スポーツ選手によく聞く「イップス」はどういう病気?

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執筆:藤尾 薫子(保健師・看護師)
医療監修:株式会社とらうべ

イップス(yips)

はもともとゴルフ用語から派生しています。

ゴルフのパットなどで精神を集中しなければならない時に、緊張から震えが起こる状態を指していました。

「子犬が吠える」という意味の"yip"が語源です。

現在では、集中すべき場面で極度に緊張し震えや硬直を起こす状態として、スポーツ全般に用いられる用語となっています。

かつてイチロー選手が「イップス」だとカミングアウトして、広く一般に知られるようになったという説もあります。

今回はこの

イップス症状に対する見解

河野昭典氏(イップス研究所、横浜催眠心理研究所、所長)によると、イップスはゴルフや野球をはじめ、メンタルが重要なスポーツで誰もが経験する可能性がある精神的症状であるといいます。

イップスを

「外部や自分の心の中で生じるプレッシャーによって、普段は何も考えずにできていることが急にできなくなってしまうこと」

と規定し、

「心の葛藤により筋肉や神経細胞、脳細胞にまで影響を及ぼす心理的状態」

と解説しています。

また、

「スポーツの集中すべき場面でプレッシャーにより極度に緊張を生じ、無意識に筋肉の硬化を起こし、思い通りのパフォーマンスを発揮できない症状」

とも指摘しています。

【参考】イップス研究所HP(http://yips.jp/)


河野氏は、日刊スポーツ社の取材に対して、アスリートに限らずそば打ちの名人、楽器の演奏家、美容整形の医師、作家などが仕事に支障をきたしたり、はたまたビジネスマンが会社に行けなくなったりすること(電車に乗ると具合が悪くなる)なども、以前にできていた行動が急にできなくなるのですから、イップスと呼んでいいでしょう、と話しています。

【参考】日刊スポーツ コラム『イチローも悩まされたイップス なぜ起こる』(https://www.nikkansports.com/baseball/column/yips/news/201801200000197.html)


また、元野球選手で現在はトレーニングサポート研究所を主宰する松尾明氏は、自身もイップス経験に悩んだといいます。

松尾氏は、これまでイップスに悩む多くの選手に接してきて「イップス克服コーチング」を実施しており、イップスが「ある特定の動きにだけ反射的に起こる運動機能障害」ということを強調されています。

前述の河野氏は、イップスを「心の葛藤が運動障害にも影響をおよぼす心理的症状」と位置づけているのに対して、松尾氏は「心の病ではなく神経の症状だということが明らかになりました」と言明しています。

イップスは医学的な解明には至っていないというのが実情のようで、今後の展開が待たれます。

【参考】松尾明のイップス克服コーチングHP(https://www.matsuoakira.com/)

ジストニアとして捉えるイップス

河野氏、松尾氏の両名とも、イップスと

「ジストニア」

との関連性に言及しています。

ジストニアは、身体が意思とは関係なく動いて制御できなくなる「不随意運動」のことで、全身性と局所性の場合があります。

ジストニアは脳内の神経に起こる変調が原因と見なされ、遺伝性や職業性、脳障害の後遺症や薬の副作用などにより引き起こされると考えられています。

そのなかでイップスは、職業性ジストニアと関係があるのではないかと指摘されています。

同じ動作や姿勢を反復的・高頻度で繰り返すことが、脳神経に何らかの影響を及ぼし脳に変調を来たす、というのです。

局所性ジストニアに多く、アスリートや演奏家、文筆業など身体の一部を酷使する人に発症することが多いため

「職業性ジストニア」

とも呼ばれています。

イップスでストレスや落ち込みが大きくなる

イップスの原因はいわゆるプレッシャーのような心理的要因?

それとも持続的な神経の局所的興奮による運動障害?

そうした議論は専門家に委ねるとしても、イップスの経験が結果的に大きなストレスになったり、気分の落ち込みに結びついたりすることは想像に難くありません。

アスリートや演奏家のように、高度な成果を求められる職業の人はなおさらでしょう。

そして、原因が分からないままそのような状態が続けば、落ち込み度合いやストレスも増幅してしまいます。

ですから、「いくら練習を重ねてもいざという時にうまくいかない、思い通りのパフォーマンスができない…そんな状態の持続がイップスなのだ」、とまずは理解しましょう。

症状が軽ければカウンセリング、重いときは神経内科などを受診して、早期に対処することが重要です。

イップスである、という心理的負担をできるだけ軽くしてあげることが、回復への近道の一つと言えるでしょう。


<執筆者プロフィール>
藤尾 薫子(ふじお かおるこ)
保健師・看護師。株式会社 とらうべ 社員。産業保健(働く人の健康管理)のベテラン

<監修者プロフィール>
株式会社 とらうべ
医師・助産師・保健師・看護師・管理栄養士・心理学者・精神保健福祉士など専門家により、医療・健康に関連する情報について、信頼性の確認・検証サービスを提供