なぜシンガポール富裕層におカネを上手に使わせることができるのか。 日本も「おもてなし」をもっとおカネに変えてもいいはずだ(筆者撮影)

よく「日本のおもてなしはすばらしい」と言われます。しかし、「それでおカネをたくさん稼いでいるかどうか」となると別の話です。その点、日本が学びたいのが「シンガポール版おもてなし」です。住んでいるとわかるのですが、シンガポールはやや大げさに言えば「富裕層がおカネを落としていくおもてなしの手法」を知っているのです。

つい先日も、同国は見事にそれをやってのけました。6月12日の米朝首脳会談です。ホテル代など13億円のコストで優秀なホスト国(VIP対応が完璧にできる国)であることを、全世界に印象づけました。たとえば同国のチャンギ空港は「アジアナンバーワンのハブ空港」というブランドをドバイ空港(アラブ首長国連邦)と熾烈に競っています。「通行規制」などによる国民の不便を考えても、「世界のVIPをおもてなしできる国」というプレゼンテーションができたのは非常に意義があったのです。

たった561万人の人口で観光収入が2兆円超

観光収入のデータを見ると、同国がいかに富裕層を集めているかは一目瞭然です。2017年の観光収入は約2兆1960億円、外国人旅行者数は約1740万人。一方、日本はそれぞれ約4兆4162億円、約2869万人。人口約561万人、面積は東京23区と同程度、GDPも神奈川県と同程度なのに、日本全体の観光収入の約半分を稼ぎ出していることを考えると、驚異的です。

デービッド・アトキンソン氏は『新・観光立国論』のなかで観光立国を目指すうえで必要なのは「気候」「自然」「文化」「食事」という4つの要素だと指摘しています。しかし、食事はともかく、シンガポールはこれらの3つの要素で恵まれているとはお世辞にも言いがたいです。実際にこれらの4つを求めて、日本を訪れるシンガポール人が多いほどです〔国籍・地域別にみる訪日外国人の旅行消費額(2018年1〜3月期)を見ると、シンガポールは12位(1.2%)と小国の割に多い〕。

ではなぜ、シンガポールは少ない資源でこれほどの観光収入を稼いでいるのでしょうか。それは同国のおもてなしは戦略的で計算高いからです。もちろん富裕層から稼いでいるという理由も大きいのですが、至るところにおカネが落ちる仕組みが作られており、自然とおカネが稼げるようになっているのです。日本も少子高齢化で国内経済が伸び悩んでいますが、経済成長をしていくには観光収入を増やしていく必要があります。そのためには無償のおもてなしは終わりにして「シンガポール流稼げるおもてなし」を取り入れるのも手です。具体的には次の3つが参考になります。

ひとつずつ解説しましょう。

玄関口の時点で快適度を上げている

1.旅行者にストレスがかかりにくい

齊藤成人著『最高の空港の歩き方』では、英スカイトラックス社の空港ランキングで5年連続世界一を獲得したチャンギ空港のすごさが語られていますが、シンガポールのすごさは全般的にストレスがかからないことです。「空港にいることを楽しめる」「快適に過ごせるオペーレーションがすごい」というほかに、「あえて静かな空港にすることによっておカネを稼いでいる」という面白い記述がありました。アナウンスを最小限に抑えてできるだけ静かな空港にして、快適度を上げようという考えなのです。

そのほかにも、滞在する人にとってストレスがかかりにくい仕組みになっています。たとえば、空港からのタクシーは一列ではなく放射状に出ていて待ち時間を短縮しています。タクシースタンドとは別の場所から配車アプリを使ってライドシェアを呼ぶことも可能です。

配車アプリを利用すれば通常はわずか数分以内に配車されます。タクシーやライドシェアの利用料金は日本のタクシー代の半額程度です。空港から市内へも車で30分程度と、交通のアクセスがいいです。成田空港とは大違いです。たとえ何時にチャンギ空港に着いたとしてもタクシーに乗って短時間で滞在先や訪問先に行けるので、着いた日からアクティブに経済活動ができる仕組みになっています。世界を飛び回る「ジェットセッター」には極めて評判がよく、「出入り口を制す者、富裕層を制す」なのです。

2.店員の「笑顔」はインセンティブで作られる

シンガポールには欧米流のチップ制度はありません。しかし、実は販売員などにインセンティブを与えて売上額に応じてボーナスが入る仕組みになっていることも多いのです。

たとえばレストランのテーブル担当も有料の水やお酒などのボトルを熱心に勧めますし、アパレルなどの販売員も積極的です。顔見知りの販売員が「WhatsApp」などのSNSで新作入荷やイベントやセールなどの案内をこまめに連絡してくれることもよくあります。気になったので仲がいいスタッフに聞いたところ、顧客から予約を取り決済が完了したらポイントがついて店員の報酬に反映される仕組みがその企業にはありました。

