元競泳代表の伊藤華英さん(左)と産婦人科医の江夏亜希子氏【写真:編集部】

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競泳代表・伊藤華英さんと産婦人科医・江夏亜希子氏が語る「女性の体」問題/第1回

 男子選手とは異なる悩みを抱える女子アスリートの体について考える「THE ANSWER」の連載「私とカラダ」。今回は元競泳日本代表で五輪に2度出場した伊藤華英さんが登場し、日本スポーツ協会公認スポーツドクターの産婦人科医・江夏亜希子氏(四季レディースクリニック院長)と対談。アスリートと医師という異なる立場から、月経との付き合い方、ピルの服用の是非など、競技に打ち込む女性に起こる体の問題について話してもらった。全3回にわたる第1回は「女子アスリートと月経の現状」。

 伊藤さんは北京五輪で月経が重なった経験を持つ。当時の話は昨年に自身のコラムでもつづり、反響を呼んだ。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に務める傍ら、スポーツ庁、東京都などで保護者や指導者を対象に「女子選手と思春期」をテーマに講演も行っている。一方、江夏氏は自身も大学時代まで水泳に打ち込み、日本水泳連盟の連携組織、日本水泳ドクター会議のメンバーとして水泳日本代表のチームドクターを務めた経歴を持ち、女子選手のサポートを手がけてきた。伊藤さんとは代表チームで出会い、現在はかかりつけ医として親交がある。そんな2人が明かした、スポーツ界における女性問題の現状とは――。

 ◇ ◇ ◇

――近年、「女子アスリートと月経」の問題がスポットライトを浴びるようになりました。実際の現場では、どういう現状にあるのでしょうか。

江夏「まず、私の経歴を交えてお話しますと、もともと大学まで水泳選手をやっていました。中学時代、オーバートレーニングで体調を崩したことからスポーツドクターになりたいと思い、医者になりました。思春期から月経痛が強く、月経時に泳いでいいのか周囲から相談されることも多かったことも影響して、産婦人科を選びました。ただ、20年以上前の当時、スポーツ医学で産婦人科が関わっているのはマタニティースイミングくらいでした。水泳選手をはじめ、スポーツ選手が“女性性”に関して困っているとあまり気づかれていなかったんです」

伊藤「当時はそんな感じだったんですね」

江夏「『マラソン選手くらいに体を絞ったら、そりゃ、月経は止まるよね』くらいの感覚。本当にそんなレベルでした。でも、いろんなデータが積み重なった結果、月経が止まるほど体を追い込んだら、それは女性ホルモンが出ていないことの表れだから骨がもろくなる、そんな状態で負荷をかけると疲労骨折になると分かってきました。これは体操選手、陸上の長距離選手のように体を絞りすぎのアスリートに見られる傾向です」

伊藤「水泳選手はまたちょっと特殊ですよね」

世の中が「月経の話」をタブー視しすぎている現状

江夏「水泳のようにある程度、体重、体脂肪がある競技は月経が止まりにくいですね。BMI(肥満度を示す体格指数)で『17.5』を下回ると過半数の人で月経が止まると言われています。一方、月経が止まらない場合、月経痛はもちろん、PMS(月経前症候群)といって、月経前の1〜2週間イライラしたり、体がむくんだり、食欲が増えたり、気分が落ち込んだり……という体調不良が続くなど、一般女性と同じようにスポーツ選手も悩んでいると、だんだん分かってきました。

 産婦人科自体もこれまでは妊娠・出産を扱う産科、子宮や卵巣の腫瘍、そして不妊治療を3本柱として扱ってきました。ここ10年ほどで“第4の柱”として『女性ヘルスケア』といって女性の健康を予防医学の観点から考えようという動きがようやく出てきました。そこに東京五輪開催が決まったことも追い風になり、女性アスリートがそんなに困っているなら何とかしなきゃ、という動きが出てきたのです。だから、それまでは選手がどんなに悩んで病院に行っても『そんなに走れば止まるよね』で話が終わっていたんです。そして、一般的に月経痛で受診するという感覚もなかった。

 さすがに無月経になると受診する選手は結構いたのですが、ホルモン剤を使って治療しようと処方しても、所属チームに帰ったら『ホルモン剤は使うな』と指導者に言われて受診が途絶えたりして、どうしたらいいんだ……という状態が続いてきました。ただ、日本水泳連盟では比較的早く、2000年頃からコーチ研修会などで対応の必要性について話をさせてもらっていました」

伊藤「でも、当時は興味のある選手だけがやる、という感じでしたよね」

江夏「講習会で話を聞いたコーチが、チームに戻って選手のコンディショニングのために月経の状態を把握しようとしたら『セクハラだ』と保護者から校長室に怒鳴り込まれたとも聞きました。未だにそういう感覚はありますね。世の中自体が月経の話をタブー視しすぎていて、その延長上にスポーツもある感じ。一気に動き始めたところで声を上げてくれる選手が出始めました。伊藤さんもその一人です」

――伊藤さんは現役時代、競技をするなかで月経の話題がタブー視されると感じていましたか。

伊藤「水泳はちょっと特殊かもしれないですね。常に男女一緒に練習する競技性もあり、互いに月経のことを除いても、調子の良い悪いはチーム内ですごく敏感になります。だから、男子選手も知らず知らずのうちに、私の月経の日を知るということもありました。イライラしているから話しかけちゃいけないとかあったみたいで。私自身も話しちゃいけないとは思わないタイプなので、チーム内でもオープンに言っていました。

