「残り2秒の悪夢」を忘れない ファンクラブ会員数Bリーグ最多、三河と“青援”と365日

エース比江島は涙のMVP、悪夢のような成長を糧に…シーホース三河の1年間
「プライベートでは母を亡くしてしまったり、大変なこともあったのですが、応援してくださる皆さん、チームメートが支えてくれたのでここまで来られたと思っています」
5月29日、恵比寿ガーデンプレイス広場で開催されたバスケットボールの「B.LEAGUE AWARD SHOW2017-18」でレギュラーシーズン最優秀選手賞に輝いたシーホース三河の比江島慎は、涙で声を詰まらせながら感謝の言葉を口にした。
B1チームのヘッドコーチ、登録選手、メディアによる投票で最多得票数を獲得した選手に贈られる同賞。チームは2年連続でベスト4に留まったが、勝負どころで度々ビッグショットを沈めるなど、リーグ勝率1位の立役者となったエースの成長は誰もが認めるところだ。
今季はリーグの最中に日本代表のW杯予選を戦う過密日程や、シーズン終盤には最愛の母を亡くした辛い精神状態の中で戦い続けた。「すごく疲れましたが、代表があることによって気づかされることもありましたし、成長できることもありました。いいシーズンを送れたと思います」。充実感をにじませながら今シーズンを振り返った比江島は、三河、そして日本代表のエースとしての自覚と精神的なたくましさを増していた。
比江島、そして三河の成長の原動力となったのは、昨シーズン、黄色い歓喜に沸くブレックスアリーナで味わった悔しさだった。昨季のチャンピオンシップ(CS)セミファイナル、1勝1敗で迎えた第3戦。三河は28秒を残して2点リードしていたが、パスミスから同2秒に劇的逆転ゴールに屈して逸勝。掴みかけていたファイナル進出を逃した。
とりわけ「最後の最後、自分の判断ミスで負けた」と敗戦の責任を背負ってきた比江島は、この屈辱を刻みつけるように何度も何度も言葉にし続けてきた。
悪夢を振り払うかのように、三河はシーズン序盤から連勝街道を突き進んだ。比江島、そして2年連続でベストファイブとベストフリースロー確率賞の2冠を達成した金丸晃輔、1試合平均15得点、5アシスト、8リバウンドの桜木ジェイアールを擁する圧倒的なオフェンス力を武器に、B1リーグ新記録となる16連勝を達成。前半戦を折り返す頃には、早くも2位以下を大きく引き離し中地区首位独走態勢に入っていた。
それでも、「リーグ勝率1位に立ち、CSをホーム・ウィングアリーナで戦うこと」を今季の最大目標とする三河は、手綱を緩めることはなかった。「今季は接戦で勝ち切れる試合が増えた」と鈴木貴美一ヘッドコーチ(HC)が評した通り、チームの成長はワンポゼッション差のゲームの勝率が昨年の4勝2敗から11勝3敗と格段に増したことにも表れた。
昨季に続き、最速で地区優勝を決めた3月の名古屋ダイヤモンドドルフィンズとの愛知ダービーは、まさに今季の勝負強さを象徴していた。第4クォーターで最大17点のビハインドを背負いながら、比江島、金丸の両エースを中心に怒濤の反撃で追いつき、延長の末に91-90で勝ち切った。
「声援」は「青援」、ファンクラブ会員数リーグ最多の後押しが力に
三河では“声援”をチームカラーになぞらえて“青援”を呼ぶ。
前述の試合は、平日のナイターにも関わらず、2階の立ち見席まで前売りで完売。ウィングアリーナの今季最多入場者数となる3062人の大“青援”が選手の背中を押し続けた。
平均入場者数は昨年の2501人から2866人と14.6%も増加。加えて招待客が多かった昨年とは異なり、今年は有料入場者がほとんどで、ブースタークラブ(ファンクラブ)会員数も8000人を超え、Bリーグ最多を誇っている。
比江島も「特に今シーズンは日本代表もありタフだったので、ファンの皆さんの“青援”がなければ長いシーズンを戦うことはできなかった」と“青援”という頼もしい“戦力”が支えになったと感謝した。
観客が増えた背景にはチームの“努力”があった。「プロのチームとして成長するためには、多くの人たちに観てもらって、色々なことを言っていただいた方がよい。どの体育館でやってもいっぱいになるよう努力したい」と鈴木HCは選手に勝つことと魅せることの両立を求めてきた。
「去年はBリーグ元年ということで、全チームが色々な意味で思考錯誤しながらバスケットをしていた。我々のような歴史のあるチームは、ただ勝てばいいということではなく、お客さんに楽しんでもらわないといけない。外からの3Pシュート、速いファストブレイク、豪快なダンクシュートの3つは、バスケットをやったことがない人が一番喜ぶプレー。負けてもいいからということではなく、勝ちを意識しながら、そういうプレーを多くしていこうと、プレシーズンから練習してきました」
比江島を筆頭に、日本屈指のシューター・金丸、ベストディフェンダー賞を獲得した橋本竜馬など個性的なプレイヤーが揃う三河は、華のあるプレーで観る人をワクワクさせる。
試合を重ねるごとに“青援”は大きくなり、それに応えようと選手はさらに勝利へ執着心を高めた。こうした良い循環はチームをタフなプロ集団へと育てていった。シーズン序盤に記録した16連勝を自ら塗り替えた17連勝の始まりが、クラブ史上最多となる5327人の大“青援”の中で勝利した栃木戦だったことは決して偶然ではないだろう。
