5月24日(2018年)、和歌山県田辺市の自宅で謎の死を遂げた紀州のドン・ファンこと資産家の野崎幸助さん(77)。「とくダネ!」はその波乱万丈な人生を振り返った。

野崎さんは1941年、田辺市に7人兄弟の3男として生まれた。実家は酒屋を営んでいたが、終戦直後で、その日食べるものにも困るほど貧しかった少年時代を過ごした。そんな野崎さんが真っ先に抱いた夢は「お金もちになること」。

中学卒業後、就職した名古屋の酒造メーカーをおよそ1年で退社し、地元和歌山で事業を始めた。鉄くず回収から始め、訪問販売業で得た資金をもとに、東京都内で金融業を始めた。その後も酒などの販売や不動産業を手掛け、一代で億単位の資産を得た。

「だまされても勉強代。前向きに女性をくどく」

付き合った女性は4000人以上、使ったお金は30億円と豪語していた野崎さんの原動力は「女性」。魅力的な女性と付き合いたいという一心で莫大な財産を築き上げたという。

そんな野崎さんが一躍注目されたのは2年前の事件だ。交際していたモデルの女性に多額の現金や貴金属を盗まれてしまったのだ。この女性は野崎さんの希望もあり、不起訴処分となったが、この事件の取材で様々な女性と交際していることを告白。伝説的なプレイボーイにちなんで「紀州のドン・ファン」との異名を得た。

女性をめぐるトラブルはこれだけではなかった。結婚を約束し、借金の2000万円を肩代わりすると姿をくらませた女性がいたほか、1000万円単位で貢いだ女性に逃げられたことも複数回あった。

しかしドン・ファンはめげない。「それもこれも勉強代だと思って、前向きに女性をくどいてきた」と著書で語っている。

2回の離婚を経験、それでもなお常に女性との結婚を望んでいた野崎さん。猛アプローチの末、今年(2018年)2月に22歳の女性と3度目の結婚をし、幸せの絶頂にいた矢先の不審死だった。

MCの山夕貴「小倉さん、(野崎さんの気持ち)分かりますか?」

MCの小倉智昭「分かります。徹底的に女性をくどきたい。そのために金を稼ぐ。達観している部分がありますよね」

古市憲寿(社会学者)「もともと貧しかったのもあり、抑圧されていた部分が成功することでどんどん爆発していったのでしょう。『腹上死が本望』『死ぬまでセックス』とかなかなか公にできないことを言われていますが、小倉さんはそこを含めて共感できますか?」

小倉「生き方としてはね。目標は人によって違うから、これはこれで彼の人生だったのでしょう」