「時差Biz」は都民ファーストにならない!?企業も本質的な働き方改革に取り組むべし

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東京都で2017年からスタートした「時差Biz」

今年も7月9日から東京都で「時差Biz」がスタートしました。これは小池百合子都知事の「満員電車をなくす」という公約が発端となり、通勤時間をずらすことを都が主導するもので、昨年は7月11日から14日間実施され、約320社が参加していました。

今年は1000社の参加を目指し、7月9日から8月10日まで期間を延長して、冬も行うということです。

時差Bizの内容をもう少し詳しく知るために、先ずは東京都が開設している時差Bizのサイト(https://jisa-biz.tokyo/)に掲載されている小池都知事のメッセージを見てみましょう。

引用

快適に仕事に励める環境づくりを
「朝が変われば毎日が変わる」とのキャッチフレーズの下、時差Bizの取組を始めました。私が環境大臣の際に始めたクールビズも一斉に始めたからこそ定着しました。東京の満員電車の問題も、企業や鉄道事業者、鉄道を利用する皆様と一斉に取り組むことが重要です。都民の皆様には引き続き取組へのご参加をお願いします。

以上引用

言い出しっぺの都知事のメッセージとしては内容が薄くて、時差Bizという活動を行う目的意識や達成に向けての情熱がまったく感じられません。そこで、時差Bizサイトの他のページを見ると、取り組みの意味合いと取り組むメリットが記載されていました。

引用

時差Bizとは、通勤ラッシュ回避のために通勤時間をずらす働き方改革のひとつです。

時差Biz参加のメリット
【個人のメリット】
満員電車の回避 - 通勤でのイライラの解消!
通勤時間の有効活用 - 空いた電車でメールや新聞のチェック!
プライベートの充実 - 朝早く出勤して夕方は早く帰宅、遅め出勤なら朝の時間に趣味や家族のコミュニケーションに!
【参加企業様のメリット】
従業員の働く意欲や生産性の向上 - 快適な通勤で従業員のストレス軽減!仕事の生産性もアップ!
本ホームページへの貴社名掲載 - お申込みをいただくと、即座に参加企業一覧に貴社名・業界名を掲載!

以上引用


時差Bizの具体的な内容は「時差通勤の促進」

この情報を見ると分かりますが、時差Bizという新たなネーミングしていますが、具体的な内容は「時差通勤の促進」です。ただし動機は、今流行の「働き方改革」を実現するための一手段ということです。

そして、時差Bizのメリットは、個人も企業の生産性アップが第一ですが、副次的に個人の場合はプラベートの充実ができ、企業の場合は、社員に優しい会社であることをアピールできるということになります。

さて小池都知事肝煎りの時差Bizは、期待している効果を生み出すことができるのでしょうか。このことを考えるために、少し歴史を遡ってみましょう。


定着しなかったサマータイム制度、いまだ根付いていないフレックスタイム制度

時差Bizの具体的な内容が時差通勤の促進だとすると、やることそのものに目新しさはありません。一定の時間帯に通勤通学者が集中するために発生する過剰な電車内混雑を緩和するための時差通勤の取り組みは、昔からありました。

また、時差通勤に似たような取り組みとしてフレックスタイム制というものも以前からあります。さらに、日中の時間が長い夏季に朝早く出勤すれば、夕方早い時間に退社して、趣味や家族団らんのための時間が増えるという趣旨では、サマータイム制度が既に存在しています。

しかし、言うまでもないことですが、時差通勤もフレックスタイム制もサマータイム制度も日本の社会には定着していません。ごく最近のことを言えば、働き方改革やプライベートの充実を旗印に始まったプレミアムフライデーは細々と続いていますが、完全に失敗したと言えるでしょう。

時差Bizが定着するためには、すべて失敗に終わっているこれら過去の取り組みへの反省を活かして、新たな手が打たれていることが最低限必要です。


実は時差通勤は戦時中からあった

そこで、時差通勤をはじめとした過去の取り組みがなぜ定着しなかったについて順番に見ていきます。まず時差通勤についてですが、日本において初めて時差通勤が行われた時期は相当昔まで遡り、太平洋戦争も末期に差し掛かった1944年4月のことです。

