日本の私立探偵は、ひたすら静かに世間からの注目を集めないようにしている(写真:D-Keine/iStock)

2年前、米国在住のある米国人夫婦が小山悟郎という東京の私立探偵を雇った。5歳になる孫の親権を獲得するためだった。小山の依頼人夫婦は、彼らの29歳になる息子と、その2人目の妻が保護者として不適格な育児をしているのではないかと心配していた。

調査によると、息子は無職でアルコール依存症であることがわかった。彼の最初の妻であり、孫の母親である女性は離婚後、姿を消してしまっていた。現在の伴侶である2人目の妻は、息子よりずっと年上のインドネシア人女性で、怪しげなナイトクラブのダンサーであり、おそらくは売春婦でもあった。息子一家は政府の生活保護を受け、東京のどこかの公営住宅で暮らしていた。

「昔ながらの手法」で住所を突き止めた

小山はまず息子一家の暮らす住所を見つけ出さねばならなかった。個人情報を収めたデータベースへのアクセスは2012年以降厳しく制限されるようになっていたので、小山は息子一家の住所を見つけ出すために「昔ながらの手法」を用いる計画を立てた。ぎくしゃくとはしていたものの、依頼人夫婦は、息子とは引き続きメールのやり取りをしていた。

そこで小山は、依頼人夫婦に、日本を訪れ、息子一家と東京のレストランで食事を共にするよう勧めたのである。小山は、ひっそりと目立たないように、食事が終わるまでレストランの外で待った。そして、彼は息子一家が帰宅するのを尾行し、彼らの住居を突き止めたのだった。

孫の親権を獲得するために、祖父母である依頼人夫婦は、息子とその2人目の妻が保護者として不適格であることを証明する必要があった。小山は息子夫婦をさらに2、3週間監視した。この調査の結果、息子が無職であることと、2人目の妻がいかがわしい場所で働いていることが明らかになった。

この件では、依頼人夫婦の弁護士たちが太平洋の両側で協力してくれた。米国の連邦当局は息子に対する逮捕状を発行したが、日本の警察は米国側当局と協力することに消極的だった。そこで弁護士たちは依頼人夫婦の孫をその父の承諾なしに米国に取り返す一計を案じた。

3日間にわたって祖父母は彼らの息子のアパートから見えない位置で隠れて待機し続けた。孫を確保する機会をうかがっていたのだった。息子とその妻、そして孫がついに姿を見せた時、小山の依頼人夫婦は息子と対峙した。続いて起こった路上での口論は2時間続いた。

祖父母の姿を見て、孫はすぐに大好きなお祖母ちゃんの腕の中に飛び込んだ。祖父が言い争っている間、祖母が孫を抱きしめていた。祖母が口論を始めると、祖父が孫を抱いていた。結局、警察が割って入り、全員を警察署に連れていった。6時間後、息子夫婦は姿を現した。

誰にも気がつかれないことが大事

このとき、小山はこの仕事が成功の内に完了したことを知った。警察は依頼者夫婦に彼らの孫の親権があることを聞き入れただけでなく、小山は誰にも気づかれることなくこの目標を達成したのだ。路上での口論の間中、小山は事態の展開を安全な距離を取って見守っていたのだった。

幽霊のようにやって来て立ち去る小山の尾行に気づくことはまずできない。小山には、「見つかってはいけない」理由がある。彼はきちんと届出をしている私立探偵ではあるが、警察に尾行や監視の現場を押さえられた場合には処分を科されることになるからだ。

日本では、調査は犯罪ではない。だが、捕まったらそれは犯罪になりうる。「すでにこちらに気づいている相手の尾行や監視を続けた場合、それは違法ということになります」と小山氏は話す。『名探偵コナン』や「探偵物語」など、日本には探偵を題材としたアニメや映画、テレビ作品が少なくないが、現実の探偵業はこうした作品とは比べものにならないほど、地味なだけでなく、つねに逮捕される危険性にさらされている。

