メルカリ会長兼CEOの山田進太郎氏

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6月19日、東証マザーズに上場したメルカリ。時価総額は初日の終値ベースで7100億円を超えた。2013年7月のサービス開始からわずか5年。なぜメルカリだけが突き抜けたのか。山田進太郎CEOを追いかけてきた井上理氏は、その理由として「3つのこだわり」を指摘する。前編に続き、後編では「資本政策へのこだわり」と「細部へのこだわり」について紹介する――。(後編、全2回)

■「ノールック5000万円」の出資が決まった日

自己資金の3000万円を投じて起業した山田は、創業から3カ月半後の2013年5月中旬に早くも最初の資金調達をした。出資したのはエンジェル投資家として活躍している松山太河。かつて2000年前後のネットバブル時代、渋谷を起点に「ビットバレー」と呼ばれたムーブメントの中心にいた人物としても知られる

5月のある日、旧知の2人は久しぶりに会い、山田は東京・六本木の街を歩きながらメルカリの構想を話していた。六本木の交差点に差し掛かった時、松山が「5000万円くらいなら、出すよ。どのくらいの条件がいい?」と切り出した。

アプリもサービスも開発の途上で、まだ存在しない。だから山田はこの日、資金調達の話をするつもりはなかったが、突然のオファーに「バリエーションは7億円くらいですかね」と答えた。バリエーションとは出資時の企業価値であり、3000万円で作った会社がいきなり約23倍の7億円という価値になった、ということを意味する。それでも松山は、六本木の交差点を渡りながら、「はい、それいいです」と即答した。

単なる構想にほぼ「ノールック」で5000万円の出資を決めた松山もすごいが、山田の決断も慧眼と言える。なぜなら5000万円は、当時の山田にとって、自己資金でも十分に賄える額だったからだ。

■外部からの資金で自らを追い込む

メルカリの前にウノウというソーシャルゲームのベンチャーを起業していた山田は2010年、当時、フェイスブック上のゲームアプリなどで一世を風靡していた米ゲーム大手のジンガに数十億円でウノウを売却。個人としても数億円の売却益を得ていた。

一般に、外部からの出資を得ると資金は増えるが、創業株主としての出資比率が希薄化し、経営の自由度も制限される。そのため、2回目の起業など自己資金が潤沢にある場合は外部からの出資を嫌うことが多い。にもかかわらず、山田があえて外部からの出資を得たのには理由があった。

「一番大きな理由は、自分のお金と会社のお金の財布が分かれることによる効果です。自己資金だと、人を雇うにも自分の財布から1人あたり1000万円出すみたいな感覚になってしまうので、やっぱり思い切った投資はすごくやりづらくなる。でも、最初の調達があったからこそ、思い切っていい人材を集めようという気になれた」

そう話すように、山田は調達後、開発チームの人員を一気に数人から15人規模まで増員した。ただし、人件費を1人1000万円と計算すると5000万円を足しても1年と持たない。そう、山田は次なる資金調達をせざるを得ない状況へと自ら追い込んだのだ。

■アプリリリース後、資金調達ラッシュへ

「9月までに次の調達ができなかったらたぶんキャッシュアウト。そういう状況でした」。そう振り返る山田は、アプリがリリースされた翌8月、2回目となる3億円の資金調達を成功させた。調達先は、アプリ開発やネット広告関連のサービスを展開するIT企業のユナイテッド。調達資金は膨らんだ人件費への充当に加え、リリースされたアプリの広告宣伝にも1000万円単位で投じていった。

勢いは止まらない。翌年の2014年3月、まだ創業から1年しか経っていないベンチャーは、グロービス・キャピタル・パートナーズや伊藤忠テクノロジーベンチャーズなどを引受先とした第三者割当増資を実施。一気に14億5000万円も調達した。

■山田流・勝つための資本政策

山田の資本政策とは、攻めるため、言い換えれば、勝つための資本政策だと語る。

「重要なことは、この市場で1位になるかどうか。5000万円も、3億円も、1年後の14.5億円も、当時の自分たちには相当大きな調達だったのですが、とにかく勝ち切るということがファーストプライオリティーになっていて、自分たちの保有比率が希薄化しても1位を取れればそれでいい、という発想でやっていました」

「あの頃、競合他社は、マーケットの可能性をそこまで信じて資金を投下することができていなかったんですね。走り出して、足元の数字は伸びているけれども、それでもまだ分からない状態というか、2013年末にはLINEさんもフリマアプリ事業に参入してきて、先行きは全然、クリアじゃなかった。そうした中、出資者のおかげで強気で投資できたことは、本当に有難かったです」

「加えて、僕らに出資してくれた投資家はほかの競合には出資しないわけで、その意味では応援団を作るというような感覚もありました。できるだけこっちの陣営に引き入れて、勝ちを盤石にするという。かなりのリスクを背負って投資してくれているからこそ、損をさせてはいけないという強い気持ちが芽生え、さらに勝ちにこだわるという好循環も生まれた。本当にウィンウィンの関係ができたと思います」

ここまでのこだわりが、大局観をもって状況を見定める「鳥の目」だとしたら、プロダクトや広告の細部に目を凝らす「虫の目」も同時に持ち合わせていた。

■試作アプリを捨てた英断

3つ目のキーワードは、「細部へのこだわり」である。

話は、エンジニアが耳の病気で離脱した、創業1カ月半後の時点に戻る。この時まで、メルカリのアプリは、ウェブページを使って画面を実現する、いわゆる「ガワアプリ」の方式で開発が進められていた。この方式をとれば、アンドロイドとiOS、それぞれ最適化して開発する「ネイティブアプリ」より、工数が大幅に減少する。半面、使い勝手はウェブページの閲覧と大差なく、アプリならではのメリットを出しにくい。