当時国内の輸送手段は鉄道と船舶に限られていましたが、戦局の悪化により沿岸航路が封鎖されたため、唯一残された鉄道を軍需輸送優先で運用するために時差通勤が実施されました。この戦前の時差通勤は、太平洋戦争の終戦とともに無くなりました。

戦後になると、1961年には「時差通勤通学対策」が東京で導入されました。その時代、鉄道はまだ複線でしたが、既に現在と変わらない約2分間隔で運行するほどダイヤが過密化していました。それでも急増する需要客に輸送力が追いつかず、ホームが乗降客で大混雑したため、通常では朝のピーク時30分に15本運転するはずのところ5本程度しか運転できない状況だったといいます。


うまくいかなかった過去の時差通勤施策

こうした事態を解決するために、国鉄は莫大な費用を投じて複々線化による輸送力増強工事を進めますが、完成までしばらく時間が必要なため、経済団体を通じて各企業に始業時間の変更を要請し時差通勤を推進しました。

その結果、利用客200万人の1割に当たる20万人が協力したため、朝のピーク30分間の平均乗車率が300%から280%に下がり最悪の事態を乗り切りました。この1960年代の時差通勤は、輸送力が増強されるまでの急場をしのぐために行われたので、当然、複々線化が実現して鉄道の輸送力が増すと消滅しました。

その後、80年代、90年代に入ってから時差通勤が何回か話題に上がりましたが、定着したことはありません。一例をあげると、1991年に、総務庁(当時)が「時差通勤通学推進計画」という5カ年計画を打ち出し、「ラッシュ時の最混雑率を200%に引き下げることを目標にしましたが、計画倒れに終わっています。


フレックスタイム制度を導入した企業はピーク時から半減

次にフレックスタイム制ですが、日本では1987年の労働基準法の改正により、1988年4月から正式に導入されています。変形時間労働制の一つで、働き手が日々の労働時間の長さあるいは労働時間の配置(始業及び終業の時刻)を決定することができる制度です。

言い替えると、朝9時から夕方5時まで一律に就業時間が決められているのではなく、出社時間と退社時間を各人が自由に決められる働き方ですが、1ヶ月の総労働時間は満たす必要があり、また1日の中で必ず就労していなければならない時間帯(コアタイム;例えばAM11時からPM3時)が決められていることが多いという枠組みはあります。制度の目的は、ワークライフバランス高めることにあります。

内閣府が発表している平成28年度版「男女共同参画白書」のよると、フレックスタイム制を導入している企業の割合は、従業員数1000人以上の大企業で21.7%と5社に1社の割合になっています。しかし、推移を見ると、平成8年のピーク時には約40%の大企業が導入していたので、その後年々減り続け、現在は半減していることになります。

大企業以外の中堅企業では13.2%、中小企業では数%程度の導入率なので、企業規模が小さくなるほど縁遠い制度と言えます。


フレックスタイムが廃止されたのは「生産性が落ちた」から?本当にそうなのか

なぜ、当初フレックスタイム制導入に熱心だった大企業が、時間の経過とともに廃止に動いているのか。その理由はいくつかありますが、簡単に言い切ってしまうと、ワークライフバランスを重視する企業というイメージづくりのために導入したものの、その副作用として職場の生産性が落ちたからになります。

仕事というものは、「自分だけで完結する仕事」と「他人と協働する仕事」があります。この2種類の仕事の比率は、職種によっても異なりますが、一般的に4対6の割合と言われています。フレックスタイム制によって、他人とは異なる時間帯で仕事をしても、「自分だけで完結する仕事」の効率に影響することはないが、「他人と協働する仕事」については、コミュニケーションの欠落や遅延が発生することで仕事の効率が下がるという理路です。

