初のワールドカップで2ゴールの活躍。乾は確かな足跡を残した。(C)Getty Images

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 セネガル戦の34分、ペナルティエリアの左でパスを受けると、右足でシュートを放つ。ボールは弧を描き、ゴール右隅に吸い込まれた。ワールドカップ本大会の鬼門となっていたのが、過去5大会中4大会が無得点というグループリーグ第2戦だ。セネガル戦を1-1とする乾が奪った同点弾は大きな価値を持っていた。
 
「うまくゴールに向けたし、得意のコースだったので打ってみようと。自分のサッカー人生、ずっと決定力がないと言われてきたし、自分でも分かっている。これが実力だとは思っていない。でも最近は『自分で打つ』と決めた時、自信を持って打てている」
 
 日本代表候補27人が発表された5月18日の時点では、右足の大腿部を痛めていた。5月30日の強化試合・ガーナ戦も欠場する。それでも西野監督は、登録23人のひとりに乾を選んだ。練習でフルメニューを消化できたのは6月4日。乾自身が「出遅れている」と認めた通り、当初はサブ扱いだった。潮目が変わったのは6月12日の強化試合からだ。先発起用されるとパラグアイから2得点して、一躍レギュラーに浮上する。
 
 初のワールドカップは恩返しの舞台でもあった。「サイド(アタッカー)は激戦区。でも、30歳の自分を選んでくれた」。ハリルホジッチ監督時代は久保や中島、浅野らリオ五輪世代が起用されていた。最終的には彼らではなく、自分が選出された。結果を残すことが西野監督への感謝となり、選外となった若者たちの無念を晴らす、乾にできる唯一の方法だった。
 
 日本代表が逆風にさらされていた大会前、日本協会の田嶋会長は「ラッキーボーイが現れてほしい」と願っていた。強化試合のパラグアイ戦後、乾は「オレ? それは本大会が始まってみないと分からないですよ」と話していた。
 
 出場736選手の中で最軽量(メキシコのアキーノらも同じ体重)だった”左の翼”は、ラウンド16のベルギー戦でも鮮やかなミドルシュートを叩き込んで見せた。30歳の大人に「ボーイ」は失礼かもしれないが、乾は紛れもなく西野ジャパンに幸運をもたらした男のひとりだった。
 
取材・文●飯間 健