コロンビア戦の後半、ゴールを決め、喜ぶ大迫(左から2人目)(写真=AFP/時事通信フォト)

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サッカー日本代表・サムライブルーがコロンビアに勝利したことにより、W杯ロシア大会が一気に盛り上がりを見せている。ボールを譲らずPKを決めた香川真司は「勇者」と讃えられ、決勝ゴールを決めた大迫勇也は「大迫ハンパないって」という10年前の“名言”が再燃している。だが、第2戦のセネガルはコロンビア以上に前線のプレスが強烈。それをどうかいくぐるのか。元週刊サッカーマガジン編集長の北條聡氏が解説する――。

■“天運”を呼び込んだ大迫と香川の「奇襲」

勝負事は、何が起きるか分からない。

その見本のような試合だったかもしれない。ロシア・ワールドカップの初戦で、日本が強豪コロンビアを破った一戦だ。スコアは2−1。1点差の際どい勝負でもあった。

日本に天運が転がり込んだのも確かである。4年前のブラジル大会で手痛い2ゴールを浴びたハメス・ロドリゲスの名前が先発リストになかった。万全のコンディションではなかったからだ。後半から登場したものの、明らかに精彩を欠いていた。これが、第一の幸運だろう。

第二の幸運は、キックオフから5分と経たないうちに数的優位を手にすることになったことだ。コロンビアのMFカルロス・サンチェスがボックス内で香川真司のシュートを「故意に手で止めた」と主審に判断され、一発退場。相手は10人で戦うハメになった。

いや、これらを運だけで片付けては失礼だろう。鋭くラインの裏へ抜け出し、相手ゴールに迫った大迫勇也と、後方からフォローに回った香川真司の「奇襲」が、ファウル(ハンドリング)を誘発した側面も大きいからだ。

■メッシも外した「PK」は侮れない

いくらアドバンテージを手にしても、それを生かせるかどうかは別の話。4年前のブラジル大会のギリシャ戦も相手が前半に退場者を出して、50分以上も数的優位で戦っている。それでも、スコアレスドローに持ち込まれていた。

ただ、ギリシャ戦と違ったのは、もう1つのアドバンテージを得ていたことである。待望の先制点だ。例のファウルで得たPKを、香川が冷静に決めている。

キッカーに「決めて当然」という重圧がかかるPKは侮れない。今大会でも、すでに2人の選手が失敗している。そのうちの1人が、あのリオネル・メッシ(アルゼンチン)なのだ。

過去のワールドカップにおいても、当代随一の名手と言われていた選手たちがPKを外している。ジーコ(ブラジル)もそうだ。PKをめぐっては、イタリアのかつての英雄ロベルト・バッジオがこんな言葉を残している。

「PKを失敗できるのは、キッカーを担う勇気を持った者たちだけだ」

自らボールを抱えて、ペナルティースポットに向かった香川は、まさに『勇者』ということか。1−0。日本にとっては願ってもない状況と言っていい。あとは(1)先制点(2)数的優位という、2つのアドバンテージを生かしてゲームを進めればよかった。

■「中盤でイニシアチブを取りたい」と考えた西野監督

ところが、ハーフタイムを待たずにFKから同点に追いつかれてしまう。過去の日本代表は、W杯で先制しながら追いつかれた試合で一度も勝っていない。それどころか、ことごとく逆転されている。

前回ブラジル大会のコートジボワール戦や2006年ドイツ大会のオーストラリア戦がそうだった。もっとも、今回は数的優位の「利点」が残っている。それを、どう生かし切るか。日本の命運は、そこにかかっていたと言ってもいい。

第一のポイントは、西野朗監督の「人選」にあった。もっと言えば、香川、乾貴士、柴崎岳の3人をそろって先発リストに加えたことだ。直近のパラグアイ戦における出来を考えれば、スタメンに抜擢されても不思議はない。ただ、この日の相手はコロンビアなのだ。