実際のところ、厚労省の「就労条件総合調査」の結果を見ると、産業別のフレックスタイム制導入状況は、1位情報通信産業23.8%、2位電気・ガス・熱供給・水道業と専門・技術サービス業12.1%、3位学術研究及び専門・技術サービス業10.4%なので、「自分だけで完結する仕事」が多い産業ほど導入率が高い状況です。

2012年に総合商社の伊藤忠商事がフレックスタイム制を廃止していますが、「他人と協働する仕事」の割合が高い企業ほど、「その人が在社していない時間帯に、打合せや相談をしたくても出来ない」ことに想像以上のデメリットがあるということのようです。

一見すると納得性が高い理由ですが、果たしてそうなのでしょうか? 実はツッコミどころ満載な話なので、後であらためて触れたいと思います。


昔から何度も導入されては失敗したサマータイム制度

最後にサマータイム制度についてです。これは、3月または4月から10月または11月までの7ヶ月間か8ヶ月間、時刻を1時間早めて社会経済活動を行おうという制度です。制度の狙いとして、一般的に省エネ、犯罪発生の抑制、余暇の充実と消費促進があげられています。

日本では、連合国による占領時代の1948年から1951年にかけて3年間全国的に導入された実績があります。ただし、残業増加や慢性的な寝不足になることを理由に不評だったため、サンフランシスコ講和条約が締結された翌年からは廃止されました。

その後、平成に入ってから政府や経団連から何度かサマータイム制度の動きが起きましたが、導入するまでには至っていません。ただし、2011年に東日本大震災の影響による節電のため、一部企業でサマータイム制度が導入されています。

2011年の夏は電力消費量を抑えるため、企業に15%の節電が求められました。そのため、節電の手段として企業の個別判断でサマータイムを導入したケースがあったのです。しかし、電力供給が回復した翌年以降は、サマータイム制度を廃止した企業が多く定着はしていません。

つまり、日本ではサマータイム制度の導入を試みたことはあっても、必ずしも全員が前向きではないし、短期間運用して廃止になったという実績しかありません。


日本にサマータイム制度が根付かない理由は日照時間と気温にある

実は、経済協力開発機構(OECD)加盟30ヶ国の中で、サマータイム制度を導入していない国は、日本、韓国、アイスランドの3ヶ国だけです。アイスランドは白夜になるためサマータイムを導入する必要性がなく、韓国は日本より西にあるにもかかわらず日本と同じ標準時を適用しているため通年でサマータイム制度を導入していると言えるので、実質的に日本だけが実施していないことになります。

こうした状況を見て、日本でもサマータイム制度を導入すべきだという議論が定期的に起きてくるのだと思われます。しかし今後も、日本でサマータイム制度が導入されて定着する可能性は低いでしょう。

その理由は、例えば同じ島国であるイギリスの日出と日没時刻を見れば分かります。ロンドンで最も日照時間が短い日は12月21日で日出8時4分AM日没3時53分PM日照期間が7時間49分です。反対に、最も日照時間が長い日は6月21日で日出4時42分AM日没9時22分PM日照時間16時間39分です。

では、東京の場合はどうでしょうか。最も日照時間が短い日は12月22日で日出6時54分AM日没4時36分日照時間9時間41分です。そして最も日照時間が長い日は6月21日で日出4時29分AM日没7時7分PM日照時間14時間37分です。

この2都市の比較をすると一目瞭然ですが、ロンドンは1年間に日照時間が長い日と短い日の間に約9時間も違いがあります。一方東京の場合、それが約5時間です。日本より高緯度に位置する欧米諸国では、冬の間日照不足に悩まされるけれど、反対に夏は一気に日長になるため、夏の間は朝の動き出しを1時間早めて太陽を有効に使いたい気持ちが強いのです。

冬は朝8時まで太陽が現れず、夕方4時前に日没になってしまう日を過ごしていたら、朝5時から日の光を感じられる時期は、さっさと仕事を始めて、夕方仕事が終わってから日没までの5時間を有効に使いたくなるのは当然です。実際、仕事が終わった後にゴルフ場へ行って1ラウンドすることも可能でしょう。