試合だけではなく、コート外での魅力アップにフロントスタッフも全力で取り組んだ。三河のホームゲームは毎節違ったテーマで観客をもてなしている。例えば「海」に関連するチーム同士の対戦となった横浜ビー・コルセアーズ戦は「大海戦」をテーマに開催。ロビーには「シーホース水族館」が設けられ、貝やヒトデ、カブトガニなどが子どもたちを笑顔にしていた。
新潟アルビレックスBB戦は、新潟=お米…米…こめ…COME…COME ON!! ということで「COME ON」がテーマ。「選手の好きなおにぎり付チケット」を販売した他、「新潟県魚沼産コシヒカリ詰め放題」や、5キロのお米袋を親子で息をあわせて運ぶ「COME ON!親子〜お米運びタイムトライアル」といったお米にまつわるイベントで観客を楽しませた。
「Hello Win!」「シーホースのブルークリスマス」「春のシーホースまつり」など時節のイベントを開催したり、日本航空とのコラボレーション企画では機内サービスが受けられるスペシャルシートの販売やキャビンアテンダントの制服ファッションショーを行なうなど観客を飽きさせない。
愛知という地域柄を生かしたシーホース三河名物「餅まき・菓子まき大会」も対戦相手のファン・ブースターに好評だ。また冬場にはみかん付の掘りごたつ席も登場し、アイデアあふれる演出と細やかなおもてなしで観客を満足させている。
「共に頂点へ」、クォーターファイナルで奇しくも激突した栃木
「共に頂点へ」。チーム、フロント、ファン・ブースターが一丸となって掴み取ったホームでのCS。クォーターファイナルの相手は、奇しくも昨年苦杯をなめさせられた栃木だった。
第1戦から激しいクロスゲームになるも、第3クォーターで逆転して先勝。第2戦も三河ペースで進むが、第4クォーターに栃木の猛攻を受けて1点差まで詰められる。1年前の屈辱を晴らす絶好の機会を、三河はエース・比江島にボールを託した。残り12秒、「絶対に勝たせる」と比江島が迷いなく放ったシュートはリングをとらえた。最終スコア80-75で栃木を振り切り2連勝。昨年の悪夢を払拭してセミファイナル進出を果たした。
比江島は「今年はホームでやれたので気持ちは楽でした。栃木のホームでやっていたら結果は変わっていたかもしれない」と力をもらった大“青援”へ感謝を込め、「絶対に皆さんをファイナルへ連れて行きます」と誓った。
セミファイナルのアルバルク東京戦も、青く染まったウィングアリーナで開催された。
普段は、熱さの中にもどこかアットホームな雰囲気のある三河ブースターだが、この日は今までとは明らかに違う「チャンピオンシップモード」の熱気がアリーナを包んでいた。選手に連れて行ってもらうのではなく、「私たちの“青援”で選手をファイナルに連れて行く」という心強い決意も聞かれた。
第1戦を延長の末に落とし、後がない第2戦も4クォーターで16点差をつけられ、窮地に追い込まれた。
「いつもなら切れてしまいそうなところで切れずに、皆で我慢して最後延長まで行けた(#0橋本)」
ホームの割れんばかりの大“青援”は選手の足を動かし続け、土壇場で圧巻の“比江島タイム”が開幕。リングに鋭くアタックして、自らのドライブやアシストで得点を積み上げる。「あと6点」「あと3点」。アリーナの盛り上がりが最高潮に達した残り10秒、比江島が同点の3ポイントシュートを沈めて観客を総立ちにさせた。
2試合連続で延長戦にもつれ込んだ試合は、わずかに1本が届かず、2年連続セミファイナルで涙を飲んだが、選手を讃える「Let’go シーホース」コールが鳴り止むことはなかった。
勝敗を超えた瞬間、三河が示した「夢のアリーナ」の実像
スポーツには勝敗がつきものだ。しかし人々の心を動かすのは、勝敗を超えた瞬間にこそある。この日のウィングアリーナは、まさにB.LEAGUEが目指す「夢のアリーナ」だった。勝ちは逃したが、ホームでCSを戦った価値は大きい。
「勝った、負けたという色々な気持ちもあるんですが、それも含めてこれから先も僕たちと共有して欲しいなと感じています。やはりバスケットボールは終わりがない。僕にとってはバスケットボールが人生と言っても過言じゃないので、まだまだ突き詰めていきたいですし、上手くなりたい。そんな気持ちにさせてくれる試合、シーズンでした(橋本)」
「皆さんがいつも以上の“青援”を出してくれていたのに、申し訳ないと思いますし、感謝しています。昨年も今年もファイナルへ連れて行くという約束をしたのに、連れて行くことができなくて、本当に悔いが残るんですけれど、全部出し切りました。どこが足りなかったのかゆっくり考えて反省して、もっともっと個人的にもスキルアップして、来年は優勝したいと思います(比江島)」
選手、そして3000人の観客の胸に刻まれた悔しさと充実感、そして体の奥底から沸き上がってくる熱。様々な感情を共有し、シーホース三河は再び“共に頂点へ”挑む。(山田 智子 / Tomoko Yamada)
山田 智子
愛知県名古屋市生まれ。公益財団法人日本サッカー協会に勤務し、2011 FIFA女子ワールドカップにも帯同。その後、フリーランスのスポーツライターに転身し、東海地方を中心に、サッカー、バスケットボール、フィギュアスケートなどを題材にしたインタビュー記事の執筆を行う。