また格付けシステムもしっかりしています。空港や店舗などあちこちにタッチパネルが置かれていて、押すだけで簡単にサービスの評価(5段階評価など)ができるようになっています。その評価がボーナスに反映されることが多いのです。ですからできるだけ「大変満足」を押してもらうよう、店員は頑張ります。またアンケート調査もしっかりしています。複雑なものだと有料になるのが一般的で、政府も大企業も、アンケートと引き換えにバウチャーをよく贈呈しています。セミナーの後もアンケートに答えたり、口座を開設したりすると景品がもらえるといったこともあります。

ある有名モールのアンケート調査に答えたら、なんと謝礼が約1万6000円分の商品券だったこともあります。当然質問も多岐にわたり時間もかかるのですが、それだけ徹底しています。このように見返りが大きいと正確に書く人が増え、より正確な調査を行うことができるのです。このように、同国では政府も企業も、顧客の要望のヒアリングとサービスの改善を常時真剣に行っているのです。

3.「支払う金額に応じたサービス」を

日本はまだまだ大衆が中心のマーケティング(市場調査や広告宣伝・販売活動などをしながら顧客を増やしていく取り組み)ですが、シンガポールでは違います。どちらかというと欧米に近く、支払う金額に応じて受けられるサービスが小刻みに決められているのが一般です。代表的なのは銀行です。商業施設の会員カードメンバー、レストランなども4〜5段階に分かれています。

たとえば、レストランは米国のように「1.ファストフード」「2.ファストカジュアル」「3.カジュアルレストラン」「4.アッパーカジュアル(呼び名が変わる場合も)」「5.ファインダイニング」などに分類されており、客単価はしだいに高くなり、サービスや手間暇も多くなります。

いろいろなものが無料提供される日本のほうが珍しい

日本のように、どんなレベルのお店でもウェットティッシュやお茶が無料提供されるといったことは珍しいのです。

たとえば「2.ファストカジュアル」のレベルに該当するレストランでテーブルに置かれていたウェットティッシュを使ったことがありますが、会計の時には使った数に応じて1組160円程度の代金を請求されました。もちろん中国茶や水も有料です。飲茶(ヤムチャ)など、細かいものをたくさん頼んでいたらレシートを見ても気がつかない人もいるでしょうし、消費者が気づきにくいところから料金を取っています。

一方、日本のように無料だとそれはそれですばらしいのですが、顧客はたくさん使ってしまいがちで、店のコスト意識も低くなってしまうのではないでしょうか。

おしぼりに至っては顧客単価が2万円程度する「5.ファインダイニング」レベルの店なら香り付きで出ていたことが何度かありました。シンガポールのサービスチャージは10%なので、無料で提供しても元は十分に取れます。日本では中級店クラスでもしっかりしたおしぼりが出ますが、シンガポールではホテルなどの高級店でリクエストをしないかぎり、出てきた記憶がありません。

品質の高いサービスには対価を求めるシンガポール

逆に、「3.カジュアルレストラン」といわれるクラス以上からはテーブルごとに担当がつくのが一般的です。店員は客がオーダーしたものはしっかり覚え、違うテーブルでオーダーされた物が間違って運ばれてくるということはまずありません。「アレルギーや苦手な食材がないか」「ここまでのサービスに満足しているか」といった質問もこまめにしてくれます。プリフィックス(メニューから好きな料理を自由に組み合わせて選ぶ方式)の場合でもメインディッシュが苦手でどうしても食べられないときなどは頼めば変えてもらえる場合もあり、融通が効きます。シンガポールにはベジタリアン、ビーガン(酪農製品も食べない絶対菜食主義者)、ハラル対応ができるレストランも数多くあります。


また値段設定は本当にしっかりなされています。特に評価されている店の単価は相応となるため、「予約が何カ月も取れないレストラン」などという店はあまりありません。「1.ファストフード」「2.ファストカジュアル」の人気店は当日並ぶスタイルの場合が多いですが、それ以上のクラスでは数日前に予約をすれば取れる場合が多いです。突然の訪問客に「連れて行く店がない!」ということも起こりにくいのです。

世界中から超富裕層や多種多様な人を受け入れているシンガポールは、個別対応が本当に上手です。特に超富裕層の扱いは上手。この層は細やかだといわれる日本人の眼からみても「神経質すぎる」と感じるような人も多々います。しかしこの「手間暇」を「稼ぐ力」に変えられるのがシンガポールのタフさだと感じます。日本もしっかりしたサービスをするなら、それに応じたおカネをどんどんとってもいいのです。2020年に開催される東京オリンピックやその後に向けて、日本もシンガポールから学べるところは多いのではないでしょうか。