つまり、日本は現在サマータイム制度を導入している多くの国と比べて緯度が低いため、夏冬の日照時間差がそれほど大きくないうえに、先進国のなかで、夏季は唯一の亜熱帯気候になる国なので、最近のように連日35度を超えるような日に夕方4時に終業して会社の外に放り出されても、用事がなければ酷暑の中を帰宅することになります。かといって日没までに3時間ほどしかないので、屋外でレジャーやスポーツを十二分に堪能するには時間的に中途半端です。結局、もう少し日が陰ってから帰ろうという人が増えれば、無用な残業が行われることになるだけです。

以上の理由で、日本におけるサマータイム制度は年に2回行われる時刻調整の手間の割にメリットが少なく、今後も導入される可能性は低いでしょう。


制度のメリットよりもデメリットの方が大きいと考える企業が多い

時差通勤、フレックスタイム制、サマータイム制度という代表的な働き方に時間差を設ける制度の概要と日本への導入状況を見ると、戦争とか想像を絶する混雑とか大地震といった危機的状況に陥ったときに限って、強権的かつ時限的に制度が実施されたことはあっても、制度のベネフィットを前面に出しながら、自主自発的にてこうした制度がどんどん普及していったという実績が日本にはありません。

その原因は、サマータイム制度のように、そもそも日本には馴染まないものもありますが、多くの場合は制度の提唱者が表向き主張するメリット以上に、仕事上の実質的なデメリットが多いと考える個人以上に企業が多いからでしょう。具体的には、フレックスタイム制のところで述べた「他人と協働する仕事」の生産性が低くなることが主な理由です。

最近の流行の「働き方改革」を実現するために、時差通勤を取り入れる、あるいはフレックスタイム制を導入するという短絡的な話が企業内でも行われていることが多いのですが、本当の働き方改革は、他人と協働する仕事の生産性を落とさないように現在の仕事のあり方や進め方を変えること抜きには成立しません。それにも関わらず、業務フローや権限委譲の見直しすら行わずに、手段と目的を取り違えていきなり時差出勤やフレックスタイム制を形ばかり取り入れてもデメリットが気になるのは当然でしょう。


日本企業は「顔を合わせてコミュニケーションする」ことを重視している

しかし、それ以上に重要な問題があります。そもそも日本企業は「他人と協働する仕事」ではコミュニケーションが大切で、そのためには実際に顔をつき合わせての会話が不可欠だと考えているビジネスマンが多いという問題です。

こうした旧態依然とした基本的な考え方を変えない限り、働き方を多様化したり、労働生産性を向上させることで労働の質を変えて短時間労働を実現したりすることは不可能です。
そのためには、ICT(Information & Communication Technology)の活用度合いを高める必要があります。もちろん日本企業は、ICTへ広い意味で投資はしていますが、投資目的に問題があります。それを端的に指摘しているのが、『平成28年度情報通信白書』における以下の記述です。

引用

日本の企業は、これまでICT投資を主として業務効率化及びコスト削減の実現手段と位置づけており、「ICTによる製品/サービス開発強化」、「ICTを活用したビジネスモデル変革」、「新たな技術/製品/サービス利用」などへの期待度が米国と比べて著しく低いと指摘されている。このようなICT投資に対する取組姿勢の違いから、ICT技術や製品・サービスで先行する米国に比べて、日本ではICT投資が付加価値向上につながらなかった可能性がある。

以上引用

攻めの投資によるIT活用がまだまだ不十分

また、ニューヨーク連邦準備銀行(FRBN)の調べるによると、1995年以降アメリカなどの先進国において生産性が向上している最大の要因は、ITおよび通信産業の発達だとしています。そのIT活用が最も盛んに行われている業種がサービス業です。裏を返せば、日本のサービス業の生産性が低い(米国の約半分)原因の一つは、攻めの投資によるIT活用が不十分だということになります。