ディフェンスに回る時間が長くなる――そう考えるのが自然だろう。それを踏まえれば、よりディフェンシブな人選になっても、おかしくない。だが、西野監督の考えは違った。

「ディフェンシブに試合を進めるならば、別のキャスティングだったが、リアクションにならず、中盤である程度イニシアチブを取りたいと考えた。それには自分でもグループでもボールを扱える選手が必要だった」

■グループディフェンスの改善が柴崎の潜在能力を引き出した

その必要な選手として名前を挙げたのが香川であり、乾であり、柴崎だった。彼らの起用に「決して守り一辺倒で戦うつもりはないよ」という、強気のメッセージを込めていた。

自分たちからアクションを起こしたい――とは、西野監督が繰り返し説いていた言葉でもある。パラグアイ戦で素晴らしいパフォーマンスを演じた柴崎の起用にメドが立ったことも大きい。球際で激しくファイトし、インターセプトを連発するなどで、不安視されていた守備力が大きく改善されていた。

いや、むしろグループディフェンスの改善が柴崎の潜在能力を引き出した――と見るべきかもしれない。前線からの連動したプレスが柴崎を含む「後ろの選手たち」の仕事をやりやすくしていたからだ。

個々の守備力に大きく依存してきたハリルジャパンのやり方(マンツーマンに近い守備)とは違っている。極めて短期の突貫工事ながら、香川、乾、柴崎をまとめてピッチに送り出せるだけの「環境」が整っていた。

果たして、西野監督の決断は吉と出た。

数的優位となったことで、リアクションではなく、イニシアチブを握るチャンスが大きくふくらんだからだ。もっとも、前半はやや慎重なゲーム運びに終始している。

■ハーフタイムを境に戦い方が大きく変わった

アドバンテージを生かしたのは、後半に入ってからだ。いったい、何が変わったのか。分かりやすいデータ(数字)が、ある。

▽前半<49%> ▽後半<67%>

日本がボールをキープしている割合、いわゆるボールポゼッションの率だ。確かに、前半のそれとは明らかに違っている。ハーフタイムを境に戦い方が大きく変わったと言っていい。

時間帯別(15分毎)のポゼッション率をみると、46分〜60分=72%、61分〜75分=69%、そして、76分から試合終了までが61%だった。反撃へ転じたいコロンビアから、肝心のボールを取り上げてしまったわけだ。

ハーフタイムに修正を施し、各選手がそれにうまく対応している。日本が十全に生かしたのは「数の優位」に伴う「場所の優位」だった。コロンビアのフォメーションは4−5−1。それが10人になってから、4−4−1に変わっている。中盤の枚数が1つ減ったわけだ。

ピッチから消えたのは、1トップの背後につけるトップ下のポジション。そこに「空白」が生まれた。目障りな存在(トップ下)がいないのだから、柴崎と長谷部(ドイスボランチ)はそこをうまく使えばいい。

■パスワークの軸となった「司令塔」柴崎

さらに長友佑都と酒井宏樹の両サイドバックが高い位置を取って、マークにつくコロンビアの両ウイングを押し下げる。当然、1トップのラダメル・ファルカオが前線で孤立。しかも、ファルカオに対して、2対1の数的優位に立つ吉田麻也と昌子源の両センターバックの両脇に格好のスペースが生まれている。

あとは、その「空白」にタイミングよく潜り込んで、味方のパスを引き出せばよかった。とくに前半から巧みなポジショニングでボールを集めていた柴崎がパスワークの軸となる。その姿は、文字どおりの「司令塔」だった。

コロンビアの前線(攻撃陣)がボール保持者にほとんどプレスをかけてこなかったことも、日本の追い風になっている。攻撃のために体力を温存しようとしたのか、前半から反撃を試みたせいで早々と消耗していたのか――。どちらにしても、日本の選手たちには落ち着いてパスをさばく余裕があった。

