故障中のハメスの不振は日本にとって追い風となった。(C) Getty Images

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 猛烈な神風だった。

 好結果を得るなら、少なからずコロンビアに自滅的な条件が要ると思っていたが、想像をはるかに超えて積み重なった。

 ハメス・ロドリゲスの別メニューでの調整情報は信じていなかった。ジョホールバルの記憶が強烈だったせいだ。1997年フランス・ワールドカップ予選のプレーオフで、日本と戦ったイランのエース、アジジは、試合前日に車椅子で引き上げていったが、当日は元気にプレーをした。

 まず功を奏したのは、キックオフ後の積極的なプレスだった。慎重に入ろうとしたコロンビアは、いきなりセンターバックのムリージョが左サイドバックのモヒカへの簡単なパスをミスしている。日本は最終調整の2戦でメンバーを総入れ替えしたので、最初は様子見と考えていたコロンビア側を多少なりとも動揺させたはずだ。PKに繋がるシーンも、先に身体を入れたのはD・サンチェスだったが、大迫勇也のアグレッシブな動きに慌てて態勢を崩している。こうした一連の混乱の末にC・サンチェスがハンドをしてしまった。もし大迫が決め切れていれば退場はなかったので、幸運が重なった。

 だがコロンビアも苦境に立たされ、逆に意識が統一された。やはり個々の能力は高いので、局面ごとでマークを剥がし反撃に出た。日本はブロックが下がり過ぎて、コロンビアのMFにスペースを開けるようになり、キンテーロ→ファルカオに2度ほど危険なシーンを演出されている。結局10人のコロンビアは、ミスジャッジから得たFK(ファウルをしたのはコロンビアだった)をキンテーロが決めて、1-1で折り返した。
 
 ところが後半に入ると、名将ぺケルマンが泥沼の采配で日本に流れを戻してくれた。57分にコロンビアの攻撃の生命線だったキンテーロを下げて、故障でまるで動けないハメスを投入。69分には、左サイドでスピードある突破が怖かったイスキエルドまで下げてくれた。これで日本は余裕たっぷりにボールを回せるようになった。オシム流の表現をすれば、コロンビアから水を運ぶ人が消えて、ファルカオ、ハメス、バッカへのボールの供給が断たれた。エースの故障に続き、名将までが自滅してくれたのだ。

 さすがにこれだけ条件が整えば、ボランチはノープレッシャーでボールを受けられて、柴崎岳は王様になる。この状況で前監督ならどんな指示を出したかは不明だが、いずれにしてもベンチに「遅い、早く縦に蹴れ!」と叫ぶ指揮官もいないので、日本は悠然とゲームを支配し、コロンビアの体力を吸い取ることができた。
 
 究極の結果論だが、取り敢えずJFA(日本サッカー協会)はギャンブルに勝った。さらに言えば、それだけ強運の持ち主を監督に据えた。そうとしか思えないほど猛烈な追い風を受けた。

 しかしコロンビア戦は、幸運が大き過ぎて、采配の成否も含めて判断の材料にはならない。確かに好条件が整い、ポゼッションができてハードワークも徹底されたので「日本の長所を少しでも」という西野監督の狙いは、ある程度表現できた。だが相手が攻撃を仕掛けてきた時の対応の成否は未知数だ。

 グループHでは、次戦で当たるセネガルがポーランドに快勝した。中央を固く閉じてレバンドフスキに見せ場を作らせず、逆に身体能力の違いを見せつけた。くれぐれも番狂わせではなく順当勝ちだった。セネガルのカウンターの威力は規格外で、どこからでも一度スピードに乗らせたら対応できない。
 
 一方でブロックを築いていれば、意外と強引な突破は少なく、丁寧なパス回しに終始しているので、日本は堅守を前提としたショートカウンター狙いが得策だ。現実的に2戦目は裏カードが生死を賭けたものになり、日本は最終戦で2敗してメンバー総入れ替えのポーランドを迎える可能性もある。次戦は我慢をテーマに、西野采配の真価が問われる。
 
文●加部 究(スポーツライター)