ICT活用は経営基盤そのものの見直しを必要とする

そして、FRBNは攻めのIT投資を高めるためには、「現状の仕事の進め方や組織に合わせるのではなく、まずは仕事の進め方や組織のあり方を刷新し、当然人材にも投資する必要がある」との指摘をしています。単に現状業務の効率化を図るのではない以上、ICT活用は経営基盤そのものの見直しを必要としているのです。


ICTツールの利用状況・日米を比較すると日本は圧倒的に低い

さらに、最近出された『平成30年度度情報通信白書』の情報を追加しておきます。ここに載せられているビジネスICTツールの利用状況に関する調査結果は次のとおりです。

社内SNS-7.3%
テレビ会議-11.1%
チャット-6.9%
電子決裁-10.2%
勤怠管理ツール-23.5%
在籍状況管理ツール-7.0%

では日本以外の国の利用状況はというと、もっとも利用度が高いアメリカの数値を以下のとおりです。

社内SNS-35.2%
テレビ会議-27.4%
チャット-34.7%
電子決裁-30.4%
勤怠管理ツール-33.3%
在籍状況管理ツール-24.8%

ここで取り上げられているビジネスICTツールは、すべて「他人と協働する仕事」においてコミュニケーションに役立つものですが、こうした時代の利器を有効活用できていないのが日本の現状なのです。だから、時差出勤やフレックスタイム制を安易に取り入れると、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが取りづらくなるので仕事の効率が落ちるというマイナス評価が出て廃止されることになります。


日本でICTを活用したコミュニケーションが定着しないのは経営者の高齢化が背景

なぜICTを活用したコミュニケーションスタイルが定着しないのでしょうか。理由はいくつかあるでしょうが、最も影響が大きいと推察することは、日本企業で経営者の世代交代が進まず高齢化が進行する一方であることです。

東京商工リサーチ「2017年全国社長の年齢調査」によると、社長の平均年齢は過去最高の61.45歳です。経営トップ高齢化している企業で、社長が率先してICTを活用したコミュニケーションに取り組む可能性は低いでしょう。何よりもフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを必要としているのが社長自身だからです。


時差通勤以外にも通勤ラッシュを解決する方法はある

企業や官庁の地理的な分散配置で混雑を緩和させる

朝の一定時間帯に通勤客が集中する状況を解決する方法は、時差通勤以外にもあります。一つは、昔から言われていることですが、企業や官庁を地理的に一ヵ所に集中させずに分散配置する方法です。皆が同じ方向へ向かって通勤せずに、複数の動線が生まれれば使用する路線が変わるので、朝の混雑度は当然緩和されます。

テレワークの促進により通勤人口を減らす

もう一つは、時差をつけても出勤することには変わりない段階を一歩推し進めて、テレワーク(在宅勤務)を増やす方法です。輸送力を増強したり、利用時間帯を分散したりすることより、そもそも電車に乗って通勤する人の数が減る方が、通勤に要する時間も省けて、問題解決のためにストレートに役立ちます。

働き方改革を進めていく中で、テレワークの活用という話題は頻繁にあがりますが、普及は遅々として進んでいないのが現状です。前掲の『平成30年度情報通信白書』によると、企業のテレワーク導入率は2017年で13.9%に留まっています。

その原因として、1位 会社のルールが整備されていない(49.6%)2位 環境が社会的に整備されていない(46.1位)3位上司が理解しない(28.0%)となっていますが、より根本に根差している原因は、先ほど指摘したように、仕事上のコミュニケーションは顔をつき合わせて行うのがベストだという考えから抜け出せない経営者が多いからです。だから、ルールを整備しないし、環境整備も進まないし、上司も理解をしない結果に繋がっていると読み解くべきでしょう。


現在の時差Bizの気になるポイント

最後に話を、スタート地点である東京都の小池知事が推進している「時差Biz」に戻します。

ここまでの話で察する方が多いと思いますが、夏の1ヶ月ばかり鉄道会社が早朝に特別電車を運行して利用客にポイントを付与する程度の取り組みで、通勤事情や働き方が大きく変わることはありません。

