川之石vs西条農

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川之石の「忠実」、西条農の「意地」

 「引き付けて、センター中心」。1時間44分の試合中、1時間以上はこのような光景が繰り広げられた。投手の生命線である「アウトロー」を、この日も始球式で体現した1967年夏の甲子園決勝戦・三沢(青森)との延長18回引き分け再試合・全国制覇時のエース・井上 明さん(松山商OB)と同じく、川之石打線は基本へ忠実に14安打16得点を奪ってみせた。

 

 加えて2三塁打含む3安打で6打点のリードオフマン・靄 直孝(3年主将・遊撃手・右投右打・164センチ52キロ・伊方町立伊方中出身)など技術力のある選手も複数おり、右サイドのエース・岩城 大聖(3年・右投右打・177センチ61キロ・八幡浜市立八代中出身)も休養十分。次戦第3シードから連覇を狙う済美相手に、彼らが「忠実に」どのような戦いをできるか注目したい。

 

 対する西条農の「意地」も見事だった。打者ごとに守備位置を変え、4回表には三直併殺を奪うなどまずは守備で研究の成果を見せると、その裏には先頭打者の4番・桂 良真(3年・中堅手・179センチ68キロ・右投右打・西条市立西条西中出身)が目の覚めるような中越三塁打。一死後、6番・伊藤 翔(1年・投手・右投右打・167センチ58キロ・新居浜市立東中出身)の左前適時打につなげると、1対16で迎えた5回裏二死二・三塁でも右前に落とす執念の2点打。3番主将の文野 凌輔(3年・捕手・167センチ57キロ・西条市立西条北中出身)は試合後もひとしきりグラウンドを見つめ涙に暮れていたが、3年生4選手、マネージャー2人の2年半の集大成は、十分に見えていた。

 

(レポート=寺下 友徳)