 ただ、女子選手だけ、男子選手だけと分かれている競技となると異性に対する免疫がなくて、常に女性はかわいいもの、男性は頼りになるものという感覚が生まれてしまいます。一緒にいればいるほど、イメージと違うことが分かってくる。小さい時からずっと男女一緒に練習を行っているのが水泳だから。あまり言ってはいけないと思っていなかった、というのは育ちのなかでありますね」

親に「あんなところに行くな」と言われる産婦人科の現実

江夏「伊藤さんのキャラもありますね」

伊藤「確かにそうかも(笑)。オープンマインドな方なので、調子が悪いことも言ってしまいたいと思っていました」

江夏「逆に調子が悪いことを絶対、言わない選手もいますよね」

伊藤「いますね。弱みを隠したい、見せたくない選手もいる。逆に調子いい時は言わなかったり(笑)。でも、月経周期はコーチに管理されていました。いつも定期的に来るものと男の先生は思っています。体調の変化でずれたりするのに、そういうことを分かってない先生もいっぱいいます。『来ないな』とか『早いな』とか言われても、体調によるんだよと思いながら聞いていました。逆に生理が遅れていること、早く来ることがストレスになったのも記憶にあります」

――江夏先生はスポーツ選手を診始めて、どんなことに驚きを覚えたのでしょうか。

江夏「驚くというか、一般女性が月経のことをよく知らないからスポーツ選手も知らないよね、ということが第一にありました」

伊藤「私は若い子たちが自分の体を大事にしていないと感じることもあります。(非常勤講師を務める大学の体育の授業で)いろんな学生を見ているけど、そういう時にすごく感じて、女の子の体は大事にしなきゃダメだよとしっかりと言っています。男の子にも言うけど、女の子に自分自身で自覚してもらいたい」

江夏「それを守ってあげられるのが産婦人科医のはずなのですが、親に『あんなところに行くな』と言われてしまう世の中なのが現実。産婦人科に行くことがやましい、みたいになってしまっています」

伊藤「25歳になって1回も産婦人科に行ったことがない人もいたりする。そういう人は絶対に行った方がいいと思います。20歳を過ぎたら行った方がいいし、25歳を過ぎたら絶対、ですね」

江夏「すごく乖離がありますね、我々の意識と一般の人の意識が。それをなんとかしたいと思って学校に性教育に行ったりするけど、『何も知らなかった』みたいにびっくりされる。親も知らないじゃないですか。『生理痛がきついから病院に行きたい』と言うと、親が止めてしまうこともあります」

水泳の授業は「生理で休むのは仕方ないよね」という風潮

伊藤「『生理中に泳いじゃいけないんですか?』とよく言われますが、泳げますよね」

江夏「未だにそんなことも言われますね。30年近く前から産婦人科学会や日本臨床スポーツ医学会では泳いでいいと指針を出している。それなのに全然、広まらなくて、学校の授業でも『生理で休むのは仕方ないよね』というような位置づけになってしまっています」

伊藤「もちろん、無理しなくていいけど、『泳げるよ』とは生徒に伝えています。男の先生は分からないから『休んでいいよ』と言うけど、別に病気じゃない。もちろん、体がすごく冷えるとか、2日目で本当につらい場合はやらせませんが、貧血にならずに支障がない程度ならやってもいいと思います」

江夏「私は性教育で必ずそのことを入れています。すると、感想文に『泳いでいいと知って驚きました』と書く子が何人か絶対いる。まだここか、という印象です」

伊藤「私は小中学生の子を見る機会も多いので、結構、親御さんに相談も受けます。『何て言えばいいんですか、子供に……』と。誰に聞けばいいかわからないという方が多いんです。東京都で講演した時も親御さんが多かったし、男性の先生は『生徒に言えなくて……』と言う。別に、管理しようと思うのではなく、先生たちが知っていればいいんじゃないかと思います。そういうことなんだって知っていないと生徒にも選手にも言えないですから」

(明日29日の第2回は「ピル服用のメリット、デメリット」)(THE ANSWER編集部)

<伊藤 華英>
2008年に女子100m背泳ぎ日本記録を樹立し、初出場した北京五輪で8位入賞。翌年、怪我のため2009年に自由形に転向。世界選手権、アジア大会でメダルを獲得し、2012年ロンドン五輪に自由形で出場。同年10月の岐阜国体を最後に現役を退いた。引退後、ピラティスの資格取得。また、スポーツ界の環境保全を啓発・実践する「JOCオリンピック・ムーヴメントアンバサダー」としても活動中。

<江夏 亜希子>
1970年、宮崎・都城市生まれ。96年に鳥取大学卒業後、鳥取大学産婦人科に入局。鳥取大学医学部附属病院、公立八鹿病院(兵庫県)、国立米子病院(現・米子医療センター)などの勤務を経て、04年に上京。汐留第2セントラルクリニック、イーク丸の内、ウィミンズウェルネス銀座クリニックにて女性外来での診療を経験する傍ら、東京大学大学院身体教育学研究科にてスポーツ医学を学び、10年4月に東京都中央区に四季レディースクリニックを開院。日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクターなど。日本エンドメトリオーシス学会、日本性感染症学会、日本臨床スポーツ医学会にも所属する。