調査対象が小山の「気配」に気がついた場合、彼は調査を7日から10日間いったん保留する。調査対象者に警察を呼ばれて捕まってしまった場合、状況のいかんにかかわらず、小山は軽犯罪法や各自治体の迷惑行為防止条例違反の罪に問われることになってしまう可能性があるからだ。

調査対象となる人の中には、尾行や監視の恐怖を誇張する者もいる。警察は確認することなくそうした調査対象者の言葉を信じてしまうと小山は説明する。「調査対象の人物が警察を呼んだ場合、警察は私たちの探偵登録を取り消したり、最長6カ月の営業停止を命じたりできるのです」。

小山によれば、警察は自らの職務の邪魔になる私立探偵を疎ましく思っているという。警察は私立探偵の助力などなくても社会秩序をしっかりと保てるのだ、と。その理由の1つには、日本人は通常、他人に迷惑をかけることを恐れて法に従うということがある。また、日本の警察による犯罪の取り締まりが迅速であることも、もう1つの理由に挙げられる。めったに起こらない殺人や銃犯罪では、摘発は特に素早い。

日本では銃器による死亡者数は毎年非常に少ないが、私立探偵が銃犯罪に巻き込まれようものなら警察は「私立探偵を徹底的に締め上げてきます。私たちがどんな弁解をしようとも」と、小山。「だから、私たち私立探偵はひたすら静かに、世間からの注目を集めないようにしていなければならないのです」。

私立探偵が問題となった逗子ストーカー事件

1980年代の米国のテレビ・シリーズ「私立探偵マグナム」で犯罪や殺人事件を解決していたトム・セレックの格好いいイメージは、日本の私立探偵の現実には当てはまらない。日本では、被告の容疑を晴らす証拠を集めるべく、私立探偵が刑事被告人の弁護士たちに雇われるといったことはまずないからだ。裁判の判決は決まっているというのに、そんな煩わしいことをする必要があるだろうか? 99%の刑事告発には結局有罪判決が下されるのだ。

日本では、探偵業は2007年までいっさい規制されていなかった。誰でも私立探偵を自称することができたこともあり、しばしば暴力団組員が探偵業を隠れみのにして資金洗浄や違法薬物の販売を行っていたこともあった。結果、探偵業は評判の悪い業種となった。政府はその改善を企図して2007年から探偵業を営む場合は、各都道府県の公安委員会に届出をしないといけないことになっている。

だが、警察がこの業界の浄化に乗り出したのは、2012年に世間の注目を集めたストーカー事件以降である。神奈川県逗子市の女性が死に至ったこの事件には1人の私立探偵がかかわっていたのだ。

この事件まで、私立探偵たちは倫理的に問題のある手法で調査対象者の住所を入手していたのである。当時、個人情報の主な供給源は携帯電話番号だった。たとえば不倫調査では、依頼者は、配偶者の携帯電話への疑わしい着信番号をまず確認した後、それが浮気相手からなのかもしれないと、私立探偵にその番号の主の割り出しを要望するといったことがある。

私立探偵の妻や恋人が主要な携帯電話会社に勤務していた場合、通話記録の自由な閲覧は可能だった。こうした「内通者たち」は集合的に私立探偵業界全体に素早く安価な位置特定サービスを提供していたのだ。

熟練した私立探偵たちは、誰かになりすまして情報を収集することもあった。たとえば、市役所の事務員に、情報収集の標的としている調査対象者の配偶者として接するといったやり方である。

「私の妻に市役所から誤った請求書が送られてきました。そちらの記録が正しくないのだと思います。確認していただけますか……」といった話をするのだ。だまされた市役所職員は、うっかりと個人情報を明かしてしまう……これがまさに逗子市のストーカー事件で起きたことなのである。

