7月10日、記者会見の後に握手する月岡隆・出光興産会長(右)と亀岡剛・昭和シェル石油社長。両者からは、経営統合の合意に至った安堵感が感じられた(撮影:尾形文繁)

7月10日、石油元売り大手の出光興産昭和シェル石油が経営統合で合意した。昭和シェル株と出光株を交換する。10月に株式の交換比率を決定し、12月の臨時株主総会で決議する。出光の筆頭株主である日章興産など創業家らは条件付きながら賛成を表明しており、臨時株主総会で決議されるのは間違いない状況だ。昭和シェル株は来年3月29日に上場廃止となり、昭和シェルは来年4月に出光の完全子会社となる。

両社は2015年7月に経営統合に向けて協議することで合意。ところが2016年6月の出光の株主総会で、大株主である創業家が「他社と合併すれば創業理念が失われかねない」として反対を表明した。

それでも両社は経営統合にこだわった。対等合併を念頭に、検討部会を設置したり、人事交流を進めてきたりしてきた。「のべ2000人以上の人事交流をすでに実施している」(月岡隆・出光興産会長)。そして2017年7月に、創業家に断りもなく出光が公募増資に踏み切り、創業家の持ち株比率が低下すると、出光と創業家は完全な没交渉状態に陥った。

村上世彰氏が仲裁に入り膠着事態を打開

旧・通商産業省(現・経済産業省)の元官僚で、アクティビストとして知られる村上世彰氏に仲裁の依頼があったのは2017年秋のことだった。見るに見かねた財界人が村上氏に相談を持ちかけた。村上氏は2018年1月に出光株を1%弱購入。株主として2月から接触を開始した。村上氏の折衝で、会社と創業家との交渉が再開したのは4月からだった。

村上氏は課長補佐時代に石油業界に2年強、関わったことがある。そこで痛感したのは、石油元売り業者が乱立していることによる過剰供給が、業転(石油の業者間転売)などの弊害を生んでいることだった。「石油元売り業者は2強体制になる必要がある」「創業家、会社とも妥協しなければならない」。村上氏は創業家や会社にそう説得し続けた。

「無私の立場に立って創業家に助言した村上氏に個人的に感謝している。村上氏は元官僚の使命感から石油元売り業界に再編が必要だという考えをベースに助言した。どれだけの時間を費やしたか計り知れない」と月岡会長は会見でこう述べた。村上氏によれば、創業家や会社と村上氏との直接面談は50回を超え、電話も含めれば100回以上に及んだ。

「実を取った」子会社化

村上氏の説得を受けて、会社側は、合併という形にこだわるのをやめたうえ、「取締役会に2人、創業家の推薦する人物を入れたい」と申し出た。今回の経営統合では、形式上、出光が親会社となり、昭和シェルが子会社となる。創業家側は合併ではなく子会社化ならば経営理念や社風を維持できると判断したようだ。


出光興産の月岡隆会長。「大事なのは統合で強くなること」と何度も繰り返した(撮影:尾形文繁)

「『実質が大事だ』というのが、われわれの到達した結論」。月岡会長は会見でそう語った。今回は子会社化だが、統合後の出光の取締役会には、出光創業家が指名する2人を除けば、出光が3人、昭和シェルが3人と同数が入る予定。代表取締役も出光が2人、昭和シェルが2人を指名し、昭和シェルが指名する候補者は必ず代表取締役に就任する。

つまり、会社同士は親子関係になるが、経営陣は対等になる。これなら、当初子会社化に反発していた昭和シェルも受け入れやすい。

現場での統合作業は3年前からすでに進んでいる。統合後は両社とも名刺や封筒などに「出光昭和シェル」というトレードネームを使うことなども考えると、今回の統合は事実上の合併と言っていいだろう。

一方で、出光は大幅な株主還元も発表している。2019〜2021年度の純利益が5000億円以上になることを前提に、同期間の株主還元性向を50%以上にするとした。つまり、来期以降の3期で計2500億円以上の配当や自己株買いを実施する。自己株買いは株主還元の1割以上実施するという。出光の前2018年3月期の配当性向は1割にも届かない。それが自己株買いを含めて5割になるのだから、筆頭株主の創業家にとって悪い話ではない。

新たな株主還元や子会社化で創業家の溜飲を下げ、取締役会の構成を対等にすることで昭和シェルの「対等の精神へのこだわり」を実質的に保ったともいえる。亀岡社長が「大事なのは統合で強くなることだ」と会見で何度も強調したのが印象的だった。「対等合併という形を捨て、実を取るほうが何倍も賢い」と言わんばかりだった。

残る課題は創業理念が統合後も守られるかどうかだ。「人を大切にする昭和シェルの精神は、出光の”人間尊重”の理念にまったく共通している。出光の5つの経営方針も、昭和シェルの5つの経営方針とほとんど一緒。両社が原点としているものはほとんど変わらない」と昭和シェルの亀岡剛社長は会見で理解を求めた。

3年間は無駄ではなかった?

経営統合へ向けた協議開始に合意してから3年が経つ。会見ではそのことに質問が集中したが、月岡会長も亀岡社長も「決して無駄ではなかった」と会見で繰り返した。


昭和シェル石油の亀岡剛社長。「両社の経営方針はほとんど変わらない」と強調した(撮影:尾形文繁)

創業家の反対で最終合意に至らず、創業家と膠着状態にあった中でも「統合に向けた協議は粛々と進めてきており」(月岡会長)、特にブライターエナジーアライアンス(BEA)という名の提携関係の下での協業が奏功。「JXTGホールディングス(による1強体制)が立ち上がり、一方で需要が減退している中で、昭和シェルとの統合が有力な戦略の1つだと創業家に説明してきた。BEAで統合の将来像をお示したのが、賛同いただけた理由の1つだと考えている」(月岡会長)。

統合によるシナジー効果は5年で500億円。これは協議を開始した2015年の試算だが、それは今も変わらないのだという。「出光が3つ、昭和シェルがグループで4つ有する製油所は、どれも競争力のある製油所であるほか、アジア全体での競争を展望すれば閉鎖する必要はない」と月岡会長や亀岡社長は強調した。

3年間は本当に無駄ではなかったのか。創業理念は守られるのか。こうした疑問に事実を伴って答えられるのはまだ先の話である。