「あんないい時代、もう二度とこないじゃない?」

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 何をしていても、明日は今日よりも良い日になると多くの人が信じていた最後の時代、バブル期を忘れられない人たちがいる。ライターの森鷹久氏が、華やかさを再現し続ける女性に聞いた。

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 東京・六本木のクラブが入る雑居ビルに、派手な格好をした男女が続々と吸い込まれていく。バブル景気の頃に日本にもたらされ、バブル崩壊後の、派手な雰囲気だけ残った時期に日本で流行したユーロビートという音楽がある。1990年代、その曲にあわせて大流行した振り付けの延長のようなダンス“パラパラ”のイベントが開催されるこの日、ほぼ全員がアラフォー(40歳前後)以上の男女という参加者の中に、アラフィフ(50歳前後)の美奈さん(仮名)の姿があった。

「もうね、ずっと楽しみだったの! あんないい時代、もう二度とこないじゃない?」

 美奈さんが女子大生だったころ、日本は空前のバブル景気に沸いていた。就職活動では、特に苦労せず数社から内定をもらい、各社の採用担当者から連日の接待を受け、タクシー代と称し、会うたびに数万円を受け取っていた。プライベートでは「アッシー君」「メッシー君」と自家用車で送迎をしてくれるだけの男性、食事をおごってくれるだけの男性、という役割に特化された、交際していると言えなくもない相手もいた。もちろん「本命」の彼氏もいて、当時就職先としてはナンバーワンの人気を誇った保険会社に勤める五歳年上の男性と“なんとなく”結婚を意識もしていた。しかし……。

「百貨店に就職したけど、よかったのは最初の数年だけ。バブルが弾けて何もかもが変わったの。給料もボーナスも下がって旅行にも行けないし、買い物だって満足にできない。でも、ナイトクラブに貧乏くさいカッコじゃ行けないのね。だから、スナックでアルバイトしたりして、なんとかやっていたのよ。見た目は派手だけど、プライベートはすんごい地味なの」

 一度覚えた派手な生活、遊び方を忘れることはできなかった。結婚も意識していた彼氏ともうまくいかなくなり破局。目的別に確保するほどいた、交際相手と言えないこともない男性たちが、全員が美奈さんの周りから消えたのは、ちょうど30歳のころ。バブル景気が去った日本は低成長や世界恐慌で萎縮し、失われた20年から抜け出せずにいた。同期入社の女性社員の多くが、寿退社で会社を去ったタイミングで、会社から突き付けられたのは、実質的な「契約社員への降格」だった。

「お給料は入社した時よりも悪くなって、ボーナスもほとんど出ない……。それで契約社員だっていうから頭にくるじゃない? それで後先考えずに辞めちゃったのね……」

 いわゆる「総合職」採用で入社した美奈さんだったが、入社後に経験したのは接客と簡単な出入金管理業務のみ。総合職の同期が、社内研修や試験をパスしながらキャリアアップを図っていくのを横目に、あくせく働かなくとも何となくでもカネは十分にある、そう考えて遊びまくった。バブル崩壊で、地道な積み重ねを怠ったツケをいまさら払うことになった美奈さんは、販売職専門の契約社員へ異動しなければならぬほど追い詰められていた現実を突き付けられ、思わずカッとなって辞めてしまったのだった。

 それまで続けていた夜遊びやショッピングも、これで続けられなくなる。そう思った美奈さんだったが、現実には、将来への不安やストレスから、夜遊びの回数もショッピングの分量も以前にも増して増えた。不足分は夜のバイトで埋めていたが、カードローンの返済分が滞るようになると、ついには百貨店を辞め、時給換算でいくらか分の良い派遣社員となり、今も都内の建設会社に、事務員として勤務している

「結婚をあきらめたのは五年位前かな? 十数年務めた建設会社の正社員試験を受けたけど落ちちゃったから。親の介護もあって、これ以上仕事を増やせないし、唯一の趣味がコレ(ダンスイベント)」

 イベント当日の美奈さんの格好は、薄黄色のセットアップスーツにエルメスのトートバッグ。足元は黒いエナメルのピンヒール。ヘアスタイルとメイクだけは派手だが今風で「金持ちのお姉さん」を彷彿とさせるが……。

「スーツはメルカリで買ったの(笑)。バッグは大黒屋、ピンヒールは実家にあったバブル当時のものを修理に出して……。コスメも使いかけの中古をメルカリで……。あなたさ、私の事見下してるでしょ? いいのよ、私がこれでいいんだから、別に誰に文句を言われる筋合いもないし……」

 いつの間にか眉間にしわを寄せて、美奈さんの話を聞いていた筆者はギクリとしたが、実際に筆者は、美奈さんの置かれた状況を、そしてそれでもなお遊び続ける美奈さんを見て、ネガティブな印象を抱いていた。

 ファッションなど見た目は派手な美奈さんだが、話を聞くために入ったのはバーでもレストランでもなく、駅前のカフェチェーン店で、コーヒー一杯で二時間も話してくれた。普段は吉野家、松屋などで食事をとり、月に6万円のマンションに十数年住み、部屋にはパソコンの一台もない。テレビは若い同僚から貰った、型落ちの海外メーカー製で、液晶画面はうっすら黄ばんでいる。六本木で見た美奈さんの姿格好からは想像すらできないような、質素で慎ましい生活をしているのだ。

──遊びをやめ、借金を返し、親の面倒を見ながら、自身の為に婚活でもしてみてはどうか?

 思わずそう言いかけそうになった時、美奈さんは筆者の考えを予想していたかのように述べた。

「こういう生活が幸せ、というのがわからないのね。私だって普通に働いて結婚して子供を産んで、っていう未来を想像していた時だってあったの。でも当時はそうじゃなかったし、周りもみんな遊んでいたから……。手遅れだ、と思っても悔しいから意地でも遊んで、結婚した子たちのことを逆に“憐れんで”みようとしたし、いつまでも遊んでいるほうがかっこいいと言い聞かせてきたのかも。そしたらだんだんね、目標もすべきこともわかんなくなっちゃった」

 筆者は、美奈さんより少し下の世代になる、引きこもり中年男性たちの取材も経験している。彼らにも目標がなく、すべきことも見つからず、ただ一日一日を過ごしていた。取材した男性は「就職氷河期」「バブル崩壊」というキーワードを口にし、原因が国や時代にあると言いたげだった。しかし、美奈さんからはそうした発言はついぞ出なかった。なぜなのか。

「誰が悪いとか、私の生活がダメとか、そういうのは大きなお世話。働かなかったら死ぬだけだし、遊びたければ遊ぶし、親の面倒見て、税金払って、誰にも迷惑かけなければいいじゃない。本当に働けなくなったときは……お金持ちのおじいちゃん見つけて……後妻業みたいな(笑)。そういうのも悪くないんじゃないかなって思う」

 彼女のように、かつて華やかだった時代の外面だけを、メルカリなどを駆使して維持する人も少なくはない。もちろん、どういった形であれ“生きてさえいればよい”といった考え方もあるだろうが、貧困のまま何とかやっていけてしまう環境に慣れてしまってはいないかと、ふと思った。貧困に慣れてしまえば、生活の向上からは遠のき、近く更なる貧困に喘がなくてはならない。数年後に、新たな貧困問題が語られていないか。一抹の不安を覚えるのだ。