実際、何とかラフに動くようになった最初の試作アプリは、次の画面の読み込みが遅かった。試した山田の感想は「ウェブブラウザーを使っているような感覚。これじゃダメだ」。その場で、ガワアプリを破棄し、ネイティブアプリで作り直す決断をした。以降、山田は微に入り細に入り、アプリへのこだわりを見せていく。

■取引のプロセスをシンプルに

アプリのデザインでは、とにかく出品がなければ始まらないので、出品ボタンを邪魔になるくらい前面に押し出した。また、出品が少ない時でもアプリを開いてもらえるよう、トップ画面には常に新着の商品が並ぶようにした。中でもこだわったのが、ユーザーがなるべくシンプルに取引できるような見せ方だ。

たとえば競合アプリでは、購入時に「購入申請」というプロセスを要していた。購入の意思を示した後、出品者がOKを出してはじめて、カード払いや銀行振込といった決済に進む仕組みだ。メルカリではこの手順を簡略化し、すぐに買えるようにした。

「出品して購入されて取引が終わる一連のサイクルをいかにシンプルにするかにこだわりました。『発送してください』『コンビニで支払ってください』といったメッセージも、誰が見ても分かる文言にしようとすごくこだわっていましたし、たぶんほかのアプリよりもだいぶ分かりやすかったんじゃないかなと思います」

こうした細部へのこだわりは、プロダクトにとどまらない。

■「メルカリ♪」の音声ひとつにこだわり

2014年3月に調達した14.5億円を原資とし、メルカリは同年5月からテレビCMを流し始めたが、実は、半年以上も前から周到に準備されたものだった。

山田がこだわったのが科学的なアプローチ。テレビCMの経験がある起業家仲間からの情報に加え、広告代理店が把握しているCMの効果測定や、調査会社アップアニーが提供しているアプリ市場のデータを取り寄せ、テレビCMの効果を子細に分析した。

結果、ダウンロード数が少ない時よりも、100〜150万件以上の実績がある時のほうがCMの効果が高いことが分かった。最後の画面で「何百万ダウンロード突破」という文言を入れる、ブランド名をCM冒頭で明確に音で表現する、といった効果的な手法も見えてきた。

広告代理店を博報堂に決めた後、ミクシィ取締役を経て2013年12月にメルカリに移った小泉文明(2017年4月より取締役社長兼COO)を中心にCM制作を進めたが、数え切れないほどの修正を重ねたという。「メルカリ♪」という音声ひとつにしても、レコーディングやミキシングを何度も繰り返した。

結果、2014年5月頭、CMを流す直前に約200万件あったダウンロード数は、5月末には100万件増加。さらに流通総額が2倍になるなど、既存ユーザーの取引も含めて活性化させることに成功した。

■「ほんの少しの差が決定的になっていく」

こうした1つひとつのこだわりの効果は、少ないかもしれない。しかし、その細部へのこだわりこそが重要だと山田は説く。

「ほかのネットサービスよりもほんの少し、1%でも良い部分が積み重なっていけば、複利ですごい差になっていく、というようなことを米アマゾンのジェフ・ベゾスCEOなども言っていますが、そこは僕自身もわりと信じていまして。CMを見た100人のうち1人が興味を持ってくれるか2人なのか、あるいは、ダウンロードした100人のユーザーのうち10人が出品してくれるか11人なのか、微妙な差ですが、このこだわりが、決定的な差になっていったというのは確実にあると思っています」

3つのこだわりで国内のレースを勝ち抜き、上場へと導いた山田。言うは易く行うは難し、だが、最初からグローバル市場を見据える「目線の高さ」があったからこそ完遂できたのだろう。

■「創業からしばらく、経営や戦略を伏せてきた」

「日本だけでなく世界が舞台」。6月19日の上場記者会見で山田は、改めて世界で勝負する覚悟を口にした。

「世界を目指す」「グローバルで成功する」と口にしないITベンチャーの経営者を見かけるのは難しい。というほど、「世界」という目標はありふれたベンチャーのゴールになっている。しかし、山田のそれは、決して見てくれではない凄みがある。彼を世界に向かわせた環境や思想については別稿に譲るが、その覚悟は本物と言えるだけのストーリーがある。

むろん、世界で勝ち抜くことは容易ではない。創業翌年の2015年9月から取り組んでいる米国市場に数十億円の投資を注ぎ込んでいるが、今のところ思うようには進んでいない。それでも山田は上場で得た約600億円の資金を武器にアクセルを踏む。

「米国は、うまくいけばいくほどお金が掛かると思っているんです。でも、市場規模は米国だけでも日本の4倍はあることがわかっている。KPI(評価指標)を見ながら、きちんとトップラインを伸ばしていく。その資金が(上場で)得られたというのは結構大きい」

ウィナー・テイク・オール(勝者総取り)のグローバル市場でパワープレーに挑もうとしているメルカリ。日本で貫いたこだわりを持ち込むのか、はたまた新たなこだわりを見つけるのか。

「創業からリリースまでは『モバイル×コマース』としか言っていなかったし、リリース後もしばらくは、経営や戦略をなるべく外部に分からせないよう、極力イベント登壇やメディアに出るのは避けてきた」。そう明かす山田は今、新たなステージでのこだわりの策を周到に練っていることだろう。(文中敬称略)

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井上 理(いのうえ・おさむ)
フリーランス記者。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業、日経BP社に入社。以来、IT・ネット業界の動向を中心に取材。日経ビジネス、日経ビジネスオンライン、日本経済新聞電子版などの記者を経て、2018年4月に独立。著書に『任天堂 “驚き”を生む方程式』(日本経済新聞出版社)、『BUZZ革命』(文藝春秋)。

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(フリーランス記者 井上 理 撮影=今村拓馬)