複数の探偵事務所を取り締まった

この事件には1人の私立探偵がかかわっていた。あるストーカーが自身の元恋人の住所を見つけ出そうとしてこの私立探偵を雇ったのだった。私立探偵は、彼女の現在の夫と称して、その若い女性の住所を市役所職員から手に入れた。翌日、ストーカーは彼女をその住所に訪ね、殺し、そして自殺した。

実は、この犯人は事件の数日前、元恋人の住所を求めて小山に依頼を持ちかけていた。小山は違和感を覚え、その依頼を断っていた。数日後、別の私立探偵の手助けにより、ストーカーは女性の居場所を見つけたのである。

事件後、警察は、ストーカーがどのようにして女性の住所を知るに至ったかを割り出した。警察は複数の私立探偵事務所を取り締まった。その対象には、小山が運営する「Japan PI」も含まれていた。警察は、事件に関与した私立探偵を、市役所の公務を妨げた容疑により、偽計業務妨害罪で逮捕。さらに、40人以上の情報提供者を起訴した。彼らは、私立探偵たちの下請けとして調査対象者の住所を収集していたのだった。

「2013年以前は情報を入手するのはかなり容易でした」と、小山は振り返る。しかし、逗子の事件の後、私立探偵は政府や企業のデータベースに手軽にアクセスすることができなくなった。「今となってはほとんどの情報源がなくなってしまいました。素手で戦わざるをえなくなってしまったのです」

私立探偵が、劇的な犯罪事件の調査を行うことが難しいという現実を踏まえて、小山はバイリンガルであることを生かし、外国の企業や個人向けに、住所確認やデューデリジェンス、調査を行うといった平凡な業務に勤しんでいる。

住所確認は、裁判所からの召喚状関連の案件であることが多い。被告人はしばしば出廷命令書の受け取りを避けようとする。裁判所からの命令書が発行されたと知ると、被告はそれを回避しようとして、居留守を使ったり、単に無視したりするのである。召喚状が正しい住所に送付されたことを確認するために、小山は、不動産登記簿を確認し、賃貸物件の大家に聞き込みをする。

日系米国人の家族が、連絡の途絶えた、あるいはそもそも会ったことのない家族を見つけてほしいと依頼してくることもある。米国の兵士と結婚し、その後、米国に移住した戦争花嫁たちの孫たちが依頼者である案件もある。

自分探しに類する理由で、自らの系譜をたどってみようとする依頼者もいる。依頼者が遺産の相続人を探していることもある。さらには、これら以外でも、日本の元恋人が過去に生んだ自らの子どもと連絡を取りたがっている米国の退役軍人たちが依頼者といった場合もある。

大規模案件では10〜12時間の監視を行う場合も

デューデリジェンス案件の場合、米国の連邦海外腐敗行為防止法や、英国の賄賂防止法への抵触を避けようとする国外の依頼者が多い。日本の地方では、県知事や市長が第3セクター(非政府組織や非営利組織など)と利害関係を持っている場合が非常に多い。こうした第3セクターは、県や市から資金援助を受けたり、県や市と共同で事業を行っている。「日本ではそのようなことがいまだにありふれている」と、小山は言う。だが、米国と英国では、これは利益相反に当たる。

調査は、不倫や子どもの親権、法人内での横領や詐欺行為にかかわるものが多い。従業員が使い込みしたり、社内規定に違反していたりすることもある。調査対象者が自社のライバル企業に情報を漏洩しているといったケースである。大規模な案件の場合、小山は (時としてチームに加わった1人か2人の応援とともに)、1日当たり10時間から12時間の監視を最長30日間行う。

「用心深い、のらりくらりとした監視対象者もいる。横領や違法薬物の摂取や不倫の場合などは監視が特に困難になることがある」と小山氏。「監視対象者が回避的な行動を取り続けた場合にはいたちごっこになる」。

警視庁によると、2016年末の探偵業の届出件数は前年比24件増の5691件で、その7割強が個人である。