仙台では3バックの一角、もしくはボランチで起用される板倉。移籍によって大きな飛躍を遂げようとしている。写真:徳原隆元

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[J1リーグ19節]仙台1-2名古屋/8月1日/ユアスタ
 
「もっとできているところを見せたかったんですけど、今日のプレーだったら風間さんもがっかりしたと思うので。またどこかで見てもらえたら良いなと」
 
 名古屋にとって16試合ぶりの勝利を献上してしまった仙台の6番・板倉滉は試合後にこう口にした。この日の対戦相手を率いたのは、自身の川崎時代におけるプロデビュー時の指揮官である風間八宏監督である。自身の成長に一役買ったかつての恩師を前に更に進歩したその姿を見せつけるために、得点も狙っていたようだが、それは叶わず、80分でピッチを退いた。
 
 この試合については2失点目にも絡んでしまい、板倉本人としても反省点は大きいようだった。ただ、プロ入り4年目で初めて生まれ育ったクラブである川崎を離れて修行先に選んだ仙台の地で、彼は間違いなく成長をしている。
 
「こうやって試合に出してもらえているし、その中で自分ができることはまだまだ足らないなと思っているし、(試合に)出て分かることもある。そこは仙台に来て思いました。フロンターレとまた違ったサッカーでもあるので、自分のためにもなっているなと。試合に出てまだまだと感じられるのも1つだし、どうにかもっと個人的にもレベルアップしなければいけないなと」
 
 緻密な戦術を持つ仙台では、ボランチと3バックの一角から高精度のフィードとドリブルでの
持ち運びでチャンスを創造できる唯一無二の存在として地位を確立。だいぶ昔の話ではあるが、FW時代に培ったゴール前での嗅覚もある。186センチの長身で競り合いに自信を持ち、“止めて蹴る”の基礎技術も高い。そして軽い身のこなしで相手のプレスを剥がすこともできる、かなり希少価値の高い存在だ。
 
 しかし、そのすべてが毎試合うまくいくことは無いし、当然だが試合に出続けていればほころびも生まれる。川崎時代は主力で無かったため、ひとつ際立つプレーをすれば周囲の評価は簡単に上がった。それはベースの期待値が低かったから、である。しかし今の仙台において彼は重要な主力選手の1人であり、先述したようなプレーをコンスタントに出すことを期待されている。それは心得ているようで、だからこそ自己に対する評価も厳しい。
 
「試合に出るのが当たり前くらいにならないといけないと思うし、今日みたいに交代させられては絶対に駄目。試合に出ていても一番目立たないと、その先はなくなると思うので。そこはすごく意識しています。持ち味である攻撃参加もデュエルで負けないところも。そこをしっかりやらないといけないなと思う」
 
 現在21歳の板倉は東京五輪の出場資格を持つ世代でもあり、かねてからこの大会を目指す年代の代表にはコンスタントに呼ばれ続けている。故に本人としても仙台で活躍することは2020年のメンバー入りに近づけるという意味も持っていた。しかし、このほど、目指すところに変化が生まれたという。
 
「今回ワールドカップを見て、あの舞台に立ちたいなとすごく強く思った。もちろんオリンピックも目指しますけど、その前にA代表に入りたいし、そうすればもっともっとチャンスは広がってくると思う。目標は高くというか、そこを目指してやらないといけないなと」
 
 五輪の前にA代表へ、というこの決意だが、彼がプロに入りたての頃を考えるとこんな言葉が出てくるのは感慨深いものがある。本人としてもその当時を振り返ると、まったくの想定外とも考えているようだった。
 
「正直、1年目の時を思うと(代表を現実的に目指せるようになることは)まずありえない。プロに入った時は試合に出られないと思っていたし、出てもできないなと思っていた。それがこうやってちょっとずつチャンスをもらって試合に出ていくことによってスピード感にも慣れた。というかフロンターレの練習の中でスピード感を持ってやれたというのは大きかったですけど、こうやって仙台に来てもできている。でも1年目の僕からしたら考えられないかなと」
 
 五輪代表を率いる森保監督がA代表を兼任したことも大きい。それについては「チャンスと思うしかないし、そこを狙わない方がおかしいと思います」と口にする。
 
 思い返せば彼が18歳の時、筆者にこんなことを言っていた。
 
「マッチアップしてネイマールを削りに行きたい」
 
 当時は冗談交じりの発言だったかもしれない。それでも、このまま歩みを続けた先の未来に、思い描いていたこのシーンが現実となる可能性は、決して低くはないだろう。
 
取材・文●竹中玲央奈(フリーライター)