若き経営者が革命を起こそうとしている(写真:Tomwang112)

あるベンチャー企業がタクシー業界の常識をイチから変えようとしている。米ウーバー(Uber)やリフト(Lyft)のようなライドシェア(相乗り)サービスではない。広告の力で運賃を無料にしてしまおうという、「無料タクシー」だ。いったいどんなサービスなのか。

配車サービス「ノモック(nommoc)」は、車内にあるスクリーンでさまざまな広告を見ることにより、無料で移動できる。アプリで事前登録をし、乗降車地点を指定すれば、ノモックのラッピングカーが迎えにくるという。2019年3月に福岡で行われる実証実験に向け、現在準備中だ。

たった4分半で5000万円を調達

2022年には都内で2000台、2023年には売上高67億円のサービスに展開していくという。今年5月に株式投資型クラウドファンディングで資金調達を募ると、目標額の5000万円をたった4分半で達成し注目を集めた。

『週刊東洋経済』は7月9日発売号(7月14日号)で「ビジネスヒントはここにある!すごいベンチャー100」を特集。注目のベンチャー企業100社を総まくりで紹介するほか、活況に沸くベンチャー界の最新の動向を伝えている。

ノモックを立ち上げたのは、現在23歳の映像クリエイター・吉田拓巳氏だ。吉田氏は福岡県出身で、12歳の頃からビジュアルジョッキー(ライブなどで映像演出を手掛ける職業)として活躍。大型のイベントや音楽フェスで展開する広告の制作チームを率いてきた。高単価で、より高い広告効果を生むにはどうしたらいいかを考える中で、吉田氏がたどり着いた答えは意外にも、「移動中の車内」だった。


吉田拓巳氏は「移動中の車内」に目をつけた(記者撮影)

「正直、タクシー業界に特段関心があるわけではなかった。1人でいる空間で、乗り降りする場所のデータがあることは、広告を打つ媒体として最適。飛行機のディスプレーや、トイレの個室などでもいいと思っている」(吉田氏)

たとえば同じ20代女性でも、銀座によく行く人と下北沢に住んでいる人では、好きなファッションや商品の嗜好は違う。ノモックの場合は、利用者が事前にアプリをダウンロードして、性別・年代・関心事項などを登録する。さらに無料タクシーに乗った場所や行き先、時間帯に合わせて細かく利用者の興味関心を推測することで、より成果につながる高単価な広告を流せる。

すでに広告の依頼も来ており、数万円単位で依頼をする地元の飲食店から、高額の広告費を出す大企業までさまざま。依頼内容に合わせ、映像制作のノウハウを駆使して広告を作っていく。ただ見て終わりになるCMだけではなく、たとえば広告画面を触ると、情報がスマートフォンに飛び、その場で商品が買えたり、ユーザーの好きそうなイベント情報があれば、その場でチケットを購入し、タクシーの行き先を変えたりすることも可能だという。

無料タクシーのサービスに既存のタクシー事業者からの反発はないのか。意外にもサービスをリリースしたとき、個人タクシードライバーなどから問い合わせが殺到したという。

待遇の悪さに辟易するドライバーにも福音か

「労働力を業界から奪おうとしているわけではないが、タクシー業界の待遇の悪さを実感せざるをえない」(吉田氏)。ある大手タクシー会社社長は、「あのビジネスモデルは面白い。参考にできるところは学びたい」と話しており、実際にコンタクトを取るタクシー会社も出ている。タクシーというインフラを使って広告ビジネスを収益化できれば、まったく新しい市場を生み出せる、これがノモックの狙いだ。

それにしても、このビジネスモデルは本当に成り立つのか。ノモックの無料タクシーでは、広告収入だけでドライバーの人件費などをまかなわなければならない。吉田氏の試算では、「業界平均よりも多い収入をドライバーに払える」というが、車両代や燃料費、維持費のほか、システム開発費もかかることを考えると、収益化は容易ではないだろう。

また人材採用も課題だ。現在は社員4名と、海外にアウトソーシングしている20人のエンジニアがいるが、集客のための営業、システム運用、広告制作、タクシー業務と、今後多くの人材が必要になってくるためだ。そうこうするうちに、調達した5000万円はすぐになくなってしまうだろう。新たな資金調達については、エンジェル投資家やベンチャーキャピタル、IT企業などと対話を進めており、中国から投資したいという話も出ているという。

もう一つ、大きな課題として、規制への対応がある。2015年、ウーバーが福岡市で行ったライドシェアの実証実験で、乗客からは運賃をもらっていなかったが、ドライバーにデータ提供料として報酬を支払っていたことで「白タク業務の疑いがある」として、国土交通省の九州運輸局から中止指導を受けたことがある。


過去の事例からもわかるように、輸送業務は規制による参入障壁がある。国交省の担当者は、「報道ベースでしか運用形態を把握しておらず、どこかのタイミングで(ノモックに)聞き取りをするつもり。現在の見解は示せない」とコメントしている。ノモック側は、地元福岡のタクシー会社の元副社長・宇高良一氏を顧問に迎え、対策を考えているという。

サービス開始までに乗り越えなければならない課題は多いが、ノモックは2019年3月から、福岡で8台の運営を実験的に開始する予定だ。事前登録をした利用者が繰り返し乗ることで、タクシーでの移動と購買の関係性をデータとして集める。「“無料”で話題を呼んでおり、希望者全員を乗せられないかもしれない」(吉田社長)と自信を見せる。前代未聞の「無料タクシー」。その船出の準備が着々と進んでいる。