政策を担うエリートたちは政権への忖度と官僚ムラの掟でがんじがらめだ(写真:アフロ、デザイン:山根 佐保)

「忙しい月は残業が200時間を超えた。だが、翌月に受け取った残業代は10万円に満たなかった」

若手の元官僚は、霞が関の労働実態をこう明かす。

華やかなイメージから程遠い

国を動かす政策を立案し、海外留学や大使館勤務などのチャンスも多く、政治家に転身する者もいる――。そんな華やかなイメージからは程遠いのが官僚の実情だ。しかもここ数カ月は、国会に呼ばれ森友学園や加計学園の問題で苦しい答弁をする幹部官僚の様子が、幾度となくテレビに映し出された。

6月18日発売の『週刊東洋経済』は、「官僚の掟(おきて) 忖度エリートのカネと出世」を特集。「不人気、不遇、不祥事」の三重苦が襲う、霞が関の実態に迫った。


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省内外から過酷で人手が足りていないとの声が上がるのが、厚生労働省だ。「うつで辞める職員も多く、月の残業が300時間という者もいる」(厚労省中堅)。労働や雇用を管轄し、働き方改革を推進すべき官庁であるはずだが、「霞が関の中でも最もブラックな職場の一つ。まさにボランティアサークル」と同省の若手官僚は自嘲気味に言う。

そんな過酷な労働実態を察して、これまで「官僚の養成校」としての役割を果たしてきた東京大学の学生が志望する職種で人気が高いのは、いまや民間のコンサルティング会社や商社などだ。「東大卒を中心とした優秀な層が官僚を志望しない」と、幹部ポストを歴任した官僚OBも懸念する。

人事院が発表したキャリア(国家公務員総合職、旧国家公務員I種)試験の大学別合格者によると、2017年度卒業生のうち東大出身者(学部卒者と大学院修了者の合計)は16年ぶりに400人を下回った。

官僚不人気を受けて応募者数も減少。今月末に合格者が発表されるキャリア試験の応募者は2万人を割り、約半世紀ぶりの少なさを記録した。


働き盛りの20〜30代の退職者が増えている点も、霞が関の課題だ。

官僚のなかでもエリートであるキャリアの給料は、「30代前半で手取りは月30万円台後半」(現役キャリア)と決して高くはない。そのため、「大学の同窓会に参加しても、給料がいちばん低くてみじめな気分になる」(国土交通省OB)といい、辞める官僚も相次いでいる。

平均残業時間は民間の2倍以上

そして不遇の象徴が残業の多さだ。厚生労働省の過労死等防止対策白書(2017年版)によると、霞が関の平均残業時間は年間363時間と、民間の154時間の2倍以上。だが「数字以上に残業しているのが実態」と、各省庁の労働組合が参加する、霞が関国家公務員労働組合共闘会議の小池浩之議長は指摘する。

「1人当たり月36時間の残業を前提に国が予算を組んでおり、長時間の残業を申請しても原資がなく認められない。公表の残業時間はあくまで支給した額に基づいたもの」(同)と、統計に出ない大量残業が存在する。

実際に、「残業は多くて月180時間ぐらい。残業代の支給割合は課によって違うが6〜7割」(財務省若手)、「2〜3割しか残業代がつかない課も結構ある。5割支給されたら多いほう。残業の不支給には慣れた」(文部科学省若手)と、悲哀の声が聞こえる。

不遇の例として、出世の遅れもあげられる。官僚の天下りにメスが入り、上の世代が組織に滞留。その結果、10年前と比べて、働き盛りの30代が減り、50代が増えている。現場からも「かつて40代後半といえば官房長になれた歳。今は課長止まり」(総務省40代)と不満の声が上がる。


追い打ちをかけるのが不祥事だ。世間を騒がすモリカケ(森友学園・加計学園問題)に加え、セクハラや複数の省庁での文書隠蔽などで世間のイメージは悪化した。ある省庁の若手官僚は、「霞が関を志望する女性の大学生から、『セクハラって多いんですか?』と質問された。本当にショックだった」と振り返る。

不祥事の裏側で省庁間のパワーバランスも大きく変化している。かつて「われら富士山、ほかは並びの山」と他省庁を見下していた最強官庁、財務省の凋落が止まらない。直近ではセクハラ問題で財務官僚の頂点に立つ事務次官が辞任し、空席になるという異常事態を招いた。

一方、安倍晋三政権下で「わが世の春」を謳歌するのが、官邸の中枢に人を送り込み政権の知恵袋となっている経済産業省だ。政治主導を進める安倍首相の下、官邸と近い経産省では、「今は政治の理解も得やすく、政策を実現しやすい」(若手官僚)。財務省の劣化をよそに勢いづく経産省であるものの、「年次によっては半分辞めている。人材の質も落ち、若手が育っていない」(別の若手官僚)という課題を抱える。

「“ヒラメ官僚”が増えた」

安倍政権は官邸主導を進め、内閣人事局を通して各省庁の幹部人事権を掌握する。「官邸のほうばかり向く“ヒラメ官僚”が増えた」(総務省幹部)と嘆く声は少なくない。


かつてとは違い優秀な人材が集まらず、入ってきても若くして辞めていく負のスパイラル。「周りで人がどんどん辞めていく。責務を果たしうる人物が将来も残っているか不安になる」(経産省・30代)との現場の危機感は高まるばかり。さらに上が詰まっており、働き続けても出世は遅れる一方、安倍一強の中で官邸の顔色ばかりをうかがう幹部は出世する。

閉塞感が強まる霞が関はどこに向かうのか。その打開策は見えてこない。

『週刊東洋経済』6月23日号(6月18日発売)の特集は「官僚の掟 忖度エリートのカネと出世」です。