それでも、「千里の道も一歩から」なのだから、大きな変革だけを重視して小さな取り組みの積み重ねを軽視すべきではないという意見もあるはずです。たしかに、ことの大小というだけで評価を行うのはフェアではありません。

時差Bizは「都民ファースト」のためにならない

しかし、時差Bizの問題は、ことの大小ではなく基本的に筋が悪い点にあります。まず、時差Bizは、小池知事が得意な「都民ファースト」のためにはなりません。

東京で朝の混雑度の高い路線の上位は、1位 東京メトロ東西線 2位 西武池袋線 3位 JR総武線 4位 東京メトロ南北線 5位 JR横須賀線 6位 東急田園都市線となっています。

これらの路線が混む理由は、東京都民が利用する以前に隣接他県の乗客が多いことが根本にあります。東西線は千葉県、西武池袋線は埼玉県、JR総武線は千葉県、南北線は埼玉県、JR横須賀線は神奈川県、東急田園都市線は神奈川県からの乗客を東京都に運んでいます。その結果、東京都の区間内で混雑度が最も高くなっています。

都民ファーストの立場で、「満員電車の回避 - 通勤でのイライラの解消!」をしたいならば、例えば、朝の通勤時間帯は他県から東京都への直接の乗り入れを認めずに、東京都内の始発電車を増やして優先的に都民が乗りやすくする方が喜ばれるはずです。かつて石原知事が道路渋滞の軽減のためにロードプライシングを検討したことと発想は同じです。

国の通勤手当の非課税限度額の引き上げ政策と矛盾している

次に、国の方で通勤手当の非課税限度額が徐々に引き上げられている状況があります。平成10年に1ヶ月5万円から10万円に引き上げられましたが、平成28年に15万円まで引き上げられています。国は地方創生という理由で引き上げているようですが、結果的に遠距離から東京都にある職場へ通勤することを助長してはいないでしょうか。こうした国と都で異なった思惑がある中で、東京都が時差Bizで通勤ラッシュを緩和することには限界があります。

さらに別の視点か見ると、先ほど満員電車のより簡単な解決策は乗客の数を減らすことで、そのためにテレワークが有効だという話をしましたが、東京都は時差Bizにお金を使うのなら、テレワーク推進のために企業に助成金や補助金を出すという方法があるはずですが、そこには考えが至っていません。


企業は時差Bizを意識するよりも先に有益なビジネスICTツールの導入を

詰まるところ、時差Bizを政策として真面目に評価することに、あまり意味がありません。なぜなら、時差Bizとは真剣に都民ファーストの実現を目指した政策ではないからです。むしろ、小池知事の政治的プロパガンダの意味合いが強いと言ったら言い過ぎでしょうか。

メッセージの中で、「私が環境大臣の際に始めたクールビズも一斉に始めたからこそ定着しました」と言っていますが、「私が環境大臣だったときにクールビズを成功させた」ということが言いたいために、まったく問題の本質が異なるクールビズと時差Bizを「一斉に取り組めば成功する」と断じてしまうところに真剣味を感じません。時差通勤を本当の意味で定着させるためには、就業規則の改定が必要で、そのためには制度設計に時間もお金もかかりますが、それを一斉に全企業が行うことを期待するのは土台無理な話です。

ということで、企業は東京都の時差Bizなど気にせずに、もっと本質的なところで人材を惹き付け、人材がより活躍する職場づくりのために、働き方の柔軟性を高めることに地道に取り組むべきです。そのためには、先ずは相手の顔を見ないと話をした気がしないという頑固な考え方を捨てて、ビジネスICTツールを導入・活用を行い社内のコミュニケーション基盤を進化させることが必要です。そのうえで、時差通勤、フレックスタイム制、テレワークなどのやり方は適宜判断して決めるべきでしょう。


【清水 泰志:経営コンサルタント】


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