そこでコロンビアのペケルマン監督はたまらずハメスを投入するが、コンディション不良のうえに、守備の局面で役に立つ選手ではない。日本からすれば、かえってボールをキープしやすい状況となったわけだ。

いくら攻撃力にすぐれた選手を並べたところで、ボールを奪えなければ、攻めようがない。しかも、相手は守備に奔走するぶん、ストレスが溜まり、体力も奪われていく。ゲーム終盤、コロンビアの反撃に従来の迫力がなかったのも「ガス欠」に陥っていたからだろう。

■ベンチのモチベーションの高さがチームの強さに

コロンビアからボールを取り上げる戦い方が失点のリスクを減らすことに役立ったとも言える。攻撃は最大の防御――いや、保持は最大の防御か。ただ、リスクマネジメントばかり優先していては、肝心のゴールは奪えない。

(ゴールを奪うための)リスクを背負いつつ、いかにバランスを崩さずに戦うか。キャプテンの長谷部が最も腐心したのは、そこだという。決定機の数こそ少なかったが、セットプレーのチャンスを生かし、勝利を呼び込んでいる。

香川との交代でピッチへ送られた本田圭佑のCKから、大迫が会心のヘッドで押し込んだ。本田をジョーカー(切り札)として使った西野采配もさることながら、大迫の頭に吸いつくような質の高いキックで待望の決勝ゴールを導いた本田も役者である。

この日の本田は見せ場こそ少なかったが、トップ下から盛んに右サイドへ流れ、したたかに数の優位をつくり出し、ポゼッションを高める渋い働きを演じていた。いかに「フォア・ザ・チーム」に徹していたかが分かる。誰かが――ではなく、ベンチを含む全員(1人ひとり)が勝つための役割をこなしていた。

強いチームはたいてい、ベンチに控える選手たちのモチベーションも高い。いつでもチームの助けになる――という当事者意識を持っているからだ。わずか3試合の準備試合で、すべてのメンバーを使い切るなど、指揮官のマネジメントがうまく転がっているように見える。

■初戦以上に球際でのファイトが求められる

ただ、実際にそうだとしても、グループステージを勝ち抜けるかどうかは別の話だ。願ってもない条件(アドバンテージ)がいくつも重なる試合など、そうあるわけではない。

第2戦の相手は、初戦でポーランドを破ったセネガルだ。2−1というスコア以上の内容で勝利を収めている。速攻は鋭く、高密度で連動する守備の出来映えも見事なものだった。

しかも、コロンビアとは違い、前線のプレスが強力だ。被カウンターのリスクを抑えつつ、どこまで敵の圧力をかいくぐり、イニシアチブを取れるのか。ある意味、第1戦で「先送り」にされたミッションに挑むことになる。

肉弾戦に持ち込み、ファルカオに仕事をさせなかった吉田をはじめ、初戦以上に球際で激しくファイトすることも求められるはずだ。そこを避けては、セネガルの高速カウンターを阻止するのは難しい。ポーランドとの第3戦も同じことが言える。むしろ、日本の真価が問われるのは、これからだろう。

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北條 聡(ほうじょう・さとし)
サッカーライター
1968年生まれ、早稲田大学卒業。1993年にベースボール・マガジン社に入社し、ワールドサッカーマガジン編集長、週刊サッカーマガジン編集長を歴任。現在はフリーランスとして、サッカーライター、サッカー解説者として活動中。近著に『サッカーは5で考える ――可変システムがわかれば試合が10倍面白くなる!』(プレジデント社)があるほか、『サッカー日本代表 勝つ準備』(共著、日本実業出版社)、『サカマガイズム』(ベースボール・マガジン社)、『正しいバルサの目指し方(サカマガトークJAM)』(共著・ベースボール・マガジン社)など著書多数。

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(サッカーライター 北條 聡 写真=AFP/時事通信フォト)