フランスの新星エムバペは持ち前のスピードを活かし、カウンターの急先鋒として存在感を発揮。常に敵の脅威となった。(C) Getty Images

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 全7試合を6勝1分けで乗り切ったフランスの効率性が際立った大会だった。
 
 ボール支配率は、準決勝のベルギー戦が40%、決勝のクロアチア戦も39%だったが、相手が攻勢を強めても、スピーディーで精緻なダイレクトパスを連ねて一気にカウンターに転じることが出来る。ラウンドオブ16のアルゼンチン戦の先制PKに繋がるエムバペの自陣からの長駆スプリントに象徴されるように、別格のスピードスターを得て、とりわけ攻撃面での省エネ化が進み、夏の短期トーナメントを勝ち抜くための適材適所が完成した。
 
 安定したGK、何度クロスを入れられてもはね返せるCBがいて、その前では俊敏で疲れ知らずのカンテが奮闘し、ポグバが攻撃のスウィッチを入れる。前線もチームではベテラン格に入るジルー、グリエーズマン、マテュイディが汗を流す一方で、ある程度守備を免除されたエムバペは、ボールを引き出す度に確実に対峙するマーカーを置き去りにした。まるで相撲のぶつかり稽古のように、相手の攻撃を受けながらも、一転して数秒後には窮地に陥れる。守備に閉じこもりがちな姿勢をベルギーの選手たちから批判されたが、実際に準決勝でもフランスは相手の半分しかパスはつながなくても、倍以上もペナルティエリアに侵入し、シュート数、決定機ともに上回った。
 
 ワールドカップがサッカーのトレンドを発信したのは前世紀の話だ。ただし今回のフランスは、計7戦を盤石に勝ち抜くための理想像を示した。守備に人数を割いて負けない土台を築き、少人数での逆襲で脅かす。ボールを奪い取る位置が低くても、プレスをかいくぐりポグバのロングフィードでエムバペを走らせる流れ作業が秀逸だった。
 
 もっともブラジルを下し、フランスへの挑戦権を手にしたベルギーも、やはりカウンターに卓越していた。土壇場で日本を沈めた決勝ゴールは言うに及ばず、ブラジルからもセットプレーとカウンターから2点をリードすると、王国の多彩な攻めを最後まで凌ぎ切った。エデン・アザールを筆頭に、カウンターの刃を突きつけながら、無理をせずにGKまで戻す老練さも見せつけ、同じく2点のリードを引っくり返された日本には良いレッスンとなったに違いない。
 
 結局フランスもベルギーも、必中のカウンターを持ちながら、相手をおびき寄せても跳ね返す守備力、あるいははぐらかす展開力を備えていた。懐の広さと言えばそれまでだが、やはり違いを生み出していたのは、ボール奪取から一気に決め切るスピード溢れるアタックだった。フランスのラスト2戦、さらにベルギーがブラジルを下したゲームと、いずれもポゼッションは下回っており、なるほど世界の趨勢を見れば、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の主張も的外れだったわけではない。
 
 ただしフランスやベルギーと日本では、持ち駒の性質がまるで違った。フランスやアフリカでの経験が長いハリルホジッチ監督は、ひたすらトレンドを見て日本の選手たちも適合させようとした。日常的に試合に出ている選手を優先したという点で、代表チームの選考は、むしろフェアだった。
 
 しかし技術委員長として付き添ってきた西野朗監督は、実績に信頼を置き大胆に舵を切る。所属クラブでは十分に出場機会を得られていなかった香川真司と柴崎岳の抜擢で、チームは一気に見違えた。お家騒動も含めて悲観論が蔓延していたこともあり、ベスト8に迫った大善戦は世界を驚かせた。
 西野体制に転じて、日本は多くの現場で最も大切にしてきた武器を手に取り、それが通用することを証明した。フランスやベルギーと比べてしまえば、個の身体能力や爆発力では見劣りする。だが明確な戦略の下でまとまると、時には短所になりがちな同質性は、見事に互いの意図を読み取り連動を始める。またかつてないほどの蓄積した個々の欧州での経験も、この緊急事態で吉と出た。
 
 しかし西野監督の応急措置は大成功したとしても、西野“技術委員長”の仕事ぶり、さらには前回ブラジル大会から4年間の強化を振り返れば、完全な失敗である。長谷部誠主将を軸にベテランの集大成は引き出せたが、「ベスト8まで8年間も待つ必要はない」(西野監督)というほど現状は楽観的ではない。
 
 日本はFIFAランクの60位よりは、はるかに好評を得た。ただし反面、世界の「ベスト16」に入れたという確信はない。日本の進むべき道は仄見えた、しかしスピード、パワー、さらに言えば国内リーグの水準、育成、普及……と、足りない部分は明確に山積み状態にある。快挙に沸く今だからこそ、急がず謙虚に大胆な改革を描く勇断が要る。
 
文●加部 究(スポーツライター)