことです。最初に始めたのが農家の営業代行コンサルタントです。農家が作ったみかんを百貨店に納入し、コンサルタントフィーをもらうビジネスです。

百貨店との契約が取れました。ところが、農家からフィーの入金がないのです。地方ではコンサルタントという仕事が理解されなかったのです。しかたないので農家に行って「お金はいいですから、そこにあるみかん、30箱ください」とお願いしました。

■「あいつに預ければ高く売ってくれるらしい」

農家も私には世話になっていることは感じていて、「50箱持って行っていいよ」と言ってくれました。和歌山の駅前でゴザを敷き、みかんを一盛り300円で売りました。そのうち農家の間で、「あいつに預ければ高く売ってくれるらしい」とウワサが広まり、農作物を持ってくるようになったのです。私が欲しいのは現金でしたが(笑)。

これは和歌山ではなく東京や大阪で売ったらもっと売れる。そう考えて始めたのが「農家の直売所」です。最初はトラックの運転から何から自分一人でやっていました。

ターニングポイントは3年目。「和歌山で面白いことをやっているやつがいる」と新聞やテレビ、ネットの取材を受けるようになりました。と同時に、「自分も日本の農業を変革したい」という頼もしく優秀な仲間が集まってきました。そこから成長が加速し、創業9年目の上場まで一気にたどり着いたのです。

■ITを駆使して農家と消費者を直接結ぶ

東証マザーズでは、農業総合研究所の銘柄は卸売業に分類されています。ただし、在庫を持たない日本で唯一の卸売業です。農家の「委託販売プラットフォーム」が事業の形態です。ITを駆使して農家と消費者を直接結んでいます。

農家は芽室から石垣島まで全国72カ所の集荷場へ出荷します。その際、好きなスーパーを選べますし、好きな農作物を出荷でき、好きな価格を付けることができます。農家は携帯やタブレットで店舗情報や売り場情報を知ることができます。

店舗に行かなくても、店舗の規模がわかりますし、売り場で自分が出荷した農作物がどのくらい売れているか、他の農家はいくらで売っているかなどがわかります。そしてそれらの情報を翌日の出荷に活かせるのです。

■今年は農家の1億円プレーヤーが誕生する

それだけでなく、農作物に付けるバーコードには農家や作物の情報が入っています。消費者はスマホで野菜や果物をつくった人の動画を見ることができます。お気に入り登録しておけば農家から農作物の育成具合や「明日、トマトが最寄りの『農家の直売所』に入ります」といった情報が届きます。バーコードを介して農家のファンづくりもできるのです。

出荷した青果物が売れると、農家に60〜65%が入り、残りの35〜40%をスーパーと当社で分けます。この仕組みで儲かる農家が増えています。一番稼いでいる農家の年間売上は8000万円近い。今年は1億円プレーヤーが誕生するのではないでしょうか。本来、農業は儲かるのです。

今、日本で流通する農産物、水産物を合わせると末端の金額で100兆円と言われています。その1%にあたる1兆円を、当社で扱うのが私の夢です。

人から「たった9年で上場してすごいですね」と言われることがあります。成功の秘訣を振り返ると、農業への情熱とお金がなかったことの2つだと思うのです。資金が乏しかったから在庫も持たないし、ITも流通も外注する「持たない経営」を実現できました。創業のときベンチャーキャピタルから潤沢な資金を得ていたら失敗していたかもしれません。

マイナスは必ずしも悪いわけではないし、プラスが決して良いわけではありません。そこを理解することが、経営する者として一番大切だと思います。

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及川智正(おいかわ・ともまさ)
農業総合研究所 社長
1975年生まれ。1997年東京農業大学農学部卒業、巴商会入社。和歌山県での就農経験などを経て、2007年農業総合研究所を設立し、現職。2016年農業ベンチャーとして初の東証マザーズ上場を果たす。

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農業総合研究所 社長 及川 智正 構成=Top Communication 撮影=向井 渉)