自動車ディーラーのみが販売できる専用の自動車保険のパンフレット。他の代理店からは「なぜ扱えないのか」との声が上がる(撮影:尾形文繁)

「自動車保険にご加入いただければ、車の下取り価格を数万円割り増しさせていただきます」

4月上旬、神奈川県にある輸入車ディーラーN社で新車の購入を決めた男性は、手続きの際に営業担当者からそう持ちかけられた。

続けて「特別なプランです」と話し、パンフレットを出して説明を始めた。それまで販売店で保険を積極的に勧められたことはなく、「それだけ保険契約が欲しいのかな」と感じたという。

ディーラーは利幅が大きい保険販売に活路

自動車ディーラーは損害保険会社の代理店として自動車保険を取り扱う。新車の販売は利幅が小さく、軽自動車だと1台販売しても数千円の利益しか得られないこともある。こうした中、年間保険料の20%程度の手数料を得られる自動車保険はディーラーの貴重な収益源だ。多くのディーラーは保険販売に活路を見いだしている。

主に取り扱うのが、自動車メーカーと大手損保会社4社(東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン日本興亜、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険)らが共同で開発した「ブランド保険」と呼ばれる専用の自動車保険プランだ。 

これは各損保の「3年更新の自動車保険」と、車体の傷・ヘコミなど軽微な損害の無料補償がセットになったプランで、国産車・輸入車メーカー各社が扱う。無料補償部分はメーカーが契約者となり、大手損保が共同で保険を引き受ける。


トヨタ自動車と大手損保がディーラー向けに開発した専用自動車保険のパンフレット(撮影:尾形文繁)

トヨタ自動車のプランは毎月のローンと保険料の支払いを一緒にすることで保険料割引のメリットがある。一方で、ローン返済の最長5年間、支払額は均一だが、途中解約の場合は追加保険料を取られるなど、携帯電話の“2年縛り”のようなデメリットもある。

こうした自動車保険プランはディーラーしか販売することができない。他の代理店からは、損保会社による自分たちの扱いへの恨み節とともに、ディーラーの保険募集行為そのものを問題視する声が噴出している。

企業代理店の顧客がディーラーに流出

自動車保険の販売チャネルの一つに、企業の子会社や関連会社でグループの従業員を対象に募集を行う企業代理店がある。大手製薬会社の企業代理店の営業担当Tさんは、最近、自社の団体扱いの自動車保険に加入している複数の従業員から、保険証券の再発行を依頼された。

詳細を聞くと、一部の従業員は新車を購入する際にディーラーから、「購入手続きには、現在の保険証券が必要」と言われたという。

自動車購入に保険証券は必要ない。ディーラーが自社で扱う保険に乗り換えさせようとしているのだ。自動車保険は通常、1年更新。契約先を変えても保険の等級は引き継がれるが、保険期間の途中で変更すれば、等級アップが遅れることもある。

団体扱い保険の場合、10〜30%程度、通常の自動車保険よりも安い。「当社の団体扱い割引率は25%もある。ディーラーで契約した人が十分に比較検討したとは思えない」とTさんは肩を落とす。

別の企業代理店の担当者も、「保険に入ってもらえれば車を値引きします」とディーラーから言われた従業員が複数いると明かす。実際に値引きに釣られて流出したケースもあるという。このように、ディーラーへの顧客流出に頭を悩ませる企業代理店は少なくない。

金融庁の認可が必要な保険商品・保険料率については、保険業法第300条によって、「虚偽のことを告げる行為」や「不当な乗り換え募集行為」、「保険の割引や割り戻し、保険募集に関しての特別利益の提供」などが禁じられている。特別利益と見なされる基準は、保険募集時に提供する物品やサービスが、社会的相当性を超えているか、換金性に照らして実質的に保険料を割り引いているといえるか、などだ。車の値引きや下取り価格上乗せは実質的な保険料割引に相当し、極めて“グレー”といえるだろう。

この件について、金融庁は「個別具体的な情報や証拠がないと判断できない」(監督局保険課)と話すのみ。複数の損保関係者は、「過去はいざ知らず、現時点でこうした行為に及んでいるとは到底考えられない」と口をそろえる。その理由として、2017年1月に金融庁の特別利益に対する見解が変更されたことがある。ビール券など従来換金性が低いとされてきたものの配付まで不可とされたことを受け、損保各社は代理店に対して特別利益提供の禁止を徹底している。

ディーラー優遇策に高まる不満

規制強化以降、保険専業のプロ代理店や企業代理店などの間では不満がくすぶっている。「われわれはお客様にティッシュ一つ配るにもビクビクしている。なぜディーラーだけが優遇されるのか。専用の自動車保険プランは特別利益の提供ではないのか」(プロ代理店経営者)と批判の矛先は損保の“ディーラー優遇策”に向かう。

自動車メーカーと大手損保が組んで特別な保険を拡販する最大の狙いは「顧客囲い込み」だ。ディーラーは、損保各社が引き受ける自動車保険のうち約2割(保険料ベース)を扱う主力販売チャネル。そのうえで、「自動車が売れれば、保険も売れる」という点でメーカーと損保の利害は一致する。無料補償やローンと一体化した保険を提供し新規顧客を囲い込もうという思惑が両者にある。両者の蜜月関係によってディーラー以外の代理店が割を食っている構図が見える。



当記事は「週刊東洋経済」6月16日号 <6月11日発売>からの転載記事です

自動車保険について十分な知識を持つ消費者は多くない。ディーラーで保険も一緒に契約したほうが便利と考える消費者もいるだろう。しかし、過剰な販売攻勢が結果として消費者に不利益をもたらしていないか、懸念も残る。保険業法第300条を順守した適正な販売かどうかあらためて検証する必要があるだろう。