40代になったら普通にしていても不機嫌に見えてしまう?(写真:新潮社写真部)

自身が住むアパートの大家さんとの何げないやり取りを描いたマンガ『大家さんと僕』。同作の著者、お笑い芸人のカラテカ・矢部太郎さんが持つ穏やかな雰囲気も話題となっています。今回は『不機嫌は罪である』が話題となっている明治大学文学部の齋藤孝教授と、ニッポンの職場における「不機嫌・上機嫌問題」について語り合いました。

40歳過ぎたら全員、“不機嫌”と思え

矢部:僕、今年で41歳になったんですけど、先生の著書『不機嫌は罪である』を読んだらびっくりしたんです。いきなり「男性は40歳過ぎたら、普通にしてても不機嫌に見えると思った方がいい」と書いてあって。

齋藤:40歳を過ぎた男性の“普通”って、すでに不機嫌なんです。実際に不機嫌じゃなくても、不機嫌に「見えている」。講演会で、一度に何百人もの中年男性を前に話すことがあるんですが、反応が重くて(笑)。同じ内容を女性に話したら何回も爆笑が起きるのに、男性はシーン……。飲み会でも、ムスッとしたおじさんが帰るとすごくリラックスすることがありませんか?

矢部:確かに不機嫌な人といると疲れます。でも、大人の貫禄もつけたいなぁ……。

齋藤:実は貫禄がないほうが、かえって相手にプレッシャーも与えなくて良かったりするんですよ。

矢部:僕も芸歴20年以上なのに、子どもにさえナメられます。

齋藤:でもナメられるのって、今の時代プラスだと思うんです。子どもが近寄ってくるんでしょう? 怖がられないのは、イコール品のよさ、親しみやすさでもあるんじゃないでしょうか。不機嫌なおじさんに子どもは近寄りませんから。

矢部:仕事でも、機嫌の悪そうな先輩には話しかけづらいですね。

齋藤:無理に貫禄をつけようとムスッとしてるより、おだやかでちょっと気の抜けた上司のほうが断然話しかけやすい。話しかけやすさは今や、仕事がスムーズに進むか否かに直結します。組織心理学の見地からも「職場の空気が重かったり、不機嫌な人がいると組織全体のパフォーマンスが下がる」と言われているそうです。上機嫌でいることは今や「職務」なんです。

矢部:齋藤先生は上機嫌であるために、普段から何かされてるんですか?

齋藤:よくクラシックを聴きます。モーツァルトの交響曲やバッハのゴルトベルク変奏曲を聴いていると、何か途方もなく大きくて緻密な、異なる時空間に連れていかれるように感じるんです。日常の喧騒から離れた場に身をおくことで、気分も上向いてきます。

「大家さんと会うときは機嫌よくいたい」


齋藤教授は、よくクラシックを聴くという(写真:新潮社写真部)

矢部:僕は大家さんといるとき、どこか時間がゆったり流れるように感じます。

齋藤:矢部さんの上機嫌の秘訣は、やはり大家さんなんですね。

矢部:大家さんと会うときは機嫌よくいたいなと思うんです。僕はお腹がすくと不機嫌になっちゃうので、いつもご飯を食べてから大家さんに会うようにしています。

齋藤:あえて食事してから会うんですか(笑)。だいたい機嫌が悪くなるときって、寝不足だったりお腹がすいてるときが多い。日頃から体を整えておくのは大事ですよね。

矢部:僕は、朝お風呂に入ることが多いんですけど、そうすると1日上機嫌でいられるような気がします。

齋藤:お風呂に入るのは効果的ですね。人間の身体には、「温まりたい」という欲求があって、人は食べ物からエネルギーを摂取して熱に変え、体温を維持している。栄養をとらず、運動もせずに冷えた体は、全体として淀み、不機嫌にもつながってしまいますから。

矢部:体が冷えて気分も下降ぎみになったら、どうすればいいんでしょう?

齋藤:日本人はいま、長時間のデスクワークで体が凝り、体温も下がっている人が多い。なのでまず体を「ひらく」ことが大切ですね。仕事の合間に立ち上がって、肩甲骨をほぐして全身を揺さぶったり、軽くジャンプするだけでも体が開放的になります。体がひらくことで、呼吸も深くなる。深い呼吸はこころに集中とリラックスをもたらし、上機嫌にもつながってきます。矢部さんは、体に軽(かろ)みがありますよね。

矢部:え、そう……ですかね?

