高速新線を時速300kmで走行するイタリアの高速列車フレッチャロッサ。ETR400型(左)の設計最高速度は時速400kmを誇る(筆者撮影)

イタリア交通省と同国の鉄道安全機関ANSFは2018年5月28日、イタリア国内における時速350km運転の無期限延期、およびこの先の速度向上テストの中止を発表した。


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イタリア国内における時速350km運転への取り組みは、これまで最新のETR400型(フレッチャロッサ・ミッレ)によって行われてきた。2016年2月にはイタリア国内最高速度記録となる時速393.8kmを記録しており、350km運転の認可を取得するための条件である営業速度+10%(350km×10%=385km)に到達している。

実際、ETR400型は最高速度400km、営業最高速度360kmで設計されており、車両側のスペックとしては、条件を余裕でクリアしている。

しかし交通省およびANSFは、試験走行で技術面と経済面に問題点が浮かび上がったと結論づけている。

時速350km運転はコストに見合わず

技術面においては、高速走行中のすれ違い時に、風圧によって線路のバラスト(敷石)が巻き上げられ、反対方向を走っていた列車に当たり、車体が破損するという事例が発生した。これは軌道がコンクリート製のスラブ軌道ではないことから発生した問題で、その解決にはバラスト飛散防止剤を線路へ塗布しなければならないが、時速350km運転を行う約500kmの区間にわたってこの薬剤を撒くのは、大変な労力とコストが掛かる。

経済面では、たとえば主要区間であるミラノ―ローマ間で350キロ運転を行った場合、現在は2時間55分の所要時間が約10分短縮の2時間45分程度になると試算されているが、前述の薬剤塗布に加え、より多くのエネルギーを消費することから、それらがコストとして跳ね返ってくる。

鉄道の高速化にはそれ相応のコストが発生するが、そのコストを加味してもなお、高速化への意義があるならば、鉄道会社は惜しむことはなく投資するだろう。しかしイタリアは、高速化によってコストに見合うだけの利益を得ることはできない、と結論づけた。

2018年現在、世界最速の列車を運行するのは中国高速鉄道で、すでに時速350km運転を実現している。中国がなぜ、いち早く350km運転を実現できたのか、それは偶然でもなんでもなく、ある意味当然の結果と言えるかもしれない。

まず、中国は圧倒的に国土が広く、離れた主要都市を結ぶ高速列車は停車駅間の距離も長い。発車と停止の繰り返しが最もエネルギーを消費するので、高速運転を行ううえでは最高速度をどれだけ維持できるかが重要な要素となってくる。欧州ではそもそも主要都市間が何百キロと離れているわけではないため、必然的に時速350kmを維持できる区間が短くなり、メリットがあまりない。その点、中国は国土そのものが高速運転に適した土地だったと言える。

また、中国が高速鉄道建設において後発だった点も、高速化に有利だったと言える。建設された各路線とも、バラスト飛散の心配がないスラブ軌道を全線の90%以上で採用、複線の線路中心間隔も、欧州の多くの国は4.2〜4.8mと狭いが、中国では全線で5m間隔となっている。

中国では、さらなる高速化を研究しているようだが、そうなるともう鉄車輪である必要はなくなり、それこそリニアが最適な選択肢の1つとなるのではないか。アメリカもそうだが、リニアは数百キロ程度の短区間を結ぶものではなく、広大な土地があり1000キロ単位の区間を運転することで、その真価を発揮できるのではないだろうか。

中国は上海空港へのアクセス用として、ドイツからトランスラピッド(常電導磁気浮上式リニア)の技術を取得したが、本国ドイツでは実現せず早々に手放したこの技術が、いずれ中国国内の都市間輸送で日の目を見るかもしれない。

欧州は今後どうする?

話を欧州へ戻すと、この先欧州の高速鉄道はどのような方向性へ進んでいくのだろうか。

イタリアは当面、時速350km運転計画の無期限延期を表明したが、これを再開するためには、一部に点在するカーブ区間を改良するなど、350kmをある程度維持できるための路線改良が必要となってくるだろう。だが、そのためには土地収用も必要となってくるため、かなりの時間と労力を費やさなければならず、現実問題としては厳しいと言える。

フランスやドイツは、現時点では計画路線の大半が完成に近づきつつあるので、今後、既存路線の改良を行うかどうかが焦点となってくる。


ドイツのICE(手前)、フランスのTGV(奥)ともに欧州の高速鉄道を牽引してきたが、さらなる高速化には消極的だ(筆者撮影)

たとえば、フランスの高速新線LGVは、最初に開業した南東線とその次の大西洋線(最初に開業した区間)では複線間隔が4.2mであったが、北線では4.5mに、地中海線以降は4.8mと、後発になるほど間隔が広がっており、複線間隔が広い東ヨーロッパ線では、欧州最速となる時速320km運転が行われている。

ただし、既存路線の高速化については、複線間隔の拡大や線形改良など多岐にわたることから、特に金銭的な面で非現実と言わなければならない。

高速化一辺倒から方向転換

一方ドイツは、もともと各地方に都市が点在しており、高速化に対する必要性がさほど高くないことから、時速300km以上での運転を行う積極的な理由が見つからない。


ケルン―フランクフルト間は、ドイツ国内の数少ない最高時速300km運転区間だ(筆者撮影)

現在、同国内で運行される高速列車の多くは最高速度250kmまでの中速列車となっており、ベルリン―ヴォルフスブルク間のように300km運転ができる区間においても、運行は250kmまでとなっている。300km運転が行われているのは、ケルン―フランクフルト間やニュルンベルク―ハレ間など、一部区間のみだ。将来的に、300km以上の速度で運行する可能性はほとんどないと言える。

スペインも、かつて時速350km運転を行うと表明していたが、最近ではまったく聞かれなくなった。スペインの高速鉄道網も建設は一段落し、現在ではフランスとも結ばれたため、今後は在来線との直通運転など、利便性の向上などに注力していくものと思われる。

LCCや高速バスなど、さまざまな交通機関が群雄割拠する欧州。鉄道は、他交通機関とのすみ分けを明確にするなど、高速化一辺倒ではない「鉄道ならではのサービス」を提供できる方向へ転換する時期に来ている。