「できるだけ目立ちたくない」という気持ちがある

齋藤:矢部さんがいらっしゃるとスタジオがふわっとした空気になるんです。「世界一受けたい授業」のときも、柔らかい雰囲気で。

矢部:なってましたか? 僕はもういっぱいいっぱいで……。


「できるだけ目立ちたくない」という矢部氏(写真:新潮社写真部)

齋藤:テレビってどんどんテンポが早くなっちゃうんですが、みんながワーッとしゃべっているときにふっと矢部さんが話されると、みんなが一息入れられるように思います。

矢部:それって、僕が遅いってことじゃ……。

齋藤:いや、おそらく矢部さんの雰囲気が、ガッついてないんです。テレビって、時間というパイを奪い合い、いかに爪痕を残すかの勝負みたいなところがあるでしょう。矢部さんからは良い意味でその意気込みが感じられないんです。

矢部:「できるだけ目立ちたくない」という気持ちはつねにあります。消え入るようにスタジオにいて、そのまま終わればいいと思っています。

齋藤:品はすごくいいんですけど、矢部さん、芸人ですからね(笑)。

矢部:そうなんです、大問題なんです……(笑)。新しく何かに挑戦するのも、気分を上向きにするにはいいんだということも書かれていましたが、確かに僕、マンガを描き始めたときに、不思議な高揚感があったんです。

齋藤:そういえば、手塚治虫文化賞の贈呈式での矢部さんのスピーチは、非常に印象的でした。矢部さんは、事あるごとに大家さんから「矢部さんはいいわね、まだまだお若くて何でもできて。これからが楽しみですね」と言われていた。その言葉を聞くうちに、本当に何でもできるような気がしてきたとおっしゃっていましたね。

矢部:90歳近い大家さんにしたら、確かに僕ってまだまだ若い。だから当時、本当は38歳なのに、18歳だと思い込むようにしました。そしたらふっと「何でも挑戦できるし失敗もできる」と前向きになれたんです。大家さんの言葉があってこそ、マンガにも挑戦できた気がします。

若くて元気な学生といることで、若返ってくる

齋藤:余計なものをスッパリ断って「自己肯定」すれば、チャレンジ精神も自然と湧いてきます。僕の場合は矢部さんと逆で、いつも一緒にいるのが大学生なんですよ。1年生から教え始めて、22歳まで育てたと安心したら、新学期になったとたん相手が18歳に逆戻り。いつも僕だけが実年齢的に年をとって、相手は永遠に若さを保っているんです。すると、何が起きるか。若くて元気な彼らと一緒にいることで、僕自身も若い気がしてくる(笑)。

矢部:まるで若返り装置!


齋藤:そんな環境だからつねに上機嫌なんです。昨日も授業後にエレベーターを待ってたら「先生っていつもハッピーですねぇ」と学生にあきれられました。ただ体を動かしながらエレベーター待ってただけなのに。

矢部:いや、それは「ハッピー」です(笑)。何かいいことあったんですか?

齋藤:特にないんですけど、僕は授業するだけで機嫌がよくなるんですよ。楽しくてノリノリになっちゃうんですよね。

矢部:ノリノリなのはともかくとして(笑)、先生の上機嫌さは学生にも伝わるかもしれませんね。

齋藤:理由もなく不機嫌な顔をしたり、下の人に無理やりハッパをかけたりしても悪循環になるだけです。セクハラ、パワハラも社会問題になっていますし、高圧的な態度で人を動かす時代はもう終わりと思ったほうがいいでしょうね。

昔は「北風」で部下が動いていたのかもしれませんが、今は「太陽」のように穏やかでニコニコした人のもとで働きたい人がほとんどでしょう。威張らず、柔らかく、上機嫌に部下に接してみる。それは仕事を円滑に進めるために大変有効ですし、結果として自分自身のアンチエイジングにもなるんですよ。

名物塾講師が1年間同じ型の服を着続けたのは

矢部:「上機嫌が人を動かす」という意味では、僕にとっては大家さんがまさにそういう存在だったんですね。安定して上機嫌な大家さんと接することで、こちらも気分が上向きなまま自分の仕事に打ち込めた気がします。

齋藤:安定感のある人といると自分も安心しますよね。駿台予備校の英語講師で、伊藤和夫先生という名物教師がいました。『英文解釈教室』などの参考書で有名な方で僕も授業を受講していたのですが、彼は1年間、まったく同じ型の服を着ていたんです。授業の口調も一定。不思議に思っていたらあるとき、「私は職業倫理でそうしています」とおっしゃった。つまり、教師も人間なので感情の起伏はあるけれど、そんなことは生徒に関係ない。だからできるだけそれを見せないよう、つねに一定の状態で接するんだと。


矢部:ズボラなのかと思いきや、実はそれによって周囲を安心させていたんですね。

齋藤:その意味で矢部さんの大家さんの持つ「安定した上機嫌」は、今こそ必要とされていると思うんです。つねに上機嫌でいることが人を前向きに動かし、働きやすい環境を作り出す。ビジネスマンが目指すべき理想像は、大家さんかもしれませんね。

矢部:まさか大家さんの上機嫌がビジネスに役立つとは! 先生の『不機嫌は罪である』も働くすべての人に読んでほしいです。不機嫌な人が1人でも少なくなれば……とりあえず、ほんこんさんにはマストで読んでもらいます!(笑)

